第32話 てっていこうせん
森林地帯全体に自然由来では無い一陣の風が吹き通る。風のように吹いているがその実は偽りなく魔力で有るため、その風に晒された物は少なからず影響を受けていた。人ならば恐怖を覚える者が居れば、植物ならば成長が促進されるものもあれば逆に枯れるものも存在する。
そんな魔力の風の中心には、純度の高い魔力を纏うようなラスティア・ヴェルが立ち尽くしている。気付けば、先程取り付けられた結晶が確認出来なくなっている。恐らくあのまま体内に溶け込んだのだろう。そして其れがこの状況の原因なのだろう。
「おい!落ち着くんだ!」
ユーウィスは叫ぶが魔力に掻き消されてラスティア・ヴェルには届かない。それどころか、ラスティア・ヴェルから感情が感じられない。顔は下を向いているので表情は見えないが、其れでも今の彼女から感じられる気配が初めよりも冷たいものとなっている。意思の疎通は恐らく難しいだろう。
「何とかしないと…!」
状況はどう見ても悪い。今でも本人が動かずとも溢れる魔力が影響を及ぼすというのに、魔術まで使われ出したら更なる被害は免れない。初めの彼女ならまだ良かったのだが、今の彼女は何が起こるか予想できず、放っておく訳にはいかない。
「ハクは周りを注意しろ」
「ん!」
力の差は理解しているが、其れでも止めなければならない。この場で戦えるのは自分だけだと、ユーウィスは
森の中にラスティア・ヴェルから発せられる魔力の風が広がり始めた頃、チセル・アトラトルはそんな森林地帯へと足を踏み入れていた。
「何この気配…。其れに妙な風も吹いてるし…」
チセルは町に残り、町に被害が出ないように狂信者たちの残した痕跡の排除をしていた。そのお陰で町に仕組まれていた魔法陣の全ては消し去られ、狂信者も一人も居ないと言うことで、此方へと応援に来たのだ。……なのだが、いざ森に入ってみるとその異様な気配に驚いた。普通の森ではあり得ない雰囲気。どことなく遺跡の森の雰囲気に似て無くも無いけれど、其れよりも圧倒的に危ないと感じてしまう。此れがそう思うように仕組まれたものなのか、はたまた本能によるものなのかは分からない。
そんな妙な状態とはいえ、この森に人が集まっているのは確かだ。ユーウィス、ハク、リーガルの三人に、捕縛対象である怪しげな集団。
リーガルは不明だけども、ユーウィスの方は集団の半分を捕縛したらしい。と言っても放置されているようなので逃げられる前に回収しなければならない。
「捕らえてその辺に転がしてるって目印も無いんだけど」
チセルはぐちぐちと言いながら歩を進めている。ユーウィスが捕獲した者たちがどの辺りに居るのか分からない為、進みながらもキョロキョロと辺りを探す事を忘れない。
それにしても、森を流れる妙な風に混じって何かの音が響いている気がする。風に晒されているとどういう訳か酔いそうになる所に、大きい訳では無いのに引き戻されるような音。もしくは衝動。何かが起きているように感じる。もしかしてリーガルの方で戦いでも起きているのだろうか?
