第5話  流星群

「トゥントン、トゥントン」

「ポィイン、ポイィィーーン」

「ポポポコ、ポコ、ポポポコ」

「ドゥウウーン、ドゥウウウーンッ」


「ねえ、何してんの?」



コウイチとミカが音を出し合っていた。

それはいつもの事なんだけど、なんだか気が抜けるものばかりだ。

例の少女はお腹を抱えて笑っている。

よっぽどツボに入ったんだろう。



「ええとね、今どっちが面白い音出せるか勝負してんの!」

「やっぱオレだろ? 弦楽器の多彩さはここでも発揮されるんだ」

「いや、2人とも変な音だよ」

「なんだよぉー高見の見物なんかしてさ。ソウマも出してみろよ」

「いいわねそれ。たまにはお茶目なソウマくんを見たいなぁ」



ええっ?!

そういうの用意してないよ。

どうしようかな、何かいい音は……。



「ピロリロリ、ピロリロリ」

「そっ……そのメロディはっ!」

「唐揚げ定食ください! ごはん大盛りでぇー!」 



良かった……伝わったみたいだ。

このメロディは定食屋さんのチャイム音だ。

店の入り口が開くと鳴るんだけど、妙に特徴的なんだよね。

それを聞いた2人は悶絶している。

『腹が減る』とか溢しながら。



「くっそう、真面目そうな面して精神攻撃とは……やるじゃねえか」

「最近行ってないなー。今度みんなで行こうね」

「みんなさっきから、すっごくたのしい音! きょうはそういう日なの?」

「いやぁ。いつも通りなんだけどな……」

「そのまま、そのまま。その音でやってみようよ!」


少女は眩しい笑顔のまま、僕たちを促した。



 ◆

その日の演奏は随分と雑だった。

曲と言うにはほど遠い、不思議な音の大洪水。

無責任に生み落とされた音符が、付近に溢れ返る。

ひとつも解決しないそれらを前に、僕らは溺れそうになる。

息苦しさに耐えかねていると、女の子の声が響いた。


「もっとそろえて、もっともっと!」


揃えるって何をだろう……?

僕たちは顔を見合わせて、みんな同じようにポカンとしていて、それが不思議なくらいに可笑しくて。


僕が笑う。

コウイチも笑う。

ミカも笑う。


それがとても嬉しくて、有り難くて、ちょっとだけ泣きそうになる。

みんなの目を見ていると、自然とリズムが揃うようになり、演奏の輪郭が見え始めた。


「そのちょうし、そのちょうし。でも、もっといけるよ!」


僕も同じ意見だ。

でも……より豊かに表現したいのに、指が追い付かない。

自分の体があまりにも邪魔だった。

胸を切り裂いて、魂ごと表現できればどんなに嬉しいだろう。


直立の姿勢ではダメだ。

低い音の時は膝を折り曲げ、高い音の時には膝を懸命に伸ばした。

せめて体の勢いを乗せられればと思って。


コウイチも懸命にかき鳴らしている。

左端のフレットを押さえてコードを鳴らしたかと思うと、そのままスライドさせ高音ギリギリまでを弾こうとしている。

まるでロックの技巧派のソロのように、慌ただしく音符を踊らせる。

怒っているのか、笑ってるのか、泣いてるのか、わからない表情のままで。


ミカは、いつものキレイな叩き方など忘れてしまったように乱打している。

その気になれば何時間でも演奏していられるよう、無理のないフォームを研究したらしい。

でも今はそんな行儀の良さは微塵もない。

少しでも魂に繋がる音を出そうと必死のようだ。



「いいねいいね、あとちょっと。もうすこしだよ!」



もっと上がある?

でもこれ以上どうやって……。

僕はがむしゃらに音を出し続けた。

手が届きそうで届かない。

姿形が見えたような、見間違いのような。

少女の誘導だけを頼りにして、ただ『上の方』を目指した。



その時だ。

全く予期していなかった『ポンッ』という音が響いた。

 ◆



僕は慌てて辺りを見渡した。

コウイチとミカも同じだ。

僕たちが出した音じゃない。


ーー花だ!


ついさっきまで萎れたようになっていたツボミ。

それが顔を持ち上げて、白く美しい花を開いた。

その一輪をきっかけに、あちこちで『ポンッ』『ポンッ』と咲き始める。

呆然と眺めている間に、あっという間に一面が白い花で埋め尽くされた。



「うわぁ……キレイねぇ」

「今日が咲く日、だったのかな?」



それだけでは終わらなかった。

花からは淡く緑色に光る粒のようなものが、ゆっくりと浮かび始める。

いくつもの、いくつもの光り輝く粒。

それらがフワリと宙を漂い、僕らの顔を緑色に照らす。

そして吹く風に舞って、暗くなった空へと飛んでいく。

数え切れない程の光が夜空の色を変えた。


ーーまるで流星群みたいだ。


胸の中でそっと溢した。



「きれいだね、きもちよかったね。きょうはとっても、いい音だったよ」



少女は満足そうに笑っていた。

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