第33話 最後の一手

未だ森全体に広がる魔力の風。

その発生地点であるラスティア・ヴェルの居る空間では、ドシャアァという重みのある音と木が潰れ倒れる音が風に混じって響いた。


「くっ、正面から押さえ込むのは無理か…」


ユーウィスが呼び出したデストラクターが木々を下敷きにした状態で倒れており、力の無い呻り声を上げている。その巨体を吹き飛ばした主であるラスティア・ヴェルは、先程から変わらず其処に立っている。其れを覆う膨大な魔力も健在である。

ユーウィスは単純な力では勝てなくとも、この状況を何とかしようと、出来る事を試した。だが、魔力弾は簡単に魔力で弾かれ、召喚獣で拘束を試みてもデストラクターがこの通りだ。本体に指一本触れることすら出来ていない。


「原因は恐らくあの時の結晶だ。アレさえ何とか出来れば…」


此処までの戦闘により、今のラスティア・ヴェルの状態は暴走に近いものだろう。原因として考えられるのはローブの男に埋め込まれた結晶体だ。アレが身体に、及び、魔力に直接影響を与えていることで内から無理矢理引き出されていると予想できる。そうならばあの結晶体を体外に排出させれば、後はラスティア・ヴェルが自身でこの状況を収めるだろう。其処まで理論は組み立てられていても其処からが問題だ。何せ、肝心の結晶体が確認出来ない。


そして気になる事もある。アレによって無理矢理引き出しているのなら、このままこの状態が続けばどうなるのか。通常通りなら魔力を使い果たして気を失い、この魔力の嵐も収まるだろうが、その場合は最悪死の恐れもある。守人に任された手前、見殺しにするわけにはいかない。必ず止める。


「とはいえ、並の力じゃ道を切り拓くことすら出来ない…」


そう思ったユーウィスは一つのシリンダーを取り出した。其れは紅と黒に染まった、所持する召喚獣の中で一番強い力を持つ"吸血姫ドラゴキュリア"のシリンダー。

此奴の力ならあの膨大な魔力に太刀打ち出来るかもしれない。だが、其れでも結晶を取り出せるかどうかは別だ。だけどするしかない。


だがその時、ラスティア・ヴェルの足下に魔法陣が広がった。

ラスティア・ヴェルは意識を失っているような状態であるが、時偶苦しむように少し動いたかと思うと今のように魔術が展開される。其れも正常ではないと忘れる程に素早く。

今回展開された魔法陣は徐々に拡大していき、その範囲から無数の鎖が出現して辺りへと無差別に放出される。魔力の風によって地味に加速されるそれらは木など簡単に貫く。


「まずい、避けろ!」


風に混じって不規則な加速を遂げる鎖がユーウィスたちの所にも飛んできて、ユーウィスと指示で危険を察したハクは木を盾にしながらも何とか鎖を躱す。だがその拍子に差し込もうとしていたシリンダーを落としてしまった。


「しまっ」


しまったと言い切る前に、追加の鎖がユーウィス目がけて飛んでくる。

咄嗟に魔力弾を鎖にぶつけることで軌道が変わりはしたが、風もあって完全に逸らすことが出来ずに、鎖は喚装銃機ガンライザーへとぶつかった。直撃ではないので壊れてはいないが、それなりのダメージが見られる。

おまけに生成された鎖は放たれて停止した後、直ぐには消えずにその場に残っている為、地味に動きを制限してくる。偶然この魔術が出たのだろうが回避し辛くなるので厄介だ。


「何処に行った…!」


そして肝心のシリンダーはというと、落としたきり何処かへ行ってしまった。唯一かもしれない対抗手段だというのに、この鎖と魔力の風の嵐によって行方不明となり、完全に手を失ってしまった。

…いや諦めるな。まだ何か有るはずだ。ある人も言っていた、「アイデアは、それを一心に求めてさえいれば必ず生まれる」。考え続けろ。とはいえ周囲に有るのはいつもの装備とまだ消えていない相手の鎖ぐらい…。この鎖、利用できるか?


