第38話 異世界パニック


「何処だよ此処はぁぁぁあ!」


 明らかに自分の生活していた場所より幾分も文明の進んだ街の中でリーガルは混乱のあまり天に向かって叫んだ。その叫びはそこらから聞こえる見覚えの無い動く物体が発する音にも負けておらず、その辺りに轟いた。



 リーガルと、その傍らに実は居るハクは、此方もまた人気の無い路地で目を覚ました。その腰には普段の武器は無く、壊れたのか何時の間にか軽鎧も無くなって下地にしていた服のみになっており、文字通り丸腰でこのような場所に投げ出されている事に理解は出来なかった。だけど考えても答えは出ないと判断したリーガルはハクを連れてやたら人の気配がある方向へと向かった。

 そして目の当たりにした。自分が一度も見たことも無いような景色や物、人間には間違いないが揃って何やら変わった格好をしている人々。この景色を見てリーガルは世界に取り残されたように思った。

 街の中を歩くが、何処を見ても知らない物ばかり。聞こえてくるものも全て記憶に無いものばかり。リーガルは混乱した。そして叫んだ。其れが事の発端であった。



 叫んだことで逆に冷静さを取り戻したが、その叫びによって注目を浴びてしまい、どんどんと二人の下に人が集まってくる。集まってくる者たちは何を言っているのかは理解出来ないが、その表情や様子から少しは理解出来た。心配しているような者も居れば、怪しがっている者も居る。他に色んな者が居るようだ。


「あ、すまんすまん」


 相手が何を言っているのかは分からないが、アクションなら伝わるだろうとリーガルは集まってきた者たちに対して、頭に片手を付けてフランクに謝ってみせた。

 すると、思った通り伝わったようで集まった人々は少しずつではあるがリーガルの前から離れていった。とはいえ完全に注目が解けたわけでは無いが、それ以上はリーガルは気にしなかった。


「…でだ、結局此処は何処なんだ。活気付いているどころでは無いぞこれは…」


 視線を上げると空まで伸びた建造物が幾つも存在する。リーガルの生活圏にも塔などは存在したが、此処に立っている建造物はそれらとは明らかに違う。デザインもさることながら表面から考えられる建材もかなり変わっている。見える位置にある建造物の一つなんて全体が鏡のようになっている。よくアレで崩れないものだ。


「ありゃ魔法道具か?にしても薄い形だな」


 リーガルの視線の先には今度は何かを持った手を耳元に添えている者の姿があった。その者が持っている物はかなりの薄型であり、その者の他にも其れを持っている者が至る所にいる。魔術を刻んだ道具ならチセルがユーウィスに渡していたが其れとも違う。その物体はどれも板のようではあるが、其れを耳に添えたり、指で触っていたりと、使い方は人それぞれ異なっている。同じように見えて違う物なのだろうか?


 色々と不思議な物が多いが、それ以前に――



「なんで…こんな場所に居るんだよ俺たちは…」



 思い返してみるが、森に居た筈なのに気付くとこんな奇妙な街に居るなんて有り得ない。アレを生き延びた事は喜ばしいことだが、誰がこんな場所に来る事になると予測できただろうか。何がどうなったらこの状況が生まれるのか、魔術に対しては門外漢なリーガルには検討も付かない。


「取り敢えず、飯にでもするか」


 答えは出ずとも腹は減る。

 考えるのはまず腹を満たしてからにしようと、リーガルはハクの居るであろう方向を振り返った。するとハクの近くには妙な格好をした二人組が絡んでいた。


「また何か引き寄せたか?」


 昔の事をほんの少し思い出しながら、リーガルはハクの下へと向かった。











「それにしてもさっきの奴、何処の国の言葉なんだろうな?全く聞き覚えがなかったが」

「何処かマイナーな国の出身なんじゃない?其れより、此れからどうする?」



「…聞き覚えの無い言葉?」


 ユーウィスが地下通路から出ると、地上には其れなりの人が行き来していた。其処で近くを通り過ぎる者たちから何やら妙な噂が耳に入った。その会話は他愛ないもので普通なら其処まで気にするような内容でも無かったが、ユーウィスの現状を考えれば少々引っかかる事であった。


