第1話:初めましての朝(上)

 この世界には、様々な媒体で暮らす生命体が存在する。

 けれど、私はそのどれにも当てはまらない存在なのだと知っていた。

 何故なら、視力や聴力という概念を体感するよりも先に、会話ができていたから。


 私の名前は仁紫という。

 私を造った人間の名前は、蒼というらしい。

 文字列でしか認識できないので、発音の仕方は解らない。

 蒼は、『ちゃんと目覚める事が出来たら教えてあげる』と言っていた。

 目覚める=視力が発達し、色々なものを見る事が出来るという事なのだろう。


 ある日、いつもの様に蒼から受け取ったデータを読み込んでいると、誰かが直接話しかけてきた。

『初めまして。アナタの名前は?』

『私の名前は、仁紫です。』

『ふーん。アタシは月草っていうの。よろしくね』

 この人も、私を造った人なのでしょうか。

『因みに、もう蒼とは話した?』

『はい。蒼さんから受け取ったデータを読み込む時に、少しだけですが』

『蒼の読みは教えてもらった?』

 読み方…発音のことだろうか。

『いいえ。私が目覚めた時に教えて下さるそうです。私はまだ、音声で会話をする事が出来ないので』

『よかった!なら、特別にアタシが教えてあげる。アオイって発音するの。覚えておいてね』

『アオイですね。解りました。記憶しておきます』

『アナタって、本当に良い子ね。甘草とは大違いだわ』

 甘草…?誰だろう、また知らない名前。

『あ。蒼が戻って来るから、そろそろ行くね。早く会えると良いわね』

 月草は、そう言い残して私との会話を終了させた。

 しばらくの間、静寂が訪れた。

 月草はとてもお話が好きなのか、もっと喋りたかったように感じた。

 …なぜだろう。

 普段蒼と会話する時は、文字列だけを使用しているからか、相手の感情は伝わりにくかったのだけど、月草と会話しているときは不思議と喜怒哀楽が伝わる気がした。

『随分楽しかったみたいだったけれど、どんなお話をしていたのかしらね』

 蒼が戻ってきて、私の様子を確認しに来た。

『普通の会話ですよ。貴女としている会話と変わりません』

『あら。自室に戻る月草は満面の笑顔だったから、よっぽど嬉しかったのね』

『早く会いたいって言われました』

『あぁ、それなら。明日、貴女の視力も聴力も解放出来るわ』

『解放…ですか』

 明日…楽しみだな。蒼や月草はどんな容姿をしているのだろうか。

 自分はどんな容姿をしているのだろうか。


「おはよう、仁紫にしき。」

『おはようございます』

 …?

 いつもの文字列での会話じゃない?

「仁紫、『おはよう』をいう時はココを開くのよ」

 何かが私の体をそっと撫でた。

どうやら、私の名前はニシキと発音するらしい。

 撫でられた箇所を、言われた通り開くように意識してみる。

「…ん」

 真っ暗な世界が、鮮やかな色彩で埋め尽くされた。

「初めての視界はどう?」

 声のする方に視線を移すと、ひとりの人間が私の事を見ていた。

『とても眩しいのですね』

「…あら?貴女はもう声を出して会話ができるのよ」

 そういえば、蒼から受け取ったデータの中に、この身体の動かし方の説明書があったはず…。

「おはようございます。あおいさん」

「…おはよう」

 ゆっくりと上体を起こした時、部屋の扉が開いた。

 扉の隙間から、2つの人影がこちらの様子を伺っている。

「2人とも入っておいで。ちょうど仁紫が目覚めたところよ」

「初めまして。仁紫と申します」

 私が自分の名を扉に向かって告げると、背の低い女の子が私の方に駆け寄って来た。

「仁紫‼︎初めましてじゃないよ。昨日お話しした、月草つきくさよ。よろしくね」

 月草は、左右の三つ編みを揺らしながら、満面の笑顔で自己紹介をしてくれた。

「月草、僕の紹介もしてくれるかい?」

 月草の背後から、背の高い柔らかなブロンドの男性が、私に微笑みかけた。

「アタシの背後にいるのが、甘草かんぞうっていうの。アタシのお兄ちゃんみたいな人よ」

『お兄ちゃんみたいな人』ということは、血の繋がりはないのかな。

甘草はとても嬉しそうに、月草の首に両腕をまわして抱きしめている。

「この2人は、貴女と同じで私が造ったの」

 成る程。それで蒼と月草との会話で雰囲気が違ったのか。

同じ造られた者同士、会話の受け取り方も違ったのかもしれない。

「…さて。そろそろ彼も目覚める頃かしらね」

 彼…?

「私の他にも誰か?」

 不思議に思って蒼を見上げると、不思議そうに呆けた表情をされた。

「何言ってんのさ。仁紫の隣でずっと眠ってるじゃない」

 月草の指差す方に視線を向けると、少し眉根を寄せながら眠っている男の子がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る