「…毒をもって毒を制することが出来るか?」


あの魔術の王の術で生み出された鎖だ。そう簡単に破壊されることは無いだろうが、問題は使い方だ。鎖を相手と同じように射出出来ればあの魔力を貫ける可能性があるが、その射出方法に不安がある。魔力弾の要領で喚装銃機で撃ち飛ばせると思うが、普段の規模では相手の下まで飛ばすどころか、一メートル飛ぶかどうかも怪しいところである。


「考えている暇はないか」


こうしている間にも状況は進む。魔力が吹き荒れ、何時また魔術が飛んでくるかも分からない。其れにラスティア・ヴェル自身に掛かる負担も止まらない。迷っている時間は無かった。

ユーウィスは早速近くに刺さっている鎖を力尽くで引き抜き、その先端部分に喚装銃機の銃口を近付けて集中する。魔力を込めるイメージ。今迄のような弾丸の形とは異なるが、難しいことは考えずに魔力を込め続ける。魔力の風に乱されるが、其れによって少しずつではあるが、喚装銃機の銃口部分に光が灯り始める。そしてある程度光が溜まると、鎖の性質なのか、光に引っ付くように鎖が付属する。都合が良い。


だが、撃ち出すに足る魔力が溜まるよりも先に相手の魔術が展開されるのが見えた。其れも上空に。


「今度は何だ…?!」


ラスティア・ヴェルの頭上に大きな魔法陣が広がる。そして其処から天に向かって一筋の光が伸びた。その様子にユーウィスは見当が付き、その予想通りに空からは雷鳴が聞こえた。


「あの時と同じ雷撃か…!」


以前に町に入る前に見た雷、其れと同じものが今降り注ごうとしている。以前は遠くから見ただけだったが其れでもその威力はかなりのものだと認識している。そしてその攻撃スピードも。狙いは付いていないとしても此処は森だ、降り注げば一次どころか二次被害すら出るだろう。


だがそんなことはお構いなしにその光は大地へと向かった。

速度故、ユーウィスはその光が降る初めしか見ることが出来なかった。だが、その光は大地に突き刺さる事は無かった。何故なら――


「光が…」


雷撃は地上から新たに放たれた光線によって空中で轟音と共に相殺されたのだ。あのラスティア・ヴェルの魔術を相殺した事には当然驚き、その光線の正体を探すように周辺に視線を戻した。


「今の…お前か…?」

「うん」


気付けば、ぼけーっと空いた口から煙を出しているハクが居た。確認してみれば光線の主はハクだったようである。どうやって、と聞くよりも先にハクは確認とばかりにゆっくりと息を吸い始めた。


「まさか…この魔力を利用して…?」


今この場にはラスティア・ヴェルから放たれる魔力が風のように充満している。其れをハクは吸うことで体内へと取り込んでいるようだった。これだけの質の魔力なら取り込み過ぎれば危険すらあるが、ハクは少し違った。

魔力を吸収し始めたハクは徐々に身体に光を帯びていく。体内に取り込んでいる証拠だろう。そしてその光は次第に一点へと集まっていく。次の瞬間、其れを光線という形で口から放出していた。


実験的にハクが撃ち出した破壊的な光線はラスティア・ヴェルの下へと一筋に伸びていき、ラスティア・ヴェルを覆う魔力の層にぶつかって無数に弾けた。ラスティア・ヴェルまで届きはしなかったが、其れでも試しの割にはかなりの層を削り、その辺りの風の流れが乱れた。


「……」


今一瞬だが、ラスティア・ヴェルに反応が有ったように見えた。体外とはいえ自身の魔力にこれまで以上に危害を加えられた影響なのか、偶然なのか。気のせいかも知れないがもしかすると其処に糸口があるのかもしれない。

そしてこのタイミングで射出の為の充分な魔力も溜まった。この一撃だけでは本体まで届かないかも知れないが、先程のハクの光線も合わせれば少しは届くかもしれない。いや、届かせる。


「ハク、もう一度さっきのを撃てるか?」


そう聞くとハクは行動で示し、空気中の魔力を吸い始めた。どうやら完全に撃ち方を覚えた上に、一度や二度で撃てなくなるという心配も無いようだ。


「よし、それなら俺の合図で撃ってくれ」


ハクが魔力を集めている間に、ユーウィスも再度魔力を込める。そしてハクが魔力を一点に集中させ始めた。もう撃てるようだ。


魔力の風は止まずに吹き続けている。先程ハクによって削られた魔力の層も既に埋もれている。だが、其れとは別に魔力の層には箇所によって厚さが異なると思える。狙うなら其処だ。その一点を探し出すためにユーウィスは相手の魔力に全神経を注ぐ。そして――感じ取った。


「今だ!」


ユーウィスの合図と共にハクからラスティア・ヴェルへと一直線に光線が放たれた。そして其れに続けとばかりにユーウィスも少しタイミングをずらして魔力を撃ち放った。

ハクから放たれた光線が初めに魔力の層へとぶつかった。光線は周囲に散らばりながらも魔力の中を進んでいき、光線が消える頃には其れなりの穴が残った。そして直ぐにその穴に向かってユーウィスが撃ち放った魔力と共に鎖が到達した。狙い通りに飛んでいった鎖は光線によって薄くなった層の壁を貫き、その向こうのラスティア・ヴェルに速度はかなり落ちたとはいえ物理的なダメージを与えた。