「――――――うですね」
「ん?」
周囲を探していると何処からか人の声が聞こえた気がした。其れも近いようだ。なので念入りに周囲を探してみると、一人の男が見つかった。その男は件の集団と同じと思われるローブを着ていた。
「漂う魔力の様子から察するに暴走というのが一番有力ですかね。出来れば手中に収めたかったところですが、此れでも少しは結果が出せましょう」
「――其れちょっと詳しく聞かせて貰えるかな?」
聞き耳を立てていると、あまりに状況を知ってそうな事を呟いていたものだから、チセルは考えるよりも先に口に出していた。まぁ例の集団の仲間なら躊躇う必要は無いので木陰から姿も現す。
一人だと思っていたところに突然声と姿が現れたものだから、相手は少々隙が生まれた。とはいえその隙も直ぐに無くなった。制圧目的なら初めから強襲しておけば良かったのだろうけれど、今は情報を零させたいので反省はしない。
「おや何のことでしょうか?」
聞かれていたと分かっている筈なのにしらを切るつもりらしい。そう簡単に口を割るとは思っていなかったけど、こうも見え見えの芝居をするとも思っていなかった。
「誤魔化した所で、見逃しはしないよ。大体の素性は検討が付いてるから」
芝居を打ったところで格好が一緒なのだから疑いが消えることはない。向こうも其れを察したようで、直ぐに気配が変わった。戦闘の意思が見られる。
恐らくだけれど、一人で行動していることを考えるとこの男は町で見かけた男と同一人物だろう。そうなれば魔術も使えるとみて間違いは無い。気をつけねばならない。
「…面倒ですね。此れでも使いましょうか」
ローブの男は懐から何かを取り出し、其れを直ぐに正面へと投げた。すると其れから光が漏れたかと思った途端、瞬時に煙が発生し視界を塞いだ。
「目眩ましっ!?」
煙によってローブの男の姿が一瞬見えなくなった。その見えなくなった一瞬の間に相手は術を展開させたようで、煙の中に光が生じ始める。そして煙を突き破るようにチセルの方向へと石弾が複数飛んできた。
「危なっ!」
生憎と放たれた石弾は全てがチセル目がけて飛んできているわけでは無く、数打てば当たるといった状態である為、チセルは咄嗟に木を盾にするようにして隠れることでそれらを凌ぐ。木に当たった石弾が木を抉っていたりする。危険だ。
木に隠れながら様子を窺う。まだ煙が残っている故に相手の正確な位置が掴めない。雑に術を展開して森に影響が出ても困る。今思うと強襲しなかったのはやっぱり下策だったかな? そう思いながら、直ぐに動けるように術の準備はしておく。
ブツブツとチセルが小声で何かを唱え始めると、その周囲に薄く淡い光が生まれ始める。魔法陣ではなく呪文による魔術の展開。どちらの展開法にも長所もあれば短所も存在する。その上で呪文式は詠唱で相手に悟られる弱点はあるが、慣れればユーウィスのように道具を使う必要はなく、体内の魔力操作だけで術を行使出来る。
煙も大分晴れてきた。其れにより向こうも場所を察したのか攻撃が再開される。今度は狙いを定めて放たれている。
チセルは今度は移動しながら躱す。そして相手を側面まで移動して視界に捉え、控えていた術を行使する。
「敵を拘束せよ!」
その声と共にチセルの足下から光が筋が伸びていき、ローブの男の足下から土が手のように伸びて相手の身体を絡め取っていく。
「なっ、これは…!」
「――なんてね」
相手が足掻いている間に背後に回り、背後から一撃をお見舞いした。
身体を絡め取っていた土は元の状態に戻り、ローブの男は力が抜けたようにドサッとその場に倒れ込んだ。
「話はまた改めて聞かせて貰うことにするよ」
応える筈も無いローブの男にそう言ってから、チセルは男を捕縛する。目覚めた時に魔術を使われても困るので念入りに縛る。
縛っている時にふと先程の術を思い出した。
「其程強く込めたつもりは無い筈なんだけど…」
先程チセルが使ったのは本来足を絡め取る程度のつもりだった。其れなのに実際に行使してみれば予想以上に拘束力があった。まるで魔力を上乗せされたように。
「この妙な風が原因な」
其処まで言った時、此れまで以上に風が森の奥から吹き荒れる。あまりの強さに周りの木々に鎌鼬が生じたような傷が出来ていく。
此方の戦いの最中も妙な衝動を感じていたが、この風は其れよりも激しい。チセルは危険を感じはしたが、今尚生じる激しい風に耐え続ける。
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