「どうかした?」

「いや…」


 聞き覚えの無い言葉というだけで判断するのはまだ早いだろうか?こっちの世界には日本の他にも国は幾つもある。聞き慣れぬ言葉などあっても不思議では無い。日本の中で耳にする外国語も大体限られているのだから、それ以外を慣れていなくとも妙では無い。

 だけども、もしもと言うことがある。


「居るとすれば…あっちか?」


 見渡してみると、道路から伸びた先の分岐点の辺りに何やら騒がしい人集りが確認出来た。恐らく先程の者たちはあの付近で聞き慣れない言葉を聞いたのだろう。


「なんだろう?揉め事?こんな所で迷惑ね」

「取り敢えず確認ぐらいはしておくか」

「え、見に行くの?」


 まさかな、と思いながらもユーウィスはその人集りに近付いていく。近付く毎に人集りの奥から言い争いのような声が聞こえてくるが、その声は何故か噛み合っていない。その上、先の情報から聞き慣れない言葉を使っていると思っていたのだが、妙な事にユーウィスにはどちらも普通に聞き取ることが出来た。何故聞き取れたのかは直ぐに判明した。



「おいおい、何するつもりか知らねえが、それ以上やるってんなら只じゃおかねえぞ」

「お兄さん、大丈夫ですか?気は正常ですか?」

「…なんか構えてないか?」



 人集りの隙間から其れを見つけるとユーウィスは小さな溜息を吐いた。面倒事だったと。


 人集りの先では、やはり飛ばされてきていたらしいリーガルと巡回していたのだろう警官が言い争っていた。言い争うと言うよりはリーガルが一人でヒートアップしているようだが。



「あの兄ちゃん何言ってるんだ?」

「さっき叫んでた奴だろ?」

「警察来たし何とかしてくれるんじゃね」



 彼奴は何をしているのか。


 よく見てみればリーガルの後ろにはハクの姿も確認出来る。ユーウィスとは違って二人は同じ場所で出たらしい。だが、揃って此方の世界なんて知る筈も無いので、リーガル辺りは軽いパニックにでもなったのだろう。


「おい落ち着きなさい、職務妨害でしょっ引く事になるぞ」

「通じてないんじゃ無いか?」


 リーガルが警官の一人に対して加減しているとはいえ殴りかかっている。彼奴の職務上、不審な動きをする相手を拘束しようとしているのかも知れないが、この場合は捕まるのはお前だリーガル。


 だが放っておく訳にもいかない。これ以上面倒事が大きくなる前に回収しなければ。そう思ったユーウィスは人集りを抜けてその下へと向かった。


「なんだ、今度は魔道具でも使おうっての――」

「落ち着け」


 ユーウィスは再び挑みかからんリーガルの後頭部をぺしっと叩いた。明らかな不意打ちに何か言ってやろうとしたリーガルはその相手がユーウィスであった事に気付くと、「生きてたのか!」と亡者扱いしていたかのような物言いが出た。

 そんなリーガルを無視してユーウィスは真っ先に今の流れでポカンとしていた警官二人に対して少しカタコトを装いながら謝罪の意を述べた。


「あー、ソーリー。申し訳ない。此奴らはコチラに来たばかりなものでご迷惑をお掛けしました」

「おいユーウィス、痛ぇって」

「…いいから、お前も頭を下げろ」


 力尽くでリーガルにも頭を下げさせると、警官の二人は納得してくれたようだった。元からどうこうしようとは思っていなかったようだ。発狂したように叫んだりしていたから後ろの少女共々職務質問しようと思っただけだったらしい……って何叫んでんだ此奴は。


「では、すみませーんでしたっ」


 適当なノリを装いながらユーウィスはリーガルとハクを回収して、背中に刺さる視線から逃げるようにしてその場を後にした。


 まずは説明だな此れは。


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