第2話:乙女の独奏曲⑤
『ひとつ 私の鼓動
ふたつ 君の鼓動が
みっつ 重なりあえば
よっつ 鐘が鳴るだろう』
林檎喫茶のドアを開けると、哀歌さんの歌声が聞こえてきた。
ドアを開く音が哀歌さんの耳に届いてしまったのか、数え歌だったであろう曲は途中で終わってしまった。
歌っている時の哀歌さんは、目の前に居るのにどこか遠い場所に居るみたいに感じる。
私よりも先にお店に行っていた虹輝さんは、目を閉じて哀歌さんの歌を静かに聞いていた。
哀歌さんはいつも肩に水色のヘッドフォンをかけている。
私はイヤフォンしか使ったことがない。
街で見かける人達がヘッドフォンから大音量の音楽を聴いているのは、少し羨ましかったりもするんだけど…。
だから、哀歌さんがどんな曲を聴いているのかが気になって。
「哀歌さんは、いつもどんな曲を聞いているんですか?」
「何も……何も聞いてないよ」
哀歌さんは、そう言うと私にヘッドフォンを着けてくれた。
耳を覆うクッションがふわふわしてて不思議な感じ。
外の音が何も聞こえなくなって…急に不安が襲ってくる。
本当に何も聞こえな…あ。
今はただ音楽を流していないだけかもしれない。
そういえば…このヘッドフォンにはコードが見当たらない…。
哀歌さんにヘッドフォンを返すために耳から離すと、一気に色んな音が流れ込んでくる。
『世界にはこんなにもたくさんの音であふれていいたんだな…』なんて思ったりして。
お店に広がる林檎の香りも、虹輝さんが食器を洗う音もより鮮やかに感じた。
「このお店は少しイジワル。ヘッドフォンの音を消しちゃうの」
私からヘッドフォンを受け取ると肩にかけて、哀歌さんは頭を撫でてくれた。
なんだかまるで慰めてくれるみたいな…。
「本当は、ヘッドフォンから何か音楽が流れていたんですか?」
「…知りたい?」
「はい。だって、最近音楽とかって聴かないから気になるんです」
「そうだね…。いつか、きっと近いうちに彼女の声をミキちゃんも聞けると思うよ」
哀歌さんは、そう言い残して店を出ていくと、その後数日間姿を見せなかった。
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