ペーパーカンパニーのオフィスは異世界にありました

ごんの者

第1話「ペーパーカンパニー」

 ペーパーカンパニー。それは、登記上で設立されているが、事業活動の実態がない企業のことである。紙の上では存在するが、当該の所在地にオフィスがないのだ。ペーパーカンパニーを設立することは、違法ではない。しかし、そのペーパーカンパニーを使って、利益の分散を行い、納税額を減らす。ペーパーカンパニーは、このような脱税行為の温床になっていることが多い。


 俺、物部 来智もののべ らいちは、税務調査官をしている。税務調査とは、国税庁が管轄する国税事務所、税務署などが、納税者の申告内容に誤りがないかを確認し、申告漏れや意図的な所得隠しがあった場合、ペナルティとして追加で税金を徴収するのである。

 税務調査は大変厳しく、書類だけの杜撰な調査とは一線を画している。会社を経営しているものにとって、一番敵に回してはいけないのが、警察でも弁護士でもなく、税務署だと言われるぐらいだ。

 調査される側も厳しいのだから、当然、調査する方も激務である。

 だが、俺はこの仕事に誇りを持っている。税というものは、公正でなければならない。税金は、国民全員から強制的にとるものなのだから、納得してもらうためにも、徴税は、情け容赦なく徹底的に公正でなければならないのだ。


 ある日、俺は登記情報に目を通していた。ある企業のところで目が釘付けになる。


 株式会社 GRAY ZONE 所在地 柏木家二階の、タンスの中


 なんだこれは……?


 あまりにも挑戦的な社名は、ひとまず置いておこう。

 それよりも、所在地だ。柏木家二階の、タンスの中だと……?

 まず、柏木家の住所を書け! それに、なんでこんな所在地で、登記申請が通ってしまっているんだ! タンスの中だぞ、そんなところにオフィスがあるわけがないじゃないか。

 まず、日本が心配になってしまった。こんなふざけた会社を許していては、まじめに納税している国民に合わせる顔がない。


 税務調査官のプライドをかけて、俺はこのペラッペラのペーパーカンパニーの調査を行うことにした。


 その為には、柏木家の住所を調べなければならなかった。日本全国に、柏木さんが何人いると思っているんだ。


 俺は、先輩の相田そうださんに、このことを相談した。


「なんだ、この所在地は? きっと、法務局の登記官は48時間不眠で働いた後に、タミフルを飲んだに違いないな」


 今日も、相田さんのブラックなジョークが炸裂する。批判は全て相田さんまでお願いします。


「ただ、柏木さんってのはもしかしたら、あの老夫婦のことかもしれないな」


「あの老夫婦……ですか? 相田さん、何か心当たりがあるんですか?」


「ああ。この税務署の隣に住んでいる老夫婦が、柏木さんっていうんだよ」


 なんだって? この柏木さんがその柏木なのかは、まだ分からないが、もしそうだとしたら、税務署の鼻の先どころか鼻にくっついてる部分じゃないか!

 こんなことを許していたら、この国は終わりだ! 俺は、すぐに隣の柏木さんの家に向かった。


「こんなことを許したら、この国は終わりだ! そう思った儂は、マッカーサーの足首を掴んだんじゃ!」


 現在、柏木さん宅にお邪魔して、柏木お爺さんの武勇伝を聞かされていた。


「あら、物部さん、お茶が終わってしまいましたね。また、注がせていただきますね」


「いえいえ、お構いなく!」


 柏木お婆さんからの丁重なおもてなしを断るものの、お婆さんは俺の手に黒飴を握らせてくる。


 俺は、一つ息を吐き、その老夫婦にお願いをする。


「先程も、申し上げましたが、お宅のお二階のタンスの中を拝見させていただきたいんです」


 それを聞いた柏木お婆さんが、俺を二階へ案内してくれる。柏木お爺さんは、まだ武勇伝が語り足りないのか、俺の足首を掴んできた。俺は、それを軽く振り払う。さすがの柏木お爺さんも、寄る年波には勝てなかったようだ。


 案内してもらった部屋で、一際存在感を放っていたのが、木彫りの金剛力士像だった。阿吽のうち、吽の像しかなかった。柏木お婆さんは、阿の像はお爺さんがやるんです、と言っていた。軽くパニックだった。

 その片方だけの金剛力士像の隣にぽつんと佇んでいたのが、古ぼけたタンスだった。


 俺は確信した。来る前から、99%確信していたが、残りの0.9%も確信に変わる。ペーパーカンパニーだ。それも、ちり紙ぐらいの。


 柏木お婆さんから許可をもらい、タンスを下から一段ずつ開けていく。その三段目を開けた時、俺の身体から重力が奪われた。


 視界が高速に回転していく。柏木お婆さんが、こちらに手を振っている気がした。


 激しい目眩に襲われ、膝をつく。しばらくしてから、瞼を開けた。


 そこには、到底日本とは思えない、世界史の資料集で見た中世のような世界が広がっていた。


 そして、目の前には大きな建物がある。立てられた看板には、株式会社 GRAY ZONEの文字。


 どうやら、俺は、0.1%を引いてしまったみたいだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る