第4話 いかにして、猫は友を得たのか
まさに、爆発。
芸術ではない。
初手一合。まずはお手並み拝見と、お互いに選択したのは袈裟斬り。
振り下ろしとは剣術の基本である。剣の重量、踏み込みの勢い。それらを乗せる一撃は、基本にして、最も重い一撃となる。
ならばそれらを、真正面から、人外の膂力を持ってぶつけ合えばどうなるか。
ましてや、其れらが均衡していた場合、ぶつけられたエネルギーはどこへ行くのか。
その答えが、いま周囲に広がっていた。
居並ぶ騎士達はみな膝を付き、並んでいた豪華な調度品の数々は最早見るも無惨な骸を晒している有様。
さながら爆発でもあったかのような惨状である。
然り、これは爆発だ。
「加護を受けた我が剣を、真正面から受け止めて尚曲がりもしないその細身の剣に、微動だにしない手応え……如何な術か分からぬが見事」
近衛長が称賛してくるが正直なところ、私は驚いていた。
物理法則などくそ食らえと言わんばかりの、一合の結果。
まさか力で拮抗されるなどとは夢にも思わなかったのだ。
「実はあて、自分のことを超強いと思っていたので。まさか受けられるとは夢にも思わず……」
そう、私はあの少年達の読んでいた小説の主人公が如く、実はこの世界では最強なのでは、とか考えていたのである。
現に、一戦目はただ一振りで三人を無力化せしめた。
それがまさかの、二戦目にして互角勝負と相成るとは、これはなかなか手強い話なのではないか。
「まだまだ余裕とは嬉しい限り。我も本気を出せる相手は久方故な、楽しませてもらう!」
うん、まだまだあちらは余裕の様子。
困るにゃぁ……
冷や汗が垂れるのを感じながら、鍔競りから互いに飛び退き距離を置く。
続く近衛長の攻勢は熾烈を極める。
縦横無尽、剣戟嵐が如く。
巨大な剣を、まるで木の枝のような気軽さで振り回す。
それも闇雲に振るっているのではない。
無駄なく繋がれ、動作一つ一つに意味がある、それはまさしく人が積み上げてきた戦いの歴史に基づく体型化された技術。
これこそが、剣術。
額を撫で、頬を撫で、風が、剣風が、私を細切れにしようと迫っている。
紙一重で避け続ける私はただひたすら機を窺う。
まだ……まだこの人間が積み上げてきた技術を見取り切れていない。もっと、もっと知りたいのだ。
美しい体捌き。
声からして若いだろうに、その動きには、大木にも勝る年輪を感じる。
工夫に工夫を重ね、暴力を芸術へと変える技巧の粋。
ただ、一歩も引かず、時には避け、時には受け、その芸術を迎え撃つ。
所詮自分の振るうものは見様見真似でしかない。
だが、見様見真似ともいうが、それでも私が振るうものもまた、時を重ねて人が積み上げてきた物だ。
私は、見て、理解する。
理解するというのは、真似できるということだけに非ず。
例えば、右足を踏み出す意味、手を捻る意味。何気ない一挙動が持つ意味。
その積み上げられた技術を、扱いこなせてこそ、理解したというのだ。
故に、いつものように私は、見て理解する。
対峙する騎士の年輪を。
積み上げた技術を、意志を。
そして、理解したならば、あとは仕掛けるのみ。
仕掛けるべきは、この先だ。
右からの横薙ぎ……これを屈んでやり過ごす。
誘いこむ様に、実際誘い込む為に敢えて"がら空き"になった胴へと視線を向けたところで、近衛長の右足からの蹴撃。
それも、理解していた。
飛び退いて距離を取る。
距離を取れば、それを騎士は追いかけてくるだろう。
読み通り、騎士はその蹴足を踏み込みに変え、軸足として半身回転、コマのように回る身体に振り回され、遠心力を乗せに乗せられた大剣がその勢いを増して、必殺の切り上げになって飛び退いた私を狙う。
それを見て、私はにやりと笑ってみせた。
下からの切り上げ、常人を逸した膂力でもてば、それは何者も防げぬ必殺の一撃だろう。
だが、私は違うのだ。
つまり、この一手に差し込むが好機!
その切り上げを、初手と同じ、担ぐような構えからの振り下ろしで、
文字通り叩き落としてみせた。
近衛長の動揺が、顔は見えずとも気配で伝わってくる。
そう、近衛長は、失念していたのだ。
私と、近衛長の力は、その手に持つ刀剣の重みと強度を含めて、
完全に拮抗しているということを。
何故こうなったのか。
重い大剣は、持ち上げるだけでも力がいる。
それは遠心力が乗っていたとしても同じこと。
対して振り下ろしならば、無駄な力はいらない。
力を抜くだけでも、振り下ろせるのだ。
ならば、振り上げという無駄な力を要する斬撃が、同じ力を込めた上からの一撃に、勝る理由はない。
刀で剣を打ち落とす、その打点を軸に、勢いのまま斜め回転を加えて飛び上がれば、宙で一回転。
回天の力も乗せた、刃車となって袈裟に、斬り下ろす。
「ひと」
今の私ならば、鉄でさえも斬れよう。
だが、近衛長の首は落ちず、振り下ろされた刃は、その首の寸前で止まっている。
その硬直のまま、暫くの時が経ち、やがて近衛長は楽しそうに肩を揺らしながら笑い始めた。
「ははは。なるほど、なるほど……」
満足気に頷く近衛長と対照的に、ざわめく周囲の騎士たち。
「なんという剛力……」
「……あの娘、本当に人族であるか?」
「可憐だ」
……なにやら聞こえた気がするが、空耳であるかと聞き流す。
「勝負有りと見るが、如何か?」
私が少し力を込めれば、その鎧の間隙を突いて、騎士の首を取るだろう。
「近衛の長として席を得てから、土をつけられたのは此が初めてだ」
その声に深い感嘆の色を滲ませながら、ゆっくりと一歩立ち退いた騎士は、手にしていた大剣を、その背に担ぎなおす。
一方私は、こちらでも土が付く等という言い回しをするのか、と、よくわからない感嘆をしている。
こちらにも相撲のような文化があるのだろうか等と考えながらも、刀を構えたままであることを思い出して我に返った。
血はついていないが、刀を一払いし、鞘へと納める。
「認めよう、卿ならば我が信任を預けるに足る」
私は、ほっと一息ついた。
ひとえに、今回は相性が良かったのもあるが、どうやら役立たずにはならない様で安心したのだ。
満足気に私の主人たる彼へと語り掛けながら、近衛長が兜を脱ぐ。
さて、中から現れるのはどんな偉丈夫なのか。はたまた美男子だろ……う…か?
「そして、鋭き剣を使う少女よ。剣を交わしたからこそ言おう。女だてらに剣を握る者同士、我と友誼の誓いを交わしてくれないか」
兜を脱いで、こちらを見る近衛長。近衛長?
美しい銀の髪を、肩までで切り揃えた、絶世と言っても過言ではないほどの美女が、いつの間にかこちらを見ている。
おかしい、私はついさっきまで近衛長と剣を交わしていたはずだし、目を離した覚えもない筈だ。
なのに、なぜ、近衛長たることを証明するかのような荘厳な鎧に身を包んだ美女が目の前にいるのだろうか。
あの鮮烈な斬撃を振るっていた偉丈夫は?騎士は?あれ?
「は?」
ちょっとまって、あて、いま何の話してたっけ。
いかにして、猫は世界を旅したのか フランソワ吉光 @vierte3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。いかにして、猫は世界を旅したのかの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます