第41話 異世界魔王 (ラスティア視点) 

 ユーウィスが現代で目を覚ますよりも前、飛ばされた異世界人の誰よりも先にこの地で目を覚ましていたラスティア・ヴェルは、人気の無いゴミ山で埋もれていた。


「私は…生きているのか…」


 ゴミ袋の山に埋もれているというのに、ラスティア・ヴェルはその事はあまり気にも留めた様子も無く、それどころか、ぼぉーっと其処から見える空を見上げていた。


 鳥だけでなく、異形の物体をも姿を見せる空には普段のような空気を感じない。代わりの空気が流れているように思える。魔力の残滓が感じられないそんな空の下でラスティア・ヴェルは振り返る。

 あの魔力の暴流からそれらしい外傷も無くよく生き残ったものである。自身の落ち度とはいえ我ながら呆れたものである。自身の手から外れた魔術が自立して暴走半ば術者に降りかかるとは今迄には無い経験だ。一芸としては出来ていた方だろう。だが、其れでは生還の説明にはならない。


「彼奴らか…」


 魔術の制御奪取もそうだが、あの魔術と真っ向からぶつかり合える手練れが居た事にも少しばかり驚きだ。

 複数の魔術を重ね合わせて構築されたラスティア・ヴェルの魔術は並の大型魔術よりも高い効力を発揮し、その生み出された大きな力に対抗出来る者は前の世には居なかった事を覚えている。それ故に強大な力を持つラスティア・ヴェルは恐れられた。そんなラスティア・ヴェルの魔術の中でも魔力の凝縮率の高い魔術に対抗してみせた者が今世には存在した。時代は変わると言う事か。


「しかし…」


 自分が生き残っていると言う事は、彼奴らもまた生き残っている事だろう。アレに対抗出来た者だ、そう簡単に朽ち果てはしないだろう。

 しかし、生存はさておき、景色が妙である。

 あの魔力の奔流で消し飛んだのならまだ分かる。そうで無くとも生じた衝撃で荒れ果てていればまだ分かる。だが聞こえてくるのは生なる者の声。眼に映る空にはその証拠とばかりに鳥が飛んでいる。其れだけで無く別のものも飛んでいる。あのようなものは見た事が無い。其れらを含め、何より違うのは、やけに栄えているということ。其れは決して人だけの話ではない。技術が、文明が、ラスティア・ヴェルが見たものとはどれも違っている。

 幾ら成長するとしても、時の流れにしても不自然な程に。まるで世界自体を塗り変えたような程に違っている。

 現在地にしても、廃棄物などは置いておくとして、この整備具合も自然によるものでは無い。人の手が加わっている事は分かるが、此処まで無駄を省いたようなものは初めて見る。

 それに…


「此処には魔力を感じない…」


 魔力と言うものは生きる者の身だけでなく自然界にも含まれている。それ故に呼吸で空気を取り込むだけでも僅かながら体調を整えることが出来るのだが、此処にはどういう訳か魔力が感じられない。失われた…にしては名残さえも感じない。…元から存在しない?


「一体此処は…」


 此処は明らかに先程の場所とは違う。

 其れは単に場所の話だけでなく、恐らく理、世界すらも全く違う。


 では何故そんな理の違う場所に自分が居るのか。

 考えられる事と言えばやはりあの魔力の衝突だろう。魔術による単なる衝突なら相殺し合い、其れで無くともどれだけの衝撃が生じようと其れ迄である。だが、魔術に伴う平均値を大幅に超えた膨大な魔力は、境界にさえ影響を与えるとされており、一部では危険視されていると昔聞いた。

 ラスティア・ヴェルの有する魔術、複数の魔法陣を組み込んだ多重魔法陣は構造故により大きな魔力を有し、その中でもあの時発動された術は特に複数の術を組み込んでいるが故にその魔力も膨大だった。

 そして、多重魔法陣とは別の手段でありながら正面から衝突しても押し負けない程の黒き魔力を放った毛色の違う力。

 一つでも境界を揺らがしかねない程の膨大な魔力が衝突。その魔力の暴流によって境界に亀裂が入り、境界を越えたと考えるのが妥当だろう。我ながら信じ辛い事柄であるが。


「ふむ…」


 世界側に魔力は感じられないが、自身の魔力が使えない訳ではない。使おうと思えば問題なく使用出来るだろう。ただ外部から取り込めないとなると回復に普段以上の時間を要することになるだろう。


 しかし、ラスティア・ヴェルは然程気には留めないだろう。


 ラスティア・ヴェルはゴミ溜まりを離れて道を行く。

 歩くにつれて、当然ながら人の気配も賑わいも増していく。人々は街の雰囲気から浮いているラスティア・ヴェルに視線を向けていたりするが、当人は気付いていても気にはしない。そもそも何を言われていても理解出来ないのだから。

 逆にラスティア・ヴェルが視線を動かせば、至る所に物珍しいものが存在している。


 異世界人の中で元の世界とのギャップに尤も驚いていたのはもしかしたらラスティア・ヴェルなのかも知れない。


「理が違うとはいえ、人の進歩が此程に違うとは……」


 其処に広がる街は明らかに元の世界とは違うレベルに到達している。木よりも高く聳える硬質物が幾つも確認出来る。人にしても一人一人単なる布を合わせただけでは無い上等な身なりをしている。


「自然は少ないが、その分発展しているということか…」


 ラスティア・ヴェルは歩きながら専門では無いにしろ自己解釈で文明を分析していく。どれも見かけは似ていても中身は大きく異なっているようだ。


 そんな事を考えつつ、人が通る為であろう整備された道を進んでいる時、妙な気配を感じた。


「っ、此れは…?」


 其れはこの世界では存在しないと自分で断定した。一瞬の出来事、微かな気配ではあったが、確かに感じ取った。方向からして頭上。

 そうして上を見上げる其処に影が差した。



「其処の人!危ない!!」



 工事が行われている訳でも無いのに、が頭上より降り注ぐ。

 近くからは其れに気付いて声を上げる者も居るが、その声はラスティア・ヴェルには届かない。正確には、声を上げても意味が伝わらない。


「此れか……」


 感知に対して意識が向いているためか、自身に危機が迫っていようとラスティア・ヴェルは焦ることは無い。そもそもラスティア・ヴェルからすれば其れは危機に含まれなかった。


 ラスティア・ヴェルが迫ってくる鉄骨に向かって右手を静かに向ける。すると、鉄骨との間に光が瞬いた。



 光は雷となって瞬き、



 鉄骨を消し飛ばして爆散、



 周囲を爆煙で包み込んだ。




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