第1話:紅い林檎⑤
『名前の付け方には、いろんなやり方があるんだよ。
親族が子の成長を祈ってつける場合。
親族の名前の一部を引き継がせる場合。
自分の好きな人物や存在に関連する名詞を使用する場合。
字数や画数を占い的な観点から、最良な文字の組み合わせを探す場合。
信仰する宗教によっては、教祖となる存在につけてもらう場合。
どんな理由で付けられた名前でも、真実を知るのはだいぶ先の話で、場合によっては子供の救いになるだろうし、場合によっては子供の枷となり苦しめるだろう。
さて、君の名前はどうなんだろうね。』
学校の宿題で、『名前の由来を親に聞く』というのがあった。
けれど、その頃には両親とまともに会話をしていなかった私は、自分で由来を考えて提出した。
…あの人に尋ねられた時、私はなんて答えたのだろうか。
「…おーい。大丈夫かい?」
断片的な記憶を思い起こしていたら、虹輝が黙り込んでしまった私を不審に思ってしまったらしい。
「ごめんなさい。私の名前は、
「9才?!」
担任の先生にも、『実喜ちゃんは大人っぽいね』なんて言われていたけど、そんなに驚くほどだろうか。
「若いとは思っていたけれど…そうか。」
虹輝は、私の瞳をじぃっと見つめてきた。
『飲み込まれる!!』
怖くなって思わず目をつむった。
「…僕と同じなんだね。君も、誰かに願望を押し付けられちゃったの?」
恐る恐る目を開けると、にっこりと満面の笑みを貼り付けた、虹輝の顔が目の前に迫っていた。
「でも大丈夫」
いったい何が『大丈夫』なのだろうか…。
無機質な笑顔を、瞬きせずに見つめ返す。
「この家に居る時は、自分の家だと思って過ごせばいいさ」
「虹輝さん1人で住んでいるんですか?」
1人暮らしにしては、なんだか広そうな家に感じるのだけど。
「そう。僕1人で住んでいるんだ。でもね」
虹輝は、どこから取り出したのか右手にレンゲを持っていた。
「今日からは、実喜ちゃんと一緒だから寂しくないよ」
先程の無機質な笑顔のまま、虹輝は土鍋の中身をレンゲですくった。
虹輝の手を視線で追っていた私に見せつけるかの様に、口元で一度止めてからレンゲを口に含んだ。
「あ、私のおかゆ…」
呆然と見つめる私にお構いなしな虹輝は、おかゆを飲み込んだ。
「ね?大丈夫でしょ?ちょっと、冷めちゃったけど」
私は決して、おかゆの中に毒や睡眠薬が入っていることを警戒していた訳じゃないんだけどな。
「…ん。」
レンゲでおかゆを口の中に含むと、
あれ…しゃくしゃく?
おかゆって食べる時、しゃくしゃくしたっけ。
「これ、何が入ってるんですか?」
そもそも、本当におかゆなのかも怪しいのだけれど。
「林檎が入ってるって、言ったでしょ?」
「それだけですか?」
「お米は使わずに、すりおろした林檎をハチミツと生姜で煮込んだものなんだ。具材代わりに、角切り林檎も入ってるよ」
それで、普通のおかゆとは違う歯ざわりだったのか。
「おいしいでしょう?体も温まるよ」
「…美味しいです」
小さな土鍋いっぱいに入っていたおかゆモドキは、虹輝と2人で食べることになった。
「これから、ひとつ屋根の下で仲良くしようね」
そんな、語尾にハートマークが見えそうな、ウィンク付きで言われても。
私は、これから本当にこんな人と一緒に暮らさなければいけないのでしょうか…。
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