「……う」


直接的なダメージを負わせたことが功を奏したようで、ラスティア・ヴェルにまだ弱々しいとはいえ意識が戻った。呼び掛けるなら今しかない。


「おい、大丈夫か!」

「……これは…うっ…」


意識は戻り、此方の声が届くようになったとはいえ、直ぐに事態が終息する訳では無い。当人が気が付いたからか無意識ながら魔力に規則性が見られるようになり、勢いも少し弱まった。だが其れでも完全に抑える迄には至っていない。原因となった物はまだ残されている。


「…甘く見られたものだ…な…」


そう言葉を紡いだラスティア・ヴェルの正面に魔法陣が展開された。身体が思い通りにいかない状況の筈だというのに、今度は自らの意思で魔術を発動を試みている。その様子にユーウィスは驚いた。


「おい、急に何をしているんだ!? 魔力を抑え込め!」

「…これでいい…」


すると、展開された魔法陣からラスティア・ヴェルへと淡い光が突き刺さった。刺さったと言っても然程物理的影響は無いらしく、まるで素手で引き千切るかのようにその光は逆向きに動き出し、其れに釣られる形でラスティア・ヴェルの身体に異物が表面化する。


「…ぐっ…かはっ…全ては無理か」


光は魔法陣と共に消滅し、ラスティア・ヴェルの身体には例の結晶が現れた。まさか自ら体内から引き摺り出すとは思わなかった。だけど結晶が根を張っているかのように引っかかり、無理に引き出せば苦痛が奔り、全てを排出させることは出来なかったようだ。

表面に引き摺り出された結晶は初めに見えた時とは違って淀んだ光を放っている。如何にも悪影響のありそうな光だ。そして違うところは他にも確認出来た。


「欠けている…のか…? 何でまた…」


そう、表面化された結晶は形が変質していた。少しではあるが不規則に毀れている箇所もあれば、罅のようなものが存在し、其処から微かに結晶内の魔力が漏れている。

何故そのような状態になっているのか、ユーウィスたちの攻撃は体内にまで影響を与えるには至らなかった筈なのだが。


「もうじき壊れる…」


ラスティア・ヴェルの口から零れた言葉にユーウィスは察した。どうやらあの結晶はラスティア・ヴェルの力に耐えきれなくなったようだ。

体内に侵入し、魔力のリミッターを外させた迄は良いが、その許容量を超えた魔力の移動に結晶が逆に摩耗し、暴走と同時に欠け始めているようである。

となれば、危険ではあるが当人が魔力を更に使うことによって結晶は完全に破壊出来るだろう。其れを予測して躊躇いなく魔術を行使したのか。


そしてまたラスティア・ヴェルは魔術を行使する。いや、しようとした。


「これは…」

「まさか罠か!?」


特殊な魔術を発動する予兆なのか、ラスティア・ヴェルが体内だけでなく周囲からも魔力を呼び寄せていると、其れに反応するように突如結晶から魔法陣や文字が浮かび上がった。今更になって現れたことから予想するに此れは結晶の状態によって起動する最終手段といった所だろう。悪足掻きにしても面倒だ。


「此れは…!」


結晶から浮かび上がった術が起動する。その術はラスティア・ヴェル自身の精神に作用するものではないようでダメージも其程ではない。だがその代わりといって、ラスティア・ヴェルの周囲に展開され始めていた複数の魔法陣が一瞬黒い輝きを放ったと思ったら一斉に天へと飛んでいった。


「何だ今のは…!」

「まさか…術を乗っ取るとはな…」


ユーウィスが状況を理解出来ないでいるのに対して、ラスティア・ヴェルは当人故に状況を瞬時に理解し、天を見上げた。その視線の先では飛んでいった数多の魔法陣が一つになろうとしていた。ラスティア・ヴェルの意思からは離れたというのに、魔法陣はまだ生きている。


「術が発動しようとしてるのか…?!」


天に広がる大きな魔法陣は意思を持つかのように、供給を補うようにこの場の魔力を吸い上げていく。集まっていく魔力の量は尋常では無く、このままでは危険だ。

とは言っても打てる手が無い。ユーウィスには対抗できる力がなく、ラスティア・ヴェルは未だに結晶が残っている上にダメージも残っており今になってダウンしている。


「ハク、もう一度撃てるか!」

「……無理」


発動前にハクの光線で撃ち抜こうにも、魔力を向こうに集められているせいで、光線を撃つ以前の問題となっていた。このままでは死を待つだけだ。何か無いか。


一心に手を考えているユーウィスの服を何故かハクが引っ張った。何事かと其方を確認してみると、ハクは手を突き出して開いた。


「此れは…!」

「必要?」


ハクは状況を読んでいたかのように、紅黒い光を放つシリンダーを手渡した。

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