第42話 異世界バイト戦士
「リーガル…「至上の処世術は、妥協することなく適応することである。」…だそうだ」
「誰が今、処世術を要求したよ……いや、その通りだわ……通りか?」
「良いから運べ」
そんな事を言いながらリーガルは目の前に置かれた大荷物を一人で担ぎ始めた。一人で運ぶには少し厳しい量であったが、職業柄の肉体派であるリーガルは纏めて運んでいた。少々丸め込まれた感があって本人的には少し不服なようだが。
その後を別の荷物を持ったユーウィスが付いていき、二人揃って同じ室内へと入っていく。
「えっと……はい。確かに揃ってますね」
「では、此れにサインをいただけますか?」
その場所に荷物を届けてから少し、二人(主にユーウィス)はその場に居た者と会話を交わした後、その部屋から出てきた。
二人は現在運送業のバイト中である。要は力仕事である。
詳しい事は二人も聞いていないのだが、つい先日に従業員が数名負傷する事が合ったとかで腕力に自信のある従業員が減ったらしく、其れで臨時のバイト(力自慢)を募集していたらしい。其れをユーウィスが見つけてきて、現在に至るという訳である。
ユーウィスは人並みには力があり、リーガルに至っては動き回る事も多い巡視騎士故にスタミナは其れなりのものである。力仕事なら問題は無いどころか、お誂え向きの人材である。
そんな二人は此処まで乗ってきて、表に止めてある大型トラックに乗り込んだ。そのトラックには二人以外にも既に中年の男性が乗っている。此方は正規の従業員である。力仕事を二人が請け負う代わりに、出来ない運転と目的地への誘導をしてくれているのだ。
「いやぁ悪いね。力仕事を全部任せちまって」
「その為に雇われましたんで大丈夫ですよ」
車内は少し手狭であるが、大型故に、一応三人ぐらいなら乗れるようにはなっている。助手席側から二人が乗り込んだ事を確認するとトラックのエンジンが掛かり、次の場所へと向かい始める。
運転は任せているので、到着までに出来る事と言えば会話ぐらいである。とはいえリーガルにとっては乗っているだけでも退屈では無いようである。
「しっかし、この"クルマ"とか言う物は相変わらずすげえな。何処を見ても走ってるがどれも馬が引いてる訳でも無いのに独りでに走るんだもんな」
「別に勝手に動いてる訳じゃないさ。現に此処でこうして運転してるだろ。この車も大雑把に言ってしまえば大きな絡繰りの集合体だ。こう動かすから其れに対応した部分がそう動くって感じでな」
「俄には信じられねえな。そんな巧く動くものか?」
「其れが人の技術の賜物だ。技術と理論さえ有ればもしかしたら向こうでも同じような物が作れるかもしれんぞ」
「マジかよ、そいつは結構な発明になるな」
流石に車体力学や動力などしっかりした知識をユーウィスは持ち合わせてはおらず、構築技術も無いが、向こうの世界には此方には無い魔術が存在している。それらで何とか不足を補えればもしかしたら…という希望を込めてユーウィスは言葉を返す。
「…しかし本格的に考えてみるのも良いかもな?大勢で旅をする際は馬車を探す手間も減るだろうし」
「お、なんならいっその事、興業とでも行くか?其れなら仕事も増えるだろうよ」
「其れは流石に気が早いぞ」
まだ作れるかも確定していないのに事業化は気が早すぎる。そもそも其処までの意欲は今のユーウィスには無い。ただ、悪い案では無いので心の隅にでも置いておくことにした。
「それにしても君たち仲が良いね」
向こうの世界の言葉のままのリーガルと其れに同調した言葉を話すユーウィスの会話は男性には認識されていない筈である。だからユーウィスも遠慮無く此方では妙な会話を広げていた。だからか、男性は内容が分からないながらも様子からそう感じたのだろう。
「そっちの兄ちゃんはまだ日本語が話せないみたいだけど、君は随分と上手いね。日本は長いのかい?」
「来たのはつい最近ですが、言葉は教えてくれる人が居たので」
「そうかいそうかい」
「…おうおう、また上手いこと誤魔化してるみたいだな…」
余計な事は言うなと思いはしたが、そもそもその余計な事すら伝わっていない。
「そういえば、自分たちとしては働き口が見つかったのは良いんですが、負傷したっていう従業員の方々は大丈夫なんですか?」
「ああ、ちょっとした怪我だから命には別状は無いよ。少し力仕事がし辛いって事で様子見で別仕事に回してるだけだからね」
「でも一人や二人では無いでしょう?何かあったんですか?」
「ああ、其れなんだがね、先日何か事故か何かがあったらしいんだ。丁度この辺りで起こったのだったかな?」
車は目的地へのルートの関係上、丁度事故が起きたという方向に向けてハンドルを切る。確かに何かが有った事は補修用のシートを見れば一目瞭然だった。
道自体は見たところ普通の市街地道路である。事故が起きたと言うが、道は広めに取られている上、何か落下しそうな危険な物は無い。
「事故なんだけど、其れが妙なんだよ」
「…妙とは?」
「聞いた話だと、上から鉄骨が落ちてきたらしいんだけど、工事もしていないから抜き身の鉄骨が落ちてくる筈も無いんだと」
「誤報か何かでは?」
「其れは無いよ。その近くに居て巻き込まれたウチの従業員からの話だからね」
どうやら現場に居た近しい人物からの証言のようで、わざわざ気を引くために嘘を吐くという必要も皆無であるので、信憑性はある。そもそも怪我をしているのだ。嘘ならもっとまともな理由がある。
「更には落ちてきた後に爆発も起きたとかで、結果的には身体への外傷は小さくなったけど、被害は広がって結構な騒ぎだったらしいよ」
「其れはまた何がどうだか…」
あまりに物騒な話である。
鉄骨が急に落ちてくるだけでなく、爆発まで起きるとは、知らぬ間に物騒になったものであるこの国は…などとユーウィスは表面上では驚きながらも、内では流石に引っかかった。
鉄骨の事もそうだが、爆発にしても原因と考えられる要因は何一つ見つかっていない。現場を見ても其れは明らか。どう偶然が重なってもその事象には繋がらない。
「話では鉄骨が落ちた下に通行人が一人居たらしいんだが、一連の流れの後になったら姿が消えてたって言うんだ。ウチの奴はあの世に誘う死に神だったとか冗談をぬかすだけどな……おっと、この辺りだな」
話している間にも次の運送先近く迄来たようで、男性は話を切り上げ、周囲を確認しながら進めていく。その隣でユーウィスは何か思い当たる部分があったのか、一人で考え込んでいた。更にその隣では一切会話に参加出来なかったリーガルが話の内容を一切知らずに窓から外の景色を眺めていた。
「よし、着いたぞ。下ろす物はこの通りだから任せたぞ」
「了解しました。――行くぞリーガル」
「あいよ」
きっと通常では不可解な何かが起き始めている。ユーウィスはそう感じた。
確証はまだ無く、単なる直感でしかないが、恐らく其れは異界人がこの場に存在している事に少なからず関係しているだろう。だとすれば其れが大きくなる前に責任を取らねばならない。
ケジメとばかりにそう決心するユーウィスであったが、調査するにしてもまずは仕事を片付けるのが先決であった。
雇って貰っておいて自分から放り出す訳にはいかないだろう。異変が気になりつつも、思考を切り替え、ユーウィスはリーガルと共にトラックから指定された荷物を運び出した。
二人の勢いは昼を過ぎたぐらいまで続いた。
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