第1話:紅い林檎⑥
『林檎って可哀想だと思わない?』
ちゃぶ台の上に置かれた2個の林檎を眺めながら、男は唐突に語り始めた。
「果物に可哀想だなんて思ったことないです」
男は、林檎を1つ手に取り皮も剥かずにかじりついた。
折角答えたのに、無視されてしまった。
『さて問題です。俺はこの後どうなってしまうでしょう』
男が突拍子もない話をいきなり始めるのには、少し慣れてしまった私は考える。
「林檎が喉に詰まって気絶…ですか?」
『残念。正解は、美味しく食べました。』
なんだ。普通の答えじゃないか。考えて損したな。
『でも、君がキスして起こしてくれるんだったら、気絶するのも良いかもしれないね』
結局、なんで林檎が可哀想なのか解らなかったけど、皮ごとかじった林檎はとても甘かった。
あの人の言う、『可哀想な林檎』の意味を考えてみたことがある。
もしかしたら、私が答えた『白雪姫』の例えがヒントだったのかな。
結局答えは解らないまま。
林檎が出てくる物語…か。
見知らぬ部屋で目覚めてから、虹輝さんが与えてくれる食事は毎回林檎のおかゆだった。
そろそろ食べ飽きたなと思っていたら、皮付きの林檎を渡された。
空っぽだった私の胃も、この数日で大分慣れてきたって事なのかもしれない。
「採れたての林檎だから、美味しいよ」
「虹輝さんの林檎が美味しい事くらい、解ってますよ」
貰った林檎を、服の裾で軽く擦ってからひと口かじった。
「どう?そのままでも美味しいでしょ」
私は、ひとつ頷いてから閃いた。
もしかしたら、虹輝さんなら答えが解るかもしれない。
「虹輝さん、突然ですが問題です。林檎を食べた私は、この後どうなってしまうでしょう」
虹輝が林檎を飲み込むタイミングで話しかけてしまったので、軽くむせたのか胸をトントンと叩いている。
「林檎の感想まだ聞いてないのに…」
虹輝さんはふてくされた様に頬を膨らませた。
「ここに来てから、ずっと林檎のおかゆ食べていたんだから、林檎が美味しい事くらい分かります」
「でも、生の方が美味しいでしょう?」
…あ。これは『美味しい』と言わないと拗ねて面倒くさくなるなる。
「とても美味しかったです。生の方が、水々しさを感じることができるんですね」
嘘は言ってない。
ほんの少し、棒読みだったかもしれないけれど。
虹輝さんは、嬉しそうに微笑んでから林檎を全て食べ終えた。
私の質問には、まだ答えてもらっていないのに。
「その林檎を全部食べてくれたら、答えを教えてあげるよ」
虹輝さんは、ベッドに背を預ける様に床に座った。
私が林檎を食べ終えるまで待つつもりらしい。
そもそも、残すつもりは無いのだけれど、早く答えを知りたかった私は、時折ガリッと音を鳴らしながら林檎を食べ終えた。
そして種を飲み込んでむせる私を、虹輝さんはからかう様に笑った。
―――だって、ずっと考えていたあの人の質問の答えが見つかるかもしれないんだもの。
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