第2話「魔法に税金がかかる世界」

 日本だとは、思えない別世界に来てしまったこと、タンスの中がこの世界に繋がっていたこと、柏木お婆さんが俺に手を振っていたこと。気になることは、山程あるが、俺の頭の中の疑問は一つだけだった。

 この「GRAY ZONE」という会社が、ちゃんと納税しているかどうか。

 俺にとっては、それ以外はどうでも良かった。逆に言えば、納税さえしていれば、それでいいのだ。ペーパーカンパニーではなかったのだから、税務調査官として言うべきことは何もない。


「GRAY ZONE」は、お城のような構造をした建物だった。「御用の方は、この呼び鈴を鳴らして下さい」と書いてあったので、その呼び鈴を鳴らす。


 しばらくすると、中から耳の長いエルフの女の子が姿を見せた。オフの俺なら、エルフの存在に驚いただろうし、この子の可愛さに心奪われたかもしれない。

 だが、今は、税務調査官として赴いている。俺が気になることは一つだけなのだ。


「税務調査官の物部 来智です。今日は、御社の税務調査をする為、伺わせていただきました」


 口元には好青年のような笑みを浮かべ、優しげな声色で挨拶をする。税務調査において、必要以上に怖がらせることはNGだ。疑っているのではなく、納税の確認に来た。このスタンスが重要なのだ。


 エルフの女の子は、キョトンとした顔で首を横に傾げる。


「税務調査……? 税なら、昨日納めたではありませんか?」


 昨日? いやいや、そんな記録は残っていなかったはず。


「いえ、納められた記録はありませんでした。失礼ですが、何の税を納めたのでしょうか?」


「魔法税です!」


「はい? 魔法税ですか? ちょっと存じ上げないんですが……」


 彼女は、無知な生徒に優しく接する先生のような口振りで、教えてくれた。


「魔法税とは、私たちが魔法を使った際にかけられる税金のことですよ。使われる魔法のランクが上がるほど、かけられる税額も大きくなっていくんです」


 だが、俺は相当出来の悪い生徒だったようだ。先生の言っていることが、何一つ理解できない。


「魔法……? あなたは魔法が使えるのですか?」


 彼女は、この人は何を言っているんだろう、という目で俺を見つめる。


「この人は何を言っているんだろう」


 口でも言われてしまった。目は口ほどに物を言う、というが、この娘の口は、目に負けるつもりはないようだ。


「えーっと、そのですね。恥ずかしながら、僕は魔法が使えないんです。そして、今まで魔法に使える人に出会ったこともありません」


 それを聞いた彼女は、口で説明するより実際に見てもらったほうがいいと思ったのだろう。何やら、詠唱のようなものを唱え始める。


「薔薇がバラバラ、のこぎりギコギコ、

断絶されし神への回廊 届かぬ調べは泡沫に消え

言の葉だけが宵闇に舞う 帳が下がる終劇の時

月華の下で語り部独り 流れ出ずるは金槌の音

トントカトン、トカトカトントン、とんちんかん

とんちんかんでも寒がりだ ――雪姫の囁き」


 詠唱が終わり、彼女の掌から氷の礫がいくつも飛び出す。何個か俺に当たって、地味に痛い。

 これ、詠唱作ったやつ、真ん中の部分だけゴーストライター雇ってないか……?魔法の名前も多分そうだ。


「これが魔法です! この氷魔法『雪姫の囁き』は、ランク1の最下級魔法なんですけど、詠唱が難しいんですよ。『トントカトン、トカトカトントン』の部分でリズムがずれてしまうと、代償として指が一本なくなっちゃうんです!」


 よりによって、その部分かよ! 難易度上げることで、自分の色を出そうとしたのか知らんが、ペナルティが重すぎる。 

 俺は、詠唱の作者の我の強さに若干ひきながらも、魔法という存在を理解した。


 税を知るためには、国のことを知らなければならない。エルフがいて、魔法が存在するこの国のこと、この世界のことを。

 俺は、まだ止まない氷の礫に、耐えながら彼女に尋ねる。


「この国の、この世界の、名前を教えてくれないか?」


 彼女は答える。


「私たちのいる国は、王国マルサといいます。そして、この世界の名はタックスヘヴン」


 氷の礫の痛さに耐えきれず、目を閉じる。


 タックスヘヴンか……。税務調査官の俺にとっては、地獄に来てしまったみたいだな。


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