第36話 異世界邂逅

 いや待て、落ち着くんだ。


 今は元の世界に居るのだから見知った顔が居ても不思議では無い。だが、反対に此方は本来居る筈の無い存在な上に、そもそも外見が違うのだ。気付く筈が無い。

 其れに、時間の流れの事を考えてみれば、二十代程度に見える相手方がユーウィスの思う通りの人物である筈が無い。となれば、外見通りに他人を装ってこの場を立ち去ろう。


 そうしよう、とユーウィスは気を取り直し、落ち着いた雰囲気を装って入り口方面に居る女性の横を通り過ぎようと考えていたのだが、現実はそう簡単にはいかないらしい。


「待って」


 硬直していた筈の女性が、通り過ぎようとしていたユーウィスの腕をがっちりと掴んでいた。大胆な行動である。此れが見ず知らずの間柄なら少々いざこざに発展しそうだが、お互いが相手に疑惑を抱いているが故に此れは此れで問題である。その為、現在ユーウィスは薄らパニックになりつつある事を顔に出さないように気を付けながら、此の状況を切り抜ける策を脳をフル回転させて考えていた。


(この場合はどうしたものか…)


 この外見に加え、転生した等と信用されるとは思えなかった為に、知人に絡まれた時の事を全く考えていなかった。

 本来ならもう交わる筈も無い中で関わっては後々何かしら影響が生じないとも限らない。だからといって何も言わずに切り抜けるのも難しい。他人を装うことが出来ればまだ良かったのだが、その手がイマイチだったが為にこうして捕まっている訳で…。いや、まだ諦めるのは早い。貫き通せばまだチャンスはある筈だ。


「失礼ですが、少し訊いてもよろしいですか?」


 ユーウィスが打開案を導き出すよりも先に、女性からそんな言葉が出た。女性は先程までユーウィスが居た方向を見ていて、此方の顔を見てはいない。


「さっき貴方が呟いた言葉、何処で知ったんですか?」


 女性の発した質問にユーウィスは抑えながらも微かに眼を見開いた。先程借りた言葉に対して言われている事を理解しているからだ。

 『幸運の女神は、準備万端でいる人のもとにだけ訪れる』、其れは過去の言葉であるが故にユーウィスが高橋暮人の頃から使っている。この女性が暮人の幼馴染みであるのなら知っていても不思議では無い。

 だが、ユーウィスは正直に答える気にはならなかった。


「…昔、友人から教わったんですよ。少しは人生の勉強になるからと」


「…随分日本語がお上手なんですね」


 ユーウィスは咄嗟に誤魔化しの言葉を述べたが、女性はその応えよりもユーウィスの口調の方に意識を向けており、ユーウィスは心中でしまったと思った。この外見なら辿々しく言うという手もあったのだ。だが今更取り繕うのは逆に怪しまれる。其れに、日本語が上手い外国人なら其程珍しくも無い。まだ大丈夫だ。


「その友人には此方の事を色々と教わりましてね」


 ユーウィスが何を言っても女性は聞いていないように思えた。それどころか此方が喋れば喋るほど何故か確信を強めていっているように見えた。

 その様子に逆に不信感が芽生え始める。ユーウィスが、暮人が知る幼馴染みとは少し雰囲気が違う気がした。此処まで来れば別人と言う線は流石に無くなってしまったが、こんな人だっただろうか?


 互いに沈黙が訪れた中、先に口を開いたのは相手だった。



「暮人なんでしょ…」



 この確定したかのような発言である。その声は何処か弱々しげに思えた。


 何の証拠が合ってそう思うのか、とユーウィスは言いたくても言えなかった。普通に考えてあの台詞を使っただけで疑惑をかける訳がないと思い込んでいたが為の驚きもあれば、下手に反応する訳にもいかないと言う小さな焦りが、言葉を詰まらせる。


 だが、女性は変わらず確信へと至ろうとしていた。


「最近変な夢を見るんです。その夢は始めはぼんやりとしていたのに、日に日に確かなものへと変わっていったんです。そして昨日の夢に至ってはある光景が見えたんです」


 突然語り始めた夢の内容にユーウィスは何も言わない。女性は続ける。


「変な姿の子に此処まで案内されると、この墓地に妙な人が居ました。その人は知らない人の筈なのに、その影には見知った…もう既に居ない筈の姿が見えたの…」


 其処まで聞くとユーウィスも察した。

 彼女が見たのは紛れもない予知夢だ。何故そのようなものが発生したのかは分からない。暮人の生前の頃にはそういう夢を見たという話は聞いたことが無い。もしかするとユーウィスが此方に存在する事で何かしらの影響が出たのかも知れない。

 そして其れに導かれるように此処に来て自分と出くわした。其れが本当ならば先程までの勘が良いと思えるぐらいの疑問視も納得出来ない事も無い。


 其処までを読んだ上で、ユーウィスは他人を装うことを諦めた。

 流石に此処まで確信に迫られた上で拒絶するのは難しい。いや、もしかしたら逃げ道が他にあるのかも知れないが、今のユーウィスにはその選択は無理だった。


「ああ…色々とあるが、一応高橋暮人の生まれ変わりだよ。こんな姿で言っても普通は信用されないがな」


 観念して生前の名を名乗ると、女性は小さく涙を流した。


 その涙を見て、ユーウィスは何処か申し訳なく思った。其れは隠していた事に対して何か、此れから巻き込んでしまうと予見しての事なのか、答えは分からない。



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