第6話  少女の涙

午後の5時前。

僕たちはいつものように河原へと向かっていた。

話題は昨日の不思議な景色のことで持ちきりだった。



「あんな花あるんだなー。オレはそういうの詳しくないから、全然知らんかったぞ」

「いやいや、現実にないでしょ。花粉が光る花なんて……ないよね?」

「うーん、僕に聞かれてもなぁ。光るキノコはあるようだけど」



気になってネットで検索してみたけど、あの花らしきものは見つからなかった。

ちょっと気持ち悪い画像まで関連ヒットしてしまい、それ以来調べていない。



「それにしても不思議な場所だよなー。好きなだけ音を出せるからいいけどさ。しかもタダ!」

「そうね。森から出るといつもの街に帰って来ちゃうんだもんね。他に話しても信じてもらえないわよね」

「あの女の子もね。どこからやって来て、どこへ帰ってくのかもわからないよね」



2人ともウンウン頷いている。

あの場所もあの少女についても謎だらけだ。

聞いても答えてくれないし、調べても勿論わからない。

だから余計な事を考えずに、『ちょっと変わった練習場所』くらいに捉えていた。


実際僕たちの腕前は上達しているようだった。

単純な技術ではなく、もっと深い部分が。

『音を演奏する』という固定観念から抜け出して、『音を介して会話をする』という発想へと変化した。

これも不思議な森や少女のお陰だ。

だから僕たちはあの場所に対して悪感情を一切抱いていない。

むしろ『秘密基地』くらいの無邪気な愛着がある程だ。



「ほーい、到着。移動方法以外は最高なスタジオですよっと」

「土で汚れなきゃ素晴らしいわよっと。ジャージを一々脱がなきゃだし」



そして森へやってきた。

僕たちはすっかり手馴れていた。

最初は楽器のケースを体にぶつけたりしたもんだけど、今は体もケースもスムーズに運べている。

服を汚さないためにも、降りる前にジャージに着替えたりしている。

常連になるとこんな部分にまで気が回るようになる。



「あれ、今日は演奏前に女の子が来てるわね。珍しい」

「ほんとだ。何か変わった事でもあった……の?」



僕たちは声の調子を落としてしまう。

少女の顔が涙でグシャグシャになっていたからだ。

青い目は真っ赤に腫れ上がり、どれほど泣いていたか想像できた。

少女はこちらに気づくと、一直線に走ってきた。



「おにいちゃん、おねえちゃん、たすけて! お花が……お花がかれちゃう!」

「花が枯れる? 一体何があったんだ?!」



僕は両手で小さな肩をつかんだ。

憔悴しきっているのか、目の焦点が合っていない。

そして彼女は僕にもたれかかり、意識を手放してしまう。



「それ大丈夫なの? 救急車呼ぼうか?!」

「平気……だと思うよ。気を失っただけじゃないかな」



グシャリ。

無遠慮な足音が離れた所から聞こえた。

弾かれたように目を向ける。

そこには全く場違いな容貌の人影があった。


西洋の屋敷にありそうな、全身鎧。

一切曇りが無い銀の輝き。

大きな剣を杖のようにして持ち、僕らの方を向いている。

兜までしっかりと身につけていて、その表情は見えない。



「下らん……実に下らん。花が一体なんだと言うのだ」

「あなたは。一体誰なんですか?!」

「要らぬ……要らぬ。このようなもの、世界には不要でしかない」



男が剣を掲げると、青く光り始めた。

それはとても冷たい、体温の感じられない色。

その光に触れた草花はたちまち枯れて、土へと還っていく。

土肌が露出した場所には石畳が現れる。


そうやって一歩一歩踏みしめるようにして、鎧の男はゆっくりと歩み寄ってくる。

足元の白い花を散らしながら。



「おい、逃げようぜ。こんな危ないヤツに関わっちゃダメだ!」

「それがいいわね。ひとまずは安全な場所へ……」



僕は許せなかった。

どうしても、許せる気がしなかった。

幼い子供を泣かせた事もそうだけど。

何よりもこの花畑を荒らされる事が、何よりも腹が立った。



「彼女を安全な場所へ! 僕はここに残る!」

「ええ!? ソウマくんどうしたの?」



僕は鎧の男の行く手を塞いだ。

相手は切れ味のよさそうな剣。

僕は楽器用のハードケース。

戦いになったら、時間稼ぎすらできないだろう。


それでも僕は、半歩すら下がる気は無かった。

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