第1話:紅い林檎③

 かちゃり。

 「…?」

 壁の向こうから扉の開く音が聴こえた。

 あの人が私のことを迎えに来てくれたのかな…。

 『あれ?さっき音がした気がするんだけど』

 聴こえてきたのは、少年の声だった。

 『…まったく、こんなところに部屋があるなんて聞いてないよ?トウゴ』

 コンコン。

 「……。」

 扉を叩く音に身を固くし、息を止める。

 『いるわけないか』

 がちゃり。

 何の抵抗もなく、私の世界を護る扉は開かれてしまった。

 「えっ…君、どうしてこんな所に?この家には、僕しか居ないはずなのに…」

 少年が私のもとに駆け寄ってきたことで、初めて私の世界への侵入者の姿を視界に映した。

 少年は、私よりも年上に見える。

 「大丈夫?具合が悪いの?」

 少年は、紅いリボンで結んだ黒髪を、胸の辺りまでたらしながら首をかしげている。

 私の身体を起こそうとしたのか、男の子の手が私の腕に触れたときに「…あ」と小さく声がもれた。

 目の前の少年は、私の腕を掴む力を緩めると瞳と口を閉じてしまった。

 私は、目の前の少年が信じていい人なのかも判らずに、少年を警戒する。手には力が入らず、手を振り払うこともできなくて、ただただ睨みつける事しかできなかった。

 あの人以外の“誰か”がこの部屋に居るということは…。

 もう、あの人の世界に干渉されてしまったのだろうか…。

 少し臆病な人だから、どこかでふるえていたりはしないだろうか…。

 少しの沈黙の後、一瞬少年の頬に一筋の光が見えた気がしたが、どうやら見えた気がしただけだった様で、瞬きをひとつしたら消えていた。

 「なにも、取って食おうなんて思ってないから安心してよ。…なんて言っても、安心はできないよねぇ…」

 少年の言葉は、まるで幼子に話し掛ける様な口調だったので、少し頭にきてしまった。

 ぐぅ…。

 少年を警戒することに神経を使っていたからか、私のお腹は控えめに空腹を訴えた。

 「あれ…もしかして、お腹が空いているの?待ってて、今何か作ってくるからね」

 少年は、私の身体を床からベッドへ移し、壁に上体を寄りかからせた。

 「すぐに戻ってくるから、部屋から出ちゃダメだからね!」

 開けたままのドアに向かった少年は、無邪気な笑顔で振り返って私に告げた。

 がちゃり。

 どうして、皆して私を閉じ込めたりするのだろうか。…どうせ、出られないのに。

 少年が扉を閉めるのを見送りながら、やはりここはあの人の居た場所とは違うところなんだなぁ、と思う。

 「これから、どうしようか…」

 あの人は私が今どこに居るのか知らないはず。

 

 ―――それでも私は、あの人が迎えに来てくれると信じている。

    唯一世界を共有したいと思った、私だけの“王子様ともだち”なのだから。

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