愛情

イチバンボシ

第1話

「これでも言い逃れしようっていうの?だとしたらあなたは相当なバカなのね。」

女は冷ややかな目で男を見、写真をバンと机に叩きつける。

「く……こ、これは、その………お、お前が悪いんだ!お前、本当に好きなのはお前の通ってる英会話教室の!あいつだろ!」

男は声を荒げる。

「私はそんなつもりで行ったことなんてないわ。…浮気するなんて良い度胸ね。するなら、バレないようにしなさいよ、どこまでも頭の悪い男。離婚しましょう。」

女は離婚届をカバンから出し、それを机に置く。

みると、すでに女の名前は書かれており、印鑑も押されている。

男は項垂れる。

「もう……終わりなのか…」

「誰が悪いと思ってんのよ?さっさとしなさいよ。」

女はボールペンを男に投げる。

「じゃ、私帰るから。それ書いて出しといてね。荷物は全部家の外に出してあるから。」

2人のやりとりをただ見ていた染谷真琴そめやまこと神田龍馬かんだりょうまに女は会釈をすると事務所の外へと出て行った。

「まっ、待ってくれよ!」

男は離婚届とボールペン、自分のカバンを持って女の後を追う。

染谷は無表情で置いていかれた写真を見つめる。

神田はため息をついてその写真をまとめて封筒に入れなおす。

「ここじゃなくて違うとこでやってほしいっすよね。電話で事務所に旦那呼び寄せた時点でヤバイなって思ってましたけど。」

神田は頭を掻く。

「…そうね。別に身辺調査はしたけど、離婚まで興味はなかったわね。でも依頼料も貰ったし、私としては文句はないわ。」

染谷はペットボトルに入った水を飲む。

「まー、そうっすけど。写真くらい持って帰れよー。…それにしても、男の人って何でこんな浮気するんすかね?俺だったら絶対奥さん大事にするのに。」

「さあね。私には何もわからないけど、あまりにも隠すのは下手くそね。男の人は。」

染谷は真顔のまま話す。

2人は探偵である。

20歳で父の意志を継ぎ、探偵事務所所長になった染谷真琴(25)と、自称助手、大学生の神田龍馬(21)。

この若い2人の探偵事務所は染谷の推理力ですぐに解決すると人気が出て、最近は情報が早い神田も加わり、よく依頼人が来るようになった。

と言っても、迷子のペット捜索、浮気調査が主な依頼内容であった。

染谷の父、染谷大輔そめやだいすけは有名な探偵であった。2年前、交通事故でこの世を去り、娘の真琴が事務所を継いだが、人々は大輔の死を知り、依頼人は急激に減って、真琴はほぼゼロからのスタートとなった。

「それよりも真琴さん、そろそろ俺のこと助手として認めてもらってもいいっすかね?一緒に事件解決したじゃないですか?」

神田はムッとした表情で染谷の顔を覗き込む。

「雇った覚えはないわ。いつの間にか出てきて勝手に巻き込まれているだけでしょう。」

染谷は未だ無表情で、神田に顔を近づける。

「(顔近いっ!!)で、でも、お給料もくれるじゃないですか!」

神田は少し顔を赤らめて距離をとる。

「それはあなたが勝手に情報を仕入れてくるからよ。勝手にと言ってもタダ働きはさせたくないから。意地悪しているみたいでしょう?私は表情が薄いから余計冷たく感じると思うけど。」

染谷はショートの髪の毛を耳にかけ、pcに先ほどの依頼人の情報を入力する。

「(うすいってかほぼゼロだけど…)んーー、認めてもらえるように頑張るっす!」

神田はヘラっと笑う。

すると配達物が事務所に届き、はいはいと龍馬は受け取ると、運びながら差出人の書かれていないその箱を見つめる。

染谷がその箱を受け取ったところである男が事務所に入ってきた。

男はああ、疲れた、と事務所のソファーにどかっと座る。

「今日も疲れたよ。真琴、癒してほしいな?」

男は染谷にニコッと笑いかける。

この男、神田春臣かんだはるおみは龍馬の兄であり、刑事である。

龍馬も綺麗な顔をしているが、春臣もルックスはかなり良い。だが2人ともあまり顔は似つかない。

春臣は染谷と同級生で中学からの付き合いであり、高校も一緒であったためこうしてよく染谷の元に来ることが多い。

そしてこうして染谷に絡んでくるのだ。

「断るわ。」

染谷はバッサリと切り捨てる。

いつもこの会話が繰り返されているなと龍馬は呆れる。

「そんなことより真琴さん、それ、開けてみましょうよ?もしかしたら今までの依頼人のプレゼントかも!」

龍馬は目を輝かせて染谷に言う。

そうね、と染谷はカッターで箱を開ける。

ダンボールを開けると今度は発泡スチロールが入っている。

不審に思いながらも染谷は発泡スチロールも開ける。すると、中から白い煙のようなものが流れ出た。

その正体はドライアイスであった。

そして真ん中には…

「は………?な、なな、な何すかこれっ!?!?」

「手…だね。」

「花を握ってるわね。」

龍馬はあまりのことに腰を抜かして尻餅をついた。

そう、中にはドライフラワーを何本か束ねて待つ人の手が入っていた。

真琴がふと発泡スチロールの蓋を見ると、まるでラブレターのようにハートのシールで封を閉じた手紙がくっついていた。

それを取り出して真琴は手紙を開く。

するとその手紙には、『ねえ、これで君は満足?』とPCで打ち出したであろう文字が書かれていた。

「…手、出してみようか。」

春臣はカバンから手袋を出して装着し、その手を発泡スチロールのフタに移す。

「偽物にしてはリアルだね。爪のところや手首の断面…肉の感じが本物っぽいけど。」

「わざわざ人の手首を切り落として入れたの?」

さあなと言いながら春臣は手首をしまい、蓋をする。

「今の所手首のない死体っていうのは見つかってないけど。これが本物というなら、”本体”もあるはずだよね。」

春臣も真琴の持っていた手紙を覗き込む。

「この手紙の言う”君”というのは、この事務所に主にいる人間、私か、龍馬くんかしら。でも何となく、私に宛てている気もするけれど。」

「まだ何とも言えないが…とりあえずはこの手とその手紙、預かってもいいかな、真琴?」

「ええ、構わないわ。」

なら、と春臣はダンボールにその発泡スチロールと手紙を入れて外に止めた車にそれを乗せ、職場に戻ることにした。

「ちっ…せっかく仕事が終わって真琴にいちゃつこうと思ったのに。」

不満を言いつつ春臣はハンドルを握り、車を走らせる。

「龍馬くん、大丈夫?」

「真琴さん……すいません。ちょっと俺あんまりああ言うの、その…」

「まあ見慣れている方がおかしいわ。」

龍馬はすいません、と染谷の手を借りて立ち上がる。

「何のつもりなんすかね。手紙なんかも付いてたし、ちゃんと宛先はこの事務所になってましたし…確実に俺か、真琴さんがターゲットってことっすよね」

「その可能性が高いわね。」

染谷は自分の席に座りなおす。

無表情のまま。

龍馬は春臣の出て行った扉を見つめる。

ただただ、不安だけが龍馬の心を支配していた。

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愛情 イチバンボシ @bety10969

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