ダークサイド劇場

南白イズミ

赤ずきん

 静まり返った劇場にブザーが鳴り響いた。音が止むとスポットライトが点灯し、閉ざされた幕の前にいる男を照らし出した。その男は黒いスーツに黒いマント、黒いシルクハットと目元を隠す赤くて大きなマスクを被っている。

 「紳士淑女、少年少女の皆々様方初めまして。私はただの進行役でございます。どうぞよろしく。」

 男はシルクハットを取り、深々と頭を下げた。

 「世の中の物語というのはいつもハッピーエンドでございます。皆々様方はそんな教訓染みた物語に飽き飽きしてはいませんか?この劇場ではそんなマンネリ化した物語をダークにお届けいたします。」

 スポットライトが消え、男は暗闇に消えて行ったが、不気味な男の声はどこからか聞こえてくる。

 『最初のお話は赤ずきん。赤い頭巾を被った少女は無口ではありますが大人の言いつけは絶対に守る、とても聡明な少女です。そんな少女の物語..........それでは開演です。』

 幕がゆっくりと開き始めた。




 「いいかい赤ずきん。このワインを母さんに、あなたのお婆さんに届けてきなさい。お婆さんの大好きなワインだから大事に持って行きなさいよ。」

 赤ずきんは無言で頷き、母親からワインの入った小さな籠を受け取った。

 「最近ここら辺にはオオカミが出るから気をつけなさい。」

 コクンと頷き、赤ずきんは自分の家を出た。赤ずきんの家は森の中にあったが、赤ずきんの祖母の家はもっと森の奥にある。赤ずきんは小さな歩幅で森の中へ歩いて行った。


 「ふふっ....あの子が私の言う事を聞かなかったことは一度もないわ。これで口うるさいババアはもういなくなる.......」


 赤ずきんは暗い森の中を歩いて行った。

 「・・・・・・・・・・」

 森の中はとても静かであった。


 赤ずきんは祖母の家に着いた。

 「おやおや赤ずきん。こんなところまでよく来たねぇ。」

 祖母は赤ずきんを自分の家に招いた。


 「おや?それは私の大好きなワインじゃないか。赤ずきんや。ありがとう。」

 祖母は不気味に微笑みながら赤ずきんの頭を撫でた。

 「いいかい赤ずきん。家に帰ってお前の母さんが料理をするために火を起こそうと腰を下ろした時、思いっきりこれを母さんの頭に振り下ろしなさい。わかったね?」

 祖母は赤ずきんに大きな斧を渡した。赤ずきんはコクンと頷き、斧を手に持ち祖母の家を出た。


 「ふっふっふ....これで私を疎ましく思っている娘を始末できる。しかも殺すのはあの赤ずきんだ....。」

 祖母は赤ずきんが置いて行ったワインを手に取りグラスに注いぎ、喉を潤した。

 「やはりワインは美味いの~。まさしく勝利の美酒じゃ......うっ!?」

 グラスが手から滑り落ち、祖母は床に這いつくばって咽返った。

 「ぐぇ....ごほぉ....まさか.....毒が....」

 暫くもがき苦しんだ後に、祖母は息を引き取った。


 日も落ちかけ、赤ずきんが薄暗い森の中を歩いていると森の茂みがガサゴソと動いた。赤ずきんはオオカミだと思い、音を立てないようにゆっくりとその場を離れていった。


 赤ずきんが家に帰ると母親が料理を作るために腰を下ろして火を起こそうとしている。

 「おや赤ずきん帰ったのね。今日はご馳走を作ってあげるわ。」

 母親は薪を使って火の様子を鼻歌を歌いながら窺っていた。

 「・・・・・・・・・・・」

 赤ずきんは祖母から貰った斧を母親の頭目掛けて振り下ろした。

 鈍い音とともに母親の頭に斧が刺さる。母親は即死で、辺り一面が血に染まった。

 「・・・・・・・・・・・」

 赤ずきんは動かなくなった母親を無言のまま見ていたが、自分のお腹が鳴り、いつも通りに食卓の自分の席に座った。


 暫く赤ずきんは座っていたが一向に夕食は出てこない。赤ずきんは窓の外に映る、青白く光っている月を見た。

 「・・・・・・・・・・・」

 赤ずきんは家を出て、夜の森に出て行った。


 夜の森は静かで赤ずきんの足音だけが響く。赤ずきんは食べ物を探したが何も見つからず、ただお腹が鳴るだけであった。すると、地面の上に月明かりで光る丸いものが目に入った。

 「・・・・・・・・・・・」

 赤ずきんはそっと拾い上げ、それを口の中にいれ、その場で眠りについた。


 次の日、赤ずきんは何かが自分に近づいてくる音で目が覚めた。すると赤ずきんの目の前に大きなオオカミが現れた。赤ずきんは逃げることもできず、その場でただオオカミを見つめていた。大きな目、大きな牙をしたオオカミであったが、赤ずきんの前を横切り静かな森の中に姿を消した。


 その日も赤ずきんは森で地面に落ちていた丸い物を口に入れて静かな森の中で眠りについた。


 次の日、また何かが自分に近づいて来る音で目が覚めた。赤ずきんの前に現れたのは斧を持った大男であった。

 「君が赤ずきんかい?」

 大男の質問に赤ずきんは首を縦に振って答えた。

 「そうかい....実は僕は君を殺さなくてはいけないんだ。なんでかはその服に付いた血を見ればわかるよね?」

 赤ずきんはコクンと頷いき、自ら仰向けになった。赤ずきんはお祈りをするように胸の前で腕を組み、目を閉じた。大男は赤ずきんのその姿が天使のように思えたが、斧をゆっくりと振り上げた。

 「すまないね....」

 大男は持っていた斧を赤ずきんの腹部に振り下ろした。こうして赤ずきんの小さな命は消えていった。


 「全く、俺はオオカミを狩る猟師なのにな。心が痛むぜ....ん?何か出て来たぞ?」

 赤ずきんの死体に刺さった斧を静かに抜くと、赤ずきんの腹の中から出て来たのは大量の丸い石であった.....

                           



 ゆっくりと幕が閉じ、司会の黒い男が再び現れた。

 「いかがだったでしょうか?こういう物語とはいつもオオカミが悪役として現れます。実際オオカミは人ではなく家畜を襲うことから悪役となった説があるそうです。ここで皆様方に一つ問題を出しましょう。人間を最も多く襲った動物とはなんでしょう?」

 男は暫く考える素振りをしてから自分の腕時計に目をやった。

 「時間です。人間を最も多く襲った動物というのは私達人間なんですよ。ふふっ...少しはこの劇場の仕様をわかっていただきましたか?」

 男は不気味な笑みを浮かべた。

 「次回の物語はヘンゼルとグレーテルです。我々大人と子供達では見えている世界というのは明らかに違うものであります。純粋な目を持った子供の世界、経験と知識で出来上がった大人の世界、どちらが正しい世界なのでしょうか?それではまた次回お会いしましょう。」

 男のお辞儀とともに劇場のスポットライトが消えた。






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ダークサイド劇場 南白イズミ @minamishiro-izumi

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