第4話  再び森へ

「びっくりしたぁ……。ここどこー?」

「いってぇー! ギターケースが、ハードケースがオレの膝をっ!」



僕たちは昨日の森へと来ることができた。

この景色を見るまでは不安だったけど、昨日と同じ光景をみてホッとした。

鬱蒼(うっそう)と繁る木々に、鈴虫の鳴き声、足元にはしおれたように俯いたツボミ。


ただあの女の子だけが、どこにも見当たらない。

今は別の場所に居るんだろうか?



「こんな場所があったなんて知らなかったわ。思いっきり音を出しても大丈夫そうね」

「そうだな。ギャンギャンにかき鳴らしても怒られないな!」

「アンタは不必要に音でかいんだから、ちょっとは遠慮しなさいよね」



2人がそれぞれ楽器を取り出したので、僕も慌ててケースを開いた。

手早く準備を済ませて、3人で向き合うようにして集まった。



「それで、何やるの?」

「練習曲は止めとこうぜ。思いだしちまうよ」

「じゃあ、これはどう?」



 ◆

僕は昨日と同じ曲を吹き始めた。

貧乏で楽器を買えなかったアーティストさんの曲。

僕がワンフレーズ吹き終わると、ミカが『トトタンッ』とビートを細かく刻みだした。

原曲はバラード調のゆったりしたものだけど、ミカのおかげでサンバのような雰囲気になる。


ーーこれはこれで心地いい……。


コウイチもそれに倣(なら)ってコードを細かくかき鳴らす。

リズムを壊さないように、シャープにしっかりと。

たまに単音を弾いて、僕との二重奏のようなプレイも織り混ぜている。


しばらく演奏をしていると、コウイチのメロディと半音でぶつかってしまった。

一瞬で辺りは不協和音に包まれてしまう。


ーー失敗しちゃった?!


慌てて目を開くと、コウイチはいたずらっ子のようにニヤニヤしながら、また半音違いで音をぶつけてきた。


ーーまったく、子供みたいな真似しないでよね。


彼の陰謀を避けるようにして、メロディラインとリズムを変えた。

僕を見失ってコウイチはアワアワと音を探っている。


タタトタンタァンッ。


ミカから合図が飛ぶ。

『そろそろいいんじゃない?』というサインだ。

僕らはタイミングを揃えて、最後の1音を鳴らした。

 ◆



「コウイチ、さっきのは何よ。わざとやったでしょ?」

「だってさ、ソウマが目ぇ瞑って吹いてんだもん。ちゃんと顔を見合わせながらやりたいなーって思ってさ」

「あ……ごめんね。つい癖が出ちゃって」



ああ、そうだったんだ。

そこまでの意味があったなんて気づかなかった。

もう1人じゃないんだもんね、みんなと気持ちを通じ合わせないと。



「じゃあ2曲目行こうか、オレから行くぞ!」

「こんどは、あたしもやるーっ」

「おわぁっ!!」



突然目の前に『ドサリッ』と空から人が降ってきた。

驚きのあまり、全員が足をもつれさせて転んでしまう。

その拍子に見えたのは、ブンブン揺れる長い木の枝。

そこから落ちてきたのかな……危ないなぁ。



「何この子カワイイ! 子役みたいな美人さんじゃないー」

「おぉ、金髪碧眼(へきがん)ってヤツか。キレイな青色だなぁ」

「普通、どこの誰かを気にするもんじゃない?」



映画やドラマで見かけるような少女の登場に、2人は大盛り上がりだ。

歳やら名前やら国籍やら、早くも質問攻めにしている。

当の本人はというと、質問をかわしながら大きな声をあげた。



「おウタ、うたうの! きいてちょうだい?」



その言葉を聞いて、僕は反射的にサックスを構えた。

コウイチとミカもそれに倣う。



 ◆

彼女が披露する歌は、昨日と同じものだった。

それでも僕は新鮮に感じた。

昨日の元気の良い歌い方と違って、今日は少しだけ大人びていた。

メロディとともに吐き出された息が、僕たちを優しく包み込むようだ。


それを聞いてアクションを起こしたのはミカだ。

先ほどの細かいビートではなく、ボサノバのようなゆったりとしたリズム。

少女の歌を邪魔しない打音が、心の奥で素直に響いた。

コウイチもコードをゆっくりと鳴らし、メロディに奥行きを生み出そうとしている。


僕は歌のラインから外れた音域を吹いていた。

歌が高音なら低め、低音を歌ったら高めへと、邪魔しないようにしつつ引き立て役に徹した。

曲の調子は最後まで変わらず、ゆったりと余韻を感じながら音を切った。

 ◆



「すっごーい、この子天才じゃない! こんな歌初めて聞いたわよ!」

「おおお、鳥肌立っちまったよ。感動しながらの演奏って何年振りだろ?」

「エヘヘー、たのしいねぇ。キレイな音、きもちいいねぇ」 



この日を境に、僕たちの生活は様変わりした。

夕暮れ時に集まって、心の赴くままに演奏する毎日。

平日だけに止まらず、土日や祝日だって休まずに集まった。

名前すら知らないこの少女によって、僕たちは大きく進化しようとしていた。

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