第1話:紅い林檎②

 『僕がこのドアを開けるまで、絶対に外へ出てはいけないよ。叫んだり、姿を見られても駄目だからね。』


 静かなこの部屋で、私が思い出せたのは優しく語られたあの人の言葉でした。

 でも、あの人の姿はもやがかかっている様で、映してはくれませんでした。

 とても優しくて、だけど少し脆い人だった気がします。

 …神様なんてあいまいな存在は信じたりしないけれど。

 どうせなら、願ってみてもいいでしょう?

 どうせ、神様は叶えてくれる気もないんでしょうから。

 

 あの人は誰にも見つからず、誰からも認知されてはいけないのです。例えあやかしであっても、神様であっても。

 だからもしも、あの人の事を見つけてしまっても、どうか見なかったことにしてください。


 手を組もうと腕を持ち上げてはみたけれど、現実はそんなに甘くはないようで…。

 ここが地球じゃなければ、私も祈ることができたのだろうか。

 …なんて思ってしまうくらい、両腕は鈍い音と共に床に戻されてしまった。


 そういえば昔、同級生が【赤いクレヨン】の話をしていたっけ。

 大声をだして騒いだりもせず、ただじっとカーペットに横になってドアを見つめる。

「助けて」とか「ここから出して」なんて大声出したら、あの人は私をここから出してくれるのだろうか。

 それとも、私の声を聴いた“誰か”がここから出してくれるのだろうか…。

 確かに私も、噂話の子供も、閉じ込められているけど決定的な違いがある。

 それは、私をこの部屋に閉じ込めたあの人が、ドアに漆喰を塗ったりはしないとわかっているから。

 この部屋には、鍵すらかかっていない。『出ようと思えば出られる』、そんな部屋に私は閉じ込められている。

 この世界には、私しかいない。

 そしてドアの向こうには、あの人だけの世界が存在する。

 今ここで私が騒いで、第三者がこの二つの世界のどちらかに接触した場合、私は“被害者”となり、あの人は“犯罪者”にされてしまう。

 それだけは避けなければいけない。

 …いや。きっと私はすでに第三者からすれば“被害者”になっているのだろう。

 けれど、ドアの向こうにいるあの人を“犯罪者”なんかにするわけにはいかない。

 私は、またこのドアが開いてあの人と世界を共有して、たくさんお話がしたいだけだから。

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