第2話:乙女の独奏曲②

『歌は人の心を動かし、またある時は国をも動かしてしまうもの。

 だから、安易に不特定多数に対して歌ってはいけないよ。

 鼻歌や口笛なんかも、侮ってはいけない。

 だって、言葉を必要としない鼻歌や口笛は、それこそ国境を越えて悪用する事ができるのだから。』


「今日は、どのくらい林檎を収穫しますか?」

 私と虹輝こうきさんは脚立にのぼり、林檎を収穫している。

 私は、仁紫にしきさんからもらった深い青色の、ひざ下まで長さのあるワンピースを着いる。

 テレビで見た、不思議な世界に迷い込んでしまった女の子が着ていそうなワンピースを着ると、なんだか気分がよくなる気がする。

「その前に」

「あ…」

 忘れてた。エプロンの紐をまだ1人でちゃんと結べないんだった。

 ふわっと風が私の髪を持ち上げたかと思うと、虹輝さんが私の背後に移動していた。

「クッキーとジュースを作りたいから、10個くらいあれば充分かな」

 林檎を収穫する時は、今日使う分だけを収穫するのが決まり。

「私、虹輝さんの焼くクッキー大好きです。とびきり甘そうな林檎を選びますね」

 暖かな陽だまりの中、林檎をカゴの中へ入れていく。

 のんびりと、たわいのない会話をしながらの収穫が日課になっている。

実喜みきちゃんは、この前焼いた林檎クッキーをお店に出す分も全部食べちゃったもんね」

 昨日、お店のテーブルの上に置いてあったクッキーがとても美味しそうだったので、軽い気持ちでつまみ食いしたら、お皿に乗っていたクッキーを全部食べてしまったんだけど。

「た、確かに全部食べましたけど、でも10枚しかなかったじゃないですか。」

 まるで、私のことを大食いみたいに言う虹輝さんに反抗する様に、頬を精一杯膨らませて見せつける。

「…あ、用事を思い出しちゃったんだった」

 虹輝さんは視線を逸らして、慌てた様に自室に駆け込んだ。

 本当は用事なんて無いくせに。

 私の背中には、いつの間にかレースの蝶がとまっていた。

 私は、溜息をひとつ零して林檎の収穫を再開するために、果実に視線を戻した。

 林檎に指先が触れた時、お店の方から女性の歌声が聞こえてきた。しばらくするとピアノの音も聞こえてくる。虹輝さんはピアノを弾かないと言っていたので、雰囲気作りのための飾りかと思っていた。

 どこか聞き覚えのあるメロディに、やっとその曲が『荒野あらのの果てに』という賛美歌だと思い出した。

 日本では、讃美歌はクリスマスソングと同じような感じだから、学校で歌ったことがある。

 でもまだ8月なのに、なんでクリスマスソングなんだろうか。

 …そんな風な疑問も、どうでもよくなってしまうくらいに、聴こえてくる歌声とピアノの音色が心地良かったので、私は林檎を収穫したカゴを林檎の木の根元に置いたまま、店の扉を開けた。


 私も一緒に歌いたいと、なぜだかわからないけれど、そう思えたの…。




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