第34話 黒白の閃光 そして…

「此れは…!」

「必要?」


この状況で、ハクが渡してきたのはシリンダーだった。其れも先程無くした"吸血姫ドラゴキュリア"のシリンダー。見つけてくれたのか!

この状況を何とか出来るかもしれない残された手段をハクから受け取って礼を言う。するとハクは普段通りのテンションで分かり辛いが誇らしげに見えた。


「頼むから動いてくれよ」


ユーウィスは喚装銃機をサモンモードへと切り替え、戻ってきたシリンダーを差し込む。そして術を起動させる為に魔力を注ぎ込む。其れにより喚装銃機から淡い光が溢れ出す。本体にダメージはあるが、問題なく使えそうだ。

喚装銃機を空へと向け、引き金を引くと共に光が放たれ、其処に魔法陣を展開する。魔法陣から膨大な紅黒い光が溢れ、渦巻くように球体を生み出す。そして其れを割くように現れたのは闇のような亜人――


「……」


――なのだが、登場したばかりの吸血姫ドラゴキュリアは不機嫌そうな表情で、早々に地上のユーウィスたちの下へと降下してきた。そして第一声。


「ねえ、何か謝ることは?」


不機嫌どころか怒ってさえいた。

そういえば以前に此奴を出した時に言われたが、ユーウィスの召喚獣は召喚していなくてシリンダーの中に居た状態でも、ある程度外部の情報を取り込めるのだそうだ。と言っても其れは此奴が特殊な上に変な癖があるのであって、他の会話が成立する召喚獣に聞いても其処まで情報を取り込んでいなかった。此奴が外部情報に敏感過ぎるのだ。


「言・う・こ・と・は?」


もう一度言おう、敏感過ぎるのだ!


「今はそんな事を言ってる場合じゃないんだ」

「知ってるわよ?」


此奴…っ!

とはいえ、状況を理解しているのなら手間は省ける。空の魔法陣が準備状態にある今は少しでも時間が惜しい。


「まあいいわ。確かに時間は無さそうね」


吸血姫ドラゴキュリアが其れを言葉にした途端、空の魔法陣は更に輝きを増した。まさか充填が完了したのか、その予想は間違ってはおらず、集める工程から魔力を力に変換する工程へと切り替わったようだった。魔法陣から感じられる高密度の魔力が急激に上昇。


「俺の魔力も何処まで持つか分からん。だが、此れは止める!」

「いいわ、応えてあげる。あんな光を消し去ってくれるわ!」


喚装銃機と術を通して、吸血姫ドラゴキュリアへと残りの魔力を渡すユーウィス。

其れにより吸血姫ドラゴキュリアは淡い光を纏って、空へと飛翔する。

そして両手に呑まれるような黒い魔力を発生させ、其れを一つの黒き輝きとして正面へと撃ち放つ――


黒血嵐光ブラッド・バスター!」


吸血姫ドラゴキュリアから荒々しい紅黒い閃光が放たれると同時に、空の大魔法陣からも地上に向けて柱の如き光が降り注ぐ。

そして空で黒と白、二つの光が衝突する。


「うおっ!」

「…あの術の力に押し負けないとは…」


二つの術が衝突したことによる衝撃は、少し離れた地上にも暴風という形で襲いかかった。魔力のみだった先程とは違い、衝撃を伴う其れに晒された森のダメージは大きく、木がへし折れるものも有れば、根元から飛ばされるものまで有る。森がそんな影響を受けているのだ、其処に居るユーウィスたちも只では済まない。


ユーウィスは上空に意識を向けながらも飛ばされまいと堪えていた。だが、掴まれそうな場所も既に飛ばされ、ユーウィス自身の根気もそう長くは持ちそうにない。そんなユーウィスにハクは掴まっているが、ハク自身も飛ばされそうになっているので重しにすらなっていなかった。


「うおっ」


風に耐えるのも限界が来たのかユーウィスの足がふわりと地面から浮いた。咄嗟に掴まれそうな場所はないかと探してみたがやはり見当たらない。ユーウィスは覚悟した。そんな時――


