第1話:紅い林檎⑨
「今日、彼女の知り合いが来る予定だから、会ってみるかい?」
「…え?でも」
この家には、誰も入れないんじゃ?
カランコロン…
「来たみたい。行こっか」
「え?行くってどこに…」
「まだ実喜ちゃんが行った事がない所だよ」
そう言う虹輝さんを見上げると、何処かを指さしていた。
目線で追うと、さっきまで私達が居た林檎の樹だった。
「林檎の樹なら、さっきまで」
「違う違う。あっちだよ」
虹輝さんは、私の頭を45度程左にひねった。
視界の右側に移動した林檎の樹の代わりに、目の前に1枚の扉が現れた。
「虹輝さんの部屋ですか?」
「違うよ。僕と実喜ちゃんの部屋は、後ろ」
虹輝さんに言われ、後ろを振り向くと扉が3つ並んでいた。
「あ…あれ?」
「玄関側から、バスルーム・僕の部屋・実喜ちゃんの部屋だよ」
虹輝さんが扉を開けると、広いキッチン…いや。
喫茶店?
「やぁ。二人とも久しぶり」
虹輝さんが声を掛けた方を見ると、二人の男女がカウンター席に座っている。
金髪の、まるでお人形さんみたいな雰囲気だった。
「虹輝さん、お久しぶりです。」
女の子が虹輝さんに挨拶したら、男の子が私に向かって指を差した。
「何でお前、ソッチから来たんだ?」
ソッチというのは、今入ってきた扉の事だろうか。
「えっと」
「朱杏、初めましての方にはちゃんと挨拶をしなければ」
「うっせぇーな!わかってるよそんな事。オレの名前は
「私は
「そ、そうなんですね。私は冬山実喜です。よろしくお願いします」
「何でお前、この家に住んでるんだ?」
「その前に、頼んでたモノは持ってきてくれたかい?」
「えぇ。でも、こんなの初めてです」
「確かに。アイツが読めないなんてな」
虹輝さんは黄色いハードカバーの本を受け取ると、軽くページを捲った。
『…え?』
捲られるページはどれも白紙で、読めなくても当然に思えてしまう。
…それとも、たまにテレビで見る炙ったら文字が浮き出るやつなのかな。
「コレで大丈夫。ありがとう。僕は、この家から動けないから助かるよ」
虹輝さんは、白紙の本が欲しかったのかな。
「実喜さんは、いつからこの家に住んでいらっしゃるんですか?」
「えっと……」
そういえば、今日が何月何日なのか私知らない。
この家には、カレンダーも無ければ時計も無いんだもの。
返答に困っていると、虹輝さんが口を開いた。
「先週くらいだったかなぁ」
虹輝さんを見ると、何やら冷蔵庫を漁っている。
二人はまだ注文すらしていないのに。
「相変わらず
朱杏が呆れたように呟いた。
「今日は、急ぎの用事がありますのでそろそろ…。」
「えー!いいじゃんか、もう少しくらい。」
仁紫は椅子から降りると、ドアの方に向かった。
「今日は、大切な仕事が残ってるでしょう?」
「…あれ、今日だっけか。」
朱杏は、少しめんどくさそうに椅子から降りた。
「これから、お仕事なんですか?」
「ただの店番さ。」
「ただの店番よ。大切なお客様が来店予定なんです」
『じゃあまたな。』
手を振って店を出て行く2人を眺めて、ふと思い出す。
「何故彼等は、“外”に出れるんでしょうか」
だって、私達は此処から出られないのでしょう?
「実喜ちゃんも試してみるかい?」
2人が出て行ったばかりのドアを、虹輝さんがそっと開けた。
しかし、ドアの外は真っ暗で何も見えなかった。
建物や木々のシルエットや、星空さえも見えない“漆黒”だった。
「ね?僕らは出られないんだよ。出ても、きっとこの闇に飲み込まれてしまうだろうね」
『だから、無駄なことはやめておいた方がいいよ』
そう言って、虹輝さんはカップを洗い始めた。
私は、あの人が迎えに来てくれるのを待っている。
けれど、ドアの外は真っ黒の闇…どこかで読んだことがある。
「もしかしたら、私は悪者に捕まったお姫様なのかもしれません」
「ふふ。確かにそれはあながち間違っていないかもしれないね」
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