第2話光の街を目指して

暗い世界に住む人間の朝は早い。日が昇ると同時にほとんどの人間が目を覚ます。そんな俺も例外ではない。家々の隙間から、弱弱しい朝日が差し込んできたのと同時に目を覚ました。…なぜだか体がけだるい、というか重い。特に太もも辺りが、急に鉄の棒になってしまったかのようなそんな感覚だ。横になっている体をむくりと起こす。そして、俺の目線の先にそいつはいた。そうだ思い出した。昨日、急にこいつが真夜中だというのに俺の目の前に現れて、助けを求めてきたのだ。そして俺は…俺の居場所に入ってくる汚物を消した。その後に、こいつが寝るもんだからそのままの態勢で寝たのだ。

…さて、どうしたものか。俺は、いや、この暗い世界に住むほとんどの人間は、他人との関係を持たない。持っていたとしても、せいぜい裏で取引している奴らだけだ。だから、俺はこの状況で、俺の太ももを枕にして寝ているこいつをどうすればいいのかが、まったくわからない。男だったら、真っ先に蹴り飛ばし獲物で斬りつけているが、こいつは光の世界の人間だ。日が差してきてようやくわかったが、こいつの格好は、この暗い世界に入ってくるにはあまりにもラフな格好だった。きっと、何かあって誤って裏路地に入ってしまったんだろう。なら、出来るだけ怪我無く光の世界に…表通りにかえしてあげなくてはならない。理由は単純だ。光と闇とで争いが起こる可能性があるからだ。だから、暗い世界に入ってきた光の世界の人間は、外にかえす。あるいは…、消す。その二択だった。俺はどちらかというと前者の方だ。光を恨んでいても、いまだ光への未練が捨てきれないからなのかもしれないが。

しかし、それにしてもそろそろ足が限界に近かった。痛みを通り越し、今はもう何の痛みも感じない。さすがにこのままだと襲われたときに対処できない。とりあえず、体を揺らしてみる。そいつの頭が、俺の鉄の棒のように固まっている足の上で揺れ動く。それと同時に、足には激痛が走る。

「……っ~~~~」

声にならない声が出る。痛い、痛すぎる。足を両手で抱えあまりの痛さに、地面を転がりまくる。俺の足に乗っていたそいつの頭が、固い石畳に頭をぶつけた。

「……っ~~~~」

そいつも俺と同じように、声にならない声を出すと、地面にぶつけた頭に手を重ねていた。そして、そいつは体を起こしてあたりをキョロキョロと見回し、俺が視界に入った途端、体をビクンと震わせた。もしかしたら、何か勘違いをしているのかもしれない。俺はあんな汚物たちとは同等の存在だとみられたくなかったので、「大丈夫だ。俺はお前を襲ったりはしない」と一言そいつに言った。

その言葉を聞いて、少し安心したのかそいつは俺の方に少し寄ってきて、口を開いた。

「あ、あの…昨日は、ありがとうございました…」

下を向き、服の裾を握りながらかすれて聞こえないほどの小さな声で、そいつは俺にそう言った。…これはなんだ?俺は感謝されているのか?助けたつもりはない。ただ自分のためにすべてやったことだ。それに関して、こいつから礼を言われるというのは、何かがおかしい。

だから、俺はそいつに「自分のためにやっただけだ。他人に感謝されるようなことは何もしていない」と、そう言い放った。

俺の言葉を聞いたそいつは、そのまま下を向いたまま何も言わなかった。そして、お互い、黙り込んでしまった。これは…どうすればいいのだろうか。俺は他人への気の使い方なんて知らないし、ましてや会話をつなぐような話を持っているわけでもない。あったとしても、人を殺したことを語ることしかできない。だったら、やれることは1つだ。こいつをもとの場所にかえす。それだけだ。

「なあ、お前。表の人間だろ?」

俺がそう言うと、そいつは首を上下に動かした。

「なら、帰りたいと思わないのか?」

俺がそう言うと、そいつは首を横に振り「帰りたい」と小さな声で言った。

「なら、さっさと行くぞ。お前にここ長居したところで、いいことなんて何一つないからな」

俺はそういうと、時間がたってようやく動かせるようになった足で立ち上がり、そいつの手を無理矢理握ると、引っ張るように立ち上がらせそのまま引きずるような形で光の世界へ出る道を進んだ。

この暗い世界では、光の世界に近づくほど闇の世界の力は薄れていて、このあたりの人間は弱い奴か子供しかいない。そして今はまだ早朝。この辺りでは、人はまだあまり目覚めていない。そのおかげか、思ったよりも早く光の世界と闇の世界の1つの境界線にたどり着くことができた。

「ほら。ここをまっすぐ行けば表通りに出れる。何か起こる前にさっさと言っちまいな」

俺がそう言うと、そいつは頭をぺこりと下げて「ありがとう」といった。

そして、手に持っていた籠の中に手を入れ何かを取り出した。その手には小さなパンが握られていた。

「あの…これ、お礼にならないかもしれないですけど…」

そういって、そのパンを俺に押し付けると、そいつはそのまま表通りに向かって走っていった。これで俺のやるべきことはひとまず終わった。とりあえず、俺の居場所に帰ろう。昨日の無駄な戦闘と先程まであいつにずっと気を使っていたせいか、俺はとても眠たかった。帰ったらまた寝よう。そんなことを考えながら、俺はまた手に届きそうな位置にある光の世界から、深い深い暗闇へと戻っていった。



1日ぶりに私は我が家に帰った。家の扉を叩いて、私だということを告げると両親が泣き顔で私を家に出迎えてくれた。父と母は、何度も無事でよかったといいながら私を抱きしめてくれた。こんな暖かい場所に戻ってこれたことが私は嬉しかった。そして、ふと思った。あの人は…私を助けてくれたあの人。あの人の目は濁りきった灰色の目だった。何もかも信じれなくなったといわんばかりの目だった。

だというのに、私の手を引いてここまで案内してくれた。…本当は死んでいたかもしれないところを、助けてもらった。パン1つで片づけてはいけない、私はそう思った。だから私は、彼に恩返しをしようと心に決めた。そのくらいしなければ、この恩は返しきれない。次に行くときは、家のパンをいっぱい持って行ってあげよう。きっと裏街道に住んでいるはずだから、ご飯にも困っているはず。それと、怪我もしていると思う。だったら回復魔法で治してあげよう。…こんなことを考えるなんて、私はきっと馬鹿なんだと思う。普通の人は、誰もが裏街道には入りたがらない。危険だし、何が起こるかわからないから、と人は口をそろえて言います。確かにそうだと思ったけれど、迷惑を掛けたら、それ以上のお返しをする。それは私が親からずっと言われ続けてきたこと。さて、それじゃぁ…何をしたら、あの人は喜んでくれるだろう?私は頭の中で、あの人が喜びそうなことを両親の腕に抱かれながらゆっくりと考え始めた。

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