第40話 異世界生活方針

 今にして考えても、その出来事は何故そうなったのか自分にも分からない。何故自分だったのか、必然ではなく偶然の現象だったとしても、このような事が起こるとは予想だにしなかった。もしかしたら死因が事故だったように、記憶が持ち越されたのも何かの異常なのかもしれない。


 原因がどうあれ、其れが有った事で今自分は此処に存在している。もし記憶がなくなっていれば其れはもう別人である。

 現状に関しては、捨て去れずに引き摺っているという考え方もあるが、前世のロスタイムという考え方だって出来る。此れが幸か不幸かはさておくとして、記憶が引き継がれているお陰で今の状況もある程度対応出来ているので現状に対しては間違いなく幸である。




 ――――そんな風に振り返っていたユーウィスとは違い、突拍子も無い昔の経験を聞かされたリーガルは上手く飲み込めないでいた。それもそうだろう。転生なんて証明する証拠も手段も無いのだから。仮に何かを試したところで同じ結果になるとも限らない。


「こうして聞いてみても未だに信じ難い話なんだが…」

「どう思おうが此れが俺の現実だ。正直俺にも原理は分かってない。分かったところで好き好んで命を投げ出したくはないけどな」

「いや…信じ難い話だが嘘だとは思ってねえよ。今の話で幾らかは説明が付くからな。お前がやけに此処の事に詳しかったり、言葉が通じたりした事のな」


 全てを今すぐ理解する事は出来なくとも、リーガルなりに幾つかは納得出来たようである。先程の騒ぎの事を考えれば、其れも納得する要因になったのかもしれない。

 とはいえ、ユーウィスからしてみれば、その事に関しては普段通りにしていたようなもので、証明したつもりは無かったが。


「言葉が通じてたりと言うが、俺としては使い分けている覚えは無いんだけどな」

「そうなのか?さっきから俺ら以外と話す時は妙な言葉になってるぞ?聞き覚えの無い言葉を流暢にな」


 どうやら無意識の内に言葉を使い分けているようだが、ユーウィスからしたら此方の世界の言葉も彼方の世界の言葉もどちらも同じように認識しているのだから不思議なものである。此れが慣れによるものなのかは定かでは無いが、都合の良いことである。


「で、改めて訊くが、粗方の状況説明はしたと思うが理解は出来たか?ハクの方はあんまり反応が無い気もするが」

「大丈夫だろ。此奴だって元とは違う世界な事ぐらい認識してるだろうさ。なあ?」


 確かにハクの反応は薄いが、否定するような様子も無さそうである。…そもそも前の世界に対しても其処まで関心を持っていなかった恐れさえあるが。過去が過去なだけに。

 何はともあれ、現状の整理は出来た。それならば次は今後の事を考える順番であろうと意識を次へと移す。ここからが一番の問題であろう。


「さて、当面の目的は彼方の世界への帰還だが、そう簡単には帰れない。だから当分は此方の世界で生活しなければならない訳だが…」

「俺らは言葉が通じないからそう簡単には行かねえぞ」

「そのせいで問題になりかけたからな…」


 目標は当然帰還であるが、原理が正確に分かっていない以上今すぐにという訳にもいかない。手持ちだけでは解決出来ず、どうあっても時間を掛ける必要がある。

 その時間を掛けている間、当然生活費が必要となるが、向こうの世界の金銭は当然使える訳も無く、リーガルとハクは勿論の事、記憶しか持ち越していなかった(持ち越す必要のなかった)ユーウィスも此方の金銭は持っていない。

 このまま花音に世話になっている訳にもいかず、生活のために何とかして稼ぐ必要があるのだが、先の事もあってリーガルたちに任せるのは少々心配であった。何せ言葉が通じていないが故に誤解が生まれてもそのまま突き進んでしまうのだ。先程はそのせいで拳に訴えかけた。


「単純な力仕事なら問題は無い気もするが、意思疎通で問題を生み出していたらどうしようも無いからな…」


 ユーウィスはまだしもリーガルを働き手として数えるにはまずは言語を教えなければならない。でなければ帰還手段を探す余裕が無い。常に研究に時間を割くと言う訳ではなく共に生活費を稼ぐ場合もあるだろうが、一々様子を見ていないといけないのは効率が悪い。


「何か手頃のバイトは無いだろうか…昔だったら有った気もするが、今の世の景気は俺が知っているものとは多少なりとも違っているだろうしなぁ…」


 一人で先の事を考え始めたそんな時、ユーウィスの前にアルミ製の缶が差し出された。差し出した主は席を外していた花音だった。


「はい、取り敢えず飲み物買ってきたよ」

「おぉ、悪いな」


 そう礼を返しながら花音から冷えた缶のジュースを受け取る。

 ジュースと表現したがその中身は単なる緑茶だった。別に好きだったという訳では無いが、ユーウィスとしては実に懐かしい飲み物だった。


「なんだ此れ?やけに冷たいが?」

「?」


 花音はハクとリーガルの分もしっかり用意していたらしく、二人の前にも缶ジュースを置いていた。向こうの世界には此処迄の物は存在しないから一目では見破れていないようだ。物珍しそうに冷えた缶を振ったりしていた。

 そんな二人に渡された飲み物はユーウィスの緑茶とは違うものだ。ハクはミックスジュース、リーガルにはグレープジュースだった。お茶とジュースで分かれているのはきっと気遣いなのだろう。


 そんな結論を出しながらユーウィスは缶を開けて、その中身を口へと流し込む。懐かしい味だ。此方とは同じではないが紅茶ぐらいなら向こうにもあったが、こういった茶は味わえない。


「こうするのか…?」


 当然のように行ったユーウィスの一連の動作を真似て、リーガルも缶を開けては中身を飲み始めた。始めはその中身と味に驚いていたが、直ぐに適応していた。

 ハクにはユーウィスが缶を開けて与えると、ちびちびと飲み始めた。


「何か決まった?」

「ああ。先の行動はな」

「なあユーウィス、取り敢えずは飯にしねえか?何事も腹が減ってては始まらねえだろ」

「現状が現状なのに遠慮しないなお前」

「何て言ってるの?」


 リーガルの言葉は花音には認識出来ないようだ。


「飯にしようだと。食費も無いと言うのにな」

「軽食も一応買ってきてるんだけど…」


 記憶では近くに自動販売機があるのにやけに長い時間席を外していたとユーウィスは感じていたが、そういう事を先読みして買ってきていたらしい。素直に有り難いと思う反面、流石に負担を掛ける訳にはいかないと脳裏に過ぎる。


「…ああ、其れは袋をこう開いてだな―――」


 負担になる事を考えていても、無駄にするのも勿体なかった。

 何より、リーガルが先に食べようとしている。取り敢えず今は腹を満たそうとユーウィスも手を付ける。


 「腹が減っては戦はできぬ」とはよく知られる言葉である。戦の為にに来た訳では無いが。



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