「大丈夫か!」


腕に掴まれたような感覚が伝わってきた。

見てみると其処には飛ばされないように片手で木を掴み、もう片方でユーウィスの腕を掴むリーガルの姿があった。


「お前、何時の間に!」

「そんな事言ってる場合じゃねえだろ!アレお前のだろ!とっとと終わらせろ!」


リーガルは上空で起きている事を直感的に理解しながら、今は飛ばされないことに集中する。暴風に耐えることはリーガルに任せて、ユーウィスは再度空に意識を向ける。

上空では未だに二つの力がぶつかり合っており、二つの力が絡み合って、空間が歪んでいるようにさえ見える。空から降り注ぐ光の柱はあれだけの魔力を一度に解放しているにも関わらず、勢いが落ちる様子が見られない。

其れに対して吸血姫ドラゴキュリアの方は少しずつではあるが圧され始めているように思えた。其れを示すかのように吸血姫ドラゴキュリアの身体が微かに薄れ始めていた。


「まずいな。想定よりも早く消え始めている…」

「おい、消えたらどうなるんだ!?」

「消えるまでに相殺しきれてなければ、あの光でこの辺り一帯が消し飛ぶだろうな」

「そんな冷静に言ってる場合かよ!?」


逃げたところで間に合わない上に、降り注げば誰かしら被害が出る。こんな現状なのだから冷静にもなるさ。

とはいえ、流石に余裕は無くなってきた。予想以上の負担で吸血姫ドラゴキュリアが消え始めているだけでなく、ユーウィス自身も魔力が尽き欠けている。どう考えてもあの魔法陣の魔力が尽きる迄保ちそうに無い。詰んでいる。


「――」


そんな状況で、ハクはもう一度魔力を集めようとばかりに口を開いた。だけど先程場に満ちていた魔力は空に集められたために其程残っておらず、巧く集められていないようだ。援護射撃はやはり見込めない。かと思っていたら、ハクの身体が淡く光り出した。だけど先程見た輝き方とは少し違う。


「此の光は…」


ハクはその光を撃つことなく自らの身体に留めていた。ところが、その光がハクからユーウィスの身体へと移り始めたのだ。その現象に驚いていると、ユーウィスは自身の内に魔力が広がるような感覚を得た。どうやらこの光は魔力の譲与らしい。そんな能力まであったのか言いたいところではあるが、少しだろうと魔力の譲与は素直に有り難い。


「此れで、何とか…!」


それらも纏めて吸血姫ドラゴキュリアへと送る。

すると、其れに応えるように吸血姫ドラゴキュリアの放つ力の勢いが増した。圧され始めていた力関係が再び均衡する。


そして、二つの力の混じり合いによって、やがて視界を光で包み込んだ。


荒ぶる風も、辺りを壊す衝撃は疎か、誰も声も聞こえず感じもしない。そんな光の中。不思議な感じに包まれながらユーウィスの意識は途絶える。











「ん……」


身体の節々に意外に蓄積していたらしい軽い痛みを感じながら、ユーウィスの意識は戻った。鼻に柔らかな風と何かの匂いが当たり、其れが自分が生きている事とあの状態を生き抜いた事を示していた。


ユーウィスは身体を起こし、目を開いてみると視界にはが見えた。先程まで森林地帯に居た筈なのだがどうやら魔力切れで気絶している間に路地に移動させられていたようだ。何故路地なのかとか、移動させたらさせたで雑過ぎるだとか、思うところはあるが、一先ずアレを脱しただけ良いとしよう。


そうして立ち上がったユーウィスが路地の外を見た。そして驚いた。ユーウィスは慌ててその路地から飛び出した。すると――


「もしもし、例の件で聞きたいことがあるのですが」

「向こうに新しいお店出来たんだって?」

「じゃあ今から其処に行ってみるか?」

「あー、腹減った」


聞き慣れた電子的なメロディ、見知った食べ物の匂い、見知った建造物の数々。そして其処に住まう人々の服装や道具。ユーウィスたちが暮らしていた場所とはが其処にはあった。


「嘘…だろ…」


少し変化はあれど、間違う筈は無い。だがそれ故に信じられない。

路地を抜けた先にあった其処は、紛うこと無くユーウィスが高橋暮人であった前世で暮らしていた国――――



――日本だった。



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