第3杯 初のお客は謎の少女。

「ごらーーーーー!!メンマーーーーー!!はよ起きてこんかい!!」


この近隣に響きまくる声の主は俺の父親自家製中華そば大蔵屋、店長大蔵信之(54歳)。


「メンちゃん!あんたお父さんと今日チャーシューの仕込み手伝うって言ってたでしょー早く起きなさーい!」


この声はお父さん大好きな俺の母親、大蔵美香子(48歳)。


「お兄ちゃん!!朝ラーのお客さんもう来ちゃうよ!早く起きて起きて!」


部屋の扉を今にでもこじ開けてきそうに叩いている女の子は俺の妹、大蔵奈留(15歳)。


「分かった!分かったから!もう少し待って!」


そして俺、大蔵麺磨(20歳)は某私立大学3年生である。


俺達四人家族は一家でラーメン屋を経営している。


元々は親父が趣味で始めた屋台での販売だった。


しかし10年前に店を持ち現在に至る。


地域に愛される質素なラーメン屋大蔵屋は昨年の全国ラーメンコンテスト醤油ラーメン部門で見事金賞を獲得した。


それからというもの自宅兼店には行列が出来き、朝ラーにも関わらず窓を開けると10数人が並んで待っている。


「はあまたラーメンか……俺勉強したいんだけど……」


「メンマー!!」「メンちゃん!!」「お兄ちゃん!!」


大学生の俺は急に忙しくなったお店を錐揉みするために店に出ている。


大学は1、2年生の頃に単位をぎっちりと取ったおかげで今は週に数回の授業(ほぼ代筆)があるのみだ


秘伝のかえしやスープは親父しか作り方を知らないがその他の具材や大黒屋自慢の卵縮れ麺は俺が一から仕込むのだ。


親父にはお前が二代目をつげなんて言われているが俺は調理師や栄養士の免許を取って自身の店を持ちたいと思っている。


そう別に俺はラーメンが嫌いな訳では無いし、てか好きだ。


この家も店も好きだ。


だけども……。


「一番好きなラーメンはご当地ラーメンなんだよなぁ」


そうメンマはご当地ラーメンや変わったラーメンなどの独創系ラーメンが大好きであった。


「俺は俺にしか作れないラーメンを作りたいんだー!」


いつか自分の考案したラーメンが全国ラーメンコンテストオリジナルラーメン部門で最優秀賞をとることが目標だったりする。


しかし自家製醤油中華そば一筋の親父の元にいてはその夢は叶わない。


家を出る資金も親父に隠れてこっそりとバイトをし、ある程度貯金も出来た。


しかし今はまだこの思いを家族には伝えられていない。


そんなこんなで大蔵屋のユニフォームに着替え、部屋を出て階段を降りていく。


家から繋がっている厨房に向かった。


「おはよー」


「メンマ!やっと起きやがったか!」


「ああごめん……今から作るわ……」


「うちの朝ラーにチャーシューねぇからってサボるなよ!」


「分かってるよ……全く……」


大黒屋は6時から8時の朝ラー(かけラーメン)。


11時から3時までのランチ。


5時から9時までのナイト。


そしてたまに深夜の大蔵親父の屋台ラーメンが0時から4時まで営業している。


親父もよくやってるよ。


無事朝ラーが終了すると親父がとんでもないことを言い始めた。


「今日の屋台メンマいってくれねぇか?!俺商店街の集まりあっからよ!」


一応無理矢理酒類販売許可免許や屋台での販売許可の免許を取得しているメンマ。


「は?俺勉強するし(バイト)!無理だから!!」


賄いの朝ラーを吐きかけながらメンマはいう。


「いいじゃねーか1日くらい!小遣いも弾むからよ!なっ?」


「いくらだよ」


親父は人差し指を立てながら「こんだけだ」とお願いしてきた。


「1万か」


小さい声でぼそっと呟いた。


「分かったよ……今日だけだよ」


「おっし頼むぜ!」


こうしてメンマは深夜の屋台ラーメンを引き受けることになった。


「うっしっし……しめしめ」


無理矢理押し付けられたはずだがメンマはどこか嬉しそうでもあった。


なぜならメンマは今まで表立っては作れなかった自分のラーメンを屋台で作って売るチャンスを待っていたのだ。


「親父め油断したな……俺のラーメンがうまいってことを教えてやるぜ……しっしっし」


「ママーお兄ちゃん悪い顔してるよー」


「ほっときなさーいいつもの事でしょー」


そして妹は学校へ。


母親は空き時間に家事を。


父親は夜の分のスープの仕込み。


メンマはチャーシューと穂先メンマ、煮卵などの仕込みを早々に終え、屋台ラーメン(自身のラーメン)の準備を開始した。


そんないつもの日常が過ぎていき、辺りは既に真っ暗になり、ナイトの営業も終了した。


