第2話:乙女の独奏曲③

 最近やっと見慣れてきた店内には、見知らぬ女性が2人居た。

 ピアノを弾いているのは、黒いポニーテール姿で私のお母さんくらいの女性みため。賛美歌を歌っていたのは、赤ぶちのメガネを掛けた女の子だった。


 2人が、楽しそうに演奏していたかと聞かれれば、そういうわけでもないのだけれど、『私も一緒に歌いたい』という衝動は抑えきれず、以前クリスマス会で歌った時の事を思い出しながら、女性のこえにそっと私のおとを重ねた。

 女性の声は、まるで澄んだ空気みたいだったから、かき消さない様に恐る恐る。

 三人だけの空間が、とても心地良く感じる。

 サビに入ると、女性のパートがソプラノからアルトに変わって、つたないハーモニーが完成した。

 私には音感がある訳でも無かったから、凄くびっくりしたけどとても気持ちよかった。

 歌い終わってピアノの余韻も無くなった頃、虹輝さんが拍手をしてくれた。


「とても素敵な演奏でしたね」

 カウンターの上にはティーカップが3つ。

「あら?そういえば、お嬢ちゃんとは初めましてよね」

「あ…あの、私は冬山実喜とうやま みきです。よろしくお願いします」

「あらあら…。胡散臭い店主だけの店だと思っていたら、こんなにも可愛い子が居たなんて。私は鬼怒川愛華きぬがわ あいかよ。よろしくねお嬢ちゃん」

 愛華さんは私の頭を優しく撫でてくれた。

「そして、さっき歌っていたのは辻野哀歌つじの あいかちゃんだよ。この喫茶店の歌姫さ」

「……。よろしく、みきちゃん」

 哀歌さんは、虹輝さんに紹介されると私の方に手を出してくれた。

「哀歌ちゃんは人見知りでね、あんまりおしゃべりはしないんだよ」

「お2人とも、下の名前同じなんですね」

 哀歌さんの手を握りながら、2人のアイカさんに視線を向ける。

「そうなのよ。私も最初に知った時は驚いたわ」

 愛華さんが哀歌さんの方に視線を向けると、こくり。とうなずいた。


 2人の『あいか』さんは漢字が違うんだって。

『哀しい謳い巫女』と『愛を求めて咲く華』

 後日、虹輝さんはそんな風に2人の事を例えてくれた。


「それにしても、なんだかアリスみたいな洋服なのね」

 温かいアップルティーを4人で飲みながら、談笑をしていたら愛華さんが私のワンピースをじっと見つめながら問いかけた。

 小学生とはいえ、やっぱりこういうワンピースは似合わない年齢なんだろうか…。

「ごめんなさい…。でも、このワンピースは友達がプレゼントしてくれたんです」

「そのワンピースは実喜ちゃんにとても似合っているわ。そのお友達のセンスが良いのね」

「その台詞、『僕が選んだ』って言われても同じこと言えたの?」

「さぁ…それはどうかしらね」

 愛華さんは、ティーカップを置くと私に小包を渡してドアの方へと歩いて行った。

「今度は、私も実喜ちゃんに似合う洋服を持ってくるわね」

 ドアの向こうの暗闇へと消えてゆく後姿に、やっぱり私はまだ慣れなくて目が離せなかった。

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