「ありがとーございましたたーーまたおこしくださーい!!」


「まいどーーー!」


「どうもねーー!」


最後のお客が捌けると親父は商店街の集まりに「んじゃ頼むぞ」っと言い出かけて言った。


妹はあしたてすとすぐに就寝し、母親も食器のあと片付けを済ますと「気をつけてね」とだけいい就寝したのだ。


「さてさてお待ちかねのメンマのラーメン屋の始まりだーい!!」


いつの間に用意したのかのれんには大蔵屋ではなく麺屋蔵磨と書かれていた。


提供するラーメンは父親の中華そばではなくメンマが父親の晩酌用に大量冷凍している甘海老をこれでもかと鍋にいれ、そこに昆布と鶏節で合わせた甘海老味噌ラーメンだ。


メンマが研究の成果のスープであり、濃厚なエビの旨みに昆布と鶏の旨みを追加した原価率無視の極上ラーメンのはずだった。


しかしいくらたってもお客さんが来ない。


人通りの多い駅の方にも言ってみたが2時間で数人しか入らず、完食した人は数人であった。


「何でだ!こんなにうまいのに!!」


つい屋台の厨房を両手で叩いてしまった。


「ビクッ!ごめんなさい……もう入っちゃダメですか?」


そこに居たのは1人の女の子であった。


白いワンピースを着た金髪をちょこんと左側に来るように結ったその少女。


(外国人か?……)


「いらっしゃい!ごめんね!驚かしちゃったね!」


なんでこんな時間に……とも思ったがお客さんはお客さんだ。


少女はぺこりと礼をすると椅子に座ろうとした。


椅子は大人用なので少女には少し高かったようなので脇を抱え上げて座らせてあげた。


「ありがとうございます」


「いいよいいよ多分今日最後のお客さんだし……ゆっくりしていってよ」


「はい!それじゃあこの店のおすすめください!」


「オススメかあ……ちょっと待っててね」


(甘エビはエビ味噌も入ってるから濃厚だけど……子供にはきついかな……そう言えばコーンの缶詰あったぞ……そうすると昆布の出汁は…強すぎるな……鶏節とトッピングのワカメで何とかならないかな……)


こうして完成したのがのちのメンマのあっさりラーメンである。


鶏節を多めに使用し、ワカメ、コーン、特製醤油、鶏油、ナルト、穂先メンマ、薄切り丸チャーシュー、卵縮れ麺を使用したライトなラーメン。


(大人にはこれは受けないだろうな……)


「お待ちどーあっさりラーメンだよ。熱いから気をつけて食べてね」


「いっただきまーーす!」


少女は麺をすくい上げるとフーフーと熱を冷まし、ちゅるちゅるちゅると1口啜った。


「おいしーーーーーい!」


少女は目をキラキラ輝かせてすぐに次の一口を啜った。


「そっそうかな!」


本日初めての素直な美味しいという言葉にメンマは心の底から感動した。


「このちゅるちゅるとスープがおいしー!なんか優しい味がする!」


「それは卵麺って言うんだよー。これだけは親父には負けないぜ!」


メンマがニカッと美味しそうに食べる少女を見ながら笑った。


「おっ!なんだなんだ!お嬢ちゃんそれ美味しそうだな!」


のれんをあげて顔を出した酔っぱらいのおじさんがそういった。


「うん!これすごい美味しいの!」


「そうかそうか。よしお前ら締めはここにしようぜーー!あんちゃんこの子と同じのを五杯頼むわ!」


「はっはい!喜んで!少々お待ちください!!」


そこからは忙しかった。


少女に釣られてまた1人また1人とお客が増え、気づけば人が人を呼び、いつのまにか十数人が行列を作っていた。


何故か少女は皿の片付けや運搬を食べたあとも手伝ってくれ、二時間が経った時スープ切れで無事に屋台営業を終了することが出来た。


「ありがとーございましたー!」


無事に初屋台営業を終了させたメンマ。


「はい!お金!」


散々手伝ってくれた少女は1000円をメンマの前に出した。


「いやいやいやお金払わなきゃいけないのはこっちの方だよ!本当にありがとう!助かったよ!」


「ん?パク何もやってないよお料理作ったのはお兄さんじゃん!すごい美味しかったよ!」


(なんていい子なんだろう……)


思わず抱きしめてしまいそうになったが倫理的にアウトのため踏みとどまった。


「パクちゃんて言うのかな?お母さんかお父さんは近くにいる?」


もしや迷子かとも思ったがどうやらそうではないらしい。


「お兄さん!」


「うん?なーに?」


「パクと一緒に異世界でラーメン作ろ?」


「へ?」


これがパクとメンマの出会いであった。

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