第31話 怪しい術
「アレは…」
緊張感が少なからず生まれつつある森林地帯、ユーウィスたちの前に現れたローブの男が懐から取り出したのは小さな水晶玉だった。だがどう見ても只の水晶玉では無い。その水晶玉は中に何やらもやもやとした黒いものが閉じこもっていた。
その水晶玉を持ったまま、ローブの男はユーウィスたちは眼中に無いようにラスティア・ヴェルへと問いかけた。
「我らが神よ。どうしてもその力をお貸しになられないのですか」
ラスティア・ヴェルはその問いに答えない。
いや、沈黙することでその意思が無いことを示しているのか。
「そうですか。では少々手荒ですが、此方も手を打たせて貰いましょう」
そう言ったローブの男の手から水晶玉が滑り落ちた。否、落とした。
地面に落ちた水晶玉は当然のように砕けた。ガシャリという割れた音と共に水晶玉の内に秘められていた黒い靄が瞬時に周囲へと広がる。
「此れは…魔術アイテムか…!」
魔術アイテム。マジックアイテムとも言われる。
一言で述べてしまえば、魔術を発動する事が出来るアイテムだ。そういう意味ではチセルが持っていた通信道具やユーウィスの
ただ、マジックアイテムはアイテム自体に魔術の情報と共にその発動に必要な分の魔力も込められている為に、発動のトリガーさえ知っていれば誰でも使えてしまうというのが長所であり短所でもある。故に魔力が無くても気軽に使用できるとはいえ、今のように簡単に悪用されるのが問題なのだ。
水晶玉から広がった黒い靄は、その一帯に居たユーウィスたち全員を飲み込み、一つの空間を生み出した。空間の中は暗く、視野をかなり制限される。空間を作り出したと言っても元居た場所とは別の空間になったと言うわけでは無いようで、隣に手を伸ばしてみると先程見えていた木の感触が伝わってきた。ただ、感触はあれど其処にあることを視覚では認識出来なくなっているので移動は危険だ。
「随分と面倒な空間だ。影響は視覚と…感知能力といったところか」
どうやらこの空間には魔力が空気のように充満しているらしい。そのせいなのか、空間の魔力に阻害されて、其れより先に存在する気配などを感知出来ないようになっている。其れにより、ラスティア・ヴェルやローブの男は疎か、近くに居たハクさえも今も近くに居るのかが分からない。人によっては孤立したように錯覚することだろう。
五感にすら影響を与える空間だ、もしかすると魔術の使用にも何かしらの影響が出ているかも知れない。確認の為に簡単な身体強化魔法を使ってみようと身体中の魔力を流してみた。すると、思っていたよりも術の構築が遅いことに気付き、術の展開を途中で止めた。
「使えなくは無いが、かなり遅いな」
空間に漂う魔力ではなく、自分の内にある魔力でも、感覚自体が影響を受けているせいで何時も以上に時間が掛かってしまう。例えるならば水中での圧で移動に抵抗を受けているように鈍い。とはいえ一応普段より時間が掛かるだけで使用自体が出来ない訳では無いのだが、生じる隙を考えれば、頼るのは危ないだろう。
「だが其れは向こうも同じ。こんな制限の中で一体何をするつもりだ…?」
巻き込まれる形でこの空間に入ったユーウィスでさえ影響を受けているのだ。其れなら他の者も影響を受けていて当然だろう。ラスティア・ヴェルだけでなく発動させた男も。そんな状態であの男は一体何をしようというのだ。
しようとするなら、何かが起きる前に二人を捕捉しておきたいところだが、此の状況では難しいだろう。動くにしても記憶の中の地形と照らし合わせなければならない。
などと考えていると、服を引っ張られるような感覚があった。引っ張られる位置からして恐らく主はハクだろう。直ぐ隣に居た訳では無いのによく接触出来たなと思いながら、ある事を思い出した。そういえば精神や感覚といった面が強いハクだから、この空間の阻害の中でも感知出来ても不思議では無いか。相変わらず此方は見えないのだが。
「兎も角、先手はまず無理だな……ん?」
手を考えていると、離れた場所に何かが光った気がした。初めは空間を生み出した術の効果かと思ったが、其れが違うことは直ぐに分かった。
光は一瞬だけでは無く、再度現れては其れが円を描いている。間違いない、魔法陣だ。其れも、こんな状況だというのに展開される魔法陣の数は一つではなく、同時に二つ、三つと展開されている。もしかすると見えないだけで他にも展開されているかも知れない。発動者は方向から考えなくとも当然ラスティア・ヴェルだろう。
「魔術の王の名は伊達では無いってことか…」
流石魔術の王と呼ばれるだけは有る。阻害などもろともしないというのは恐ろしい。もしかしたら何時もより展開が遅いのかも知れないが、其れでもユーウィスが道具を使わずに術を一つ発動させる時間で、それ以上の数と効力のものを展開した事だろう。恐ろしいことだ。
というか、魔王程の力だ、発動させる術によってはこの空間どころか現在地である森林地帯全体が焼き払われるのでは無いだろうか…。
ユーウィスは念の為に防御手段を展開しようとした。そんな時ふと先程自分でした分析を思い出した。
この空間には魔力が充満しており、其れが五感の幾つかを含めた感知能力を阻害している。そしてその制限はこの空間に居る者全てに課せられると考えられる。そんな中で相手はどう此方を判別するのか。考えてみれば単純だった。
あの男に取って標的はラスティア・ヴェルただ一人。そしてラスティア・ヴェルは圧倒的な力を持っている上、敵意を向ければ応戦する可能性がある。そうなった場合にラスティア・ヴェルが取り得る手段は魔術だ。其れもこの空間に居る他の者が真似できない程の魔術。つまり、使用されれば其れはラスティア・ヴェルが其処に居るという証明になる。
「まずいっ…!術を止めろ!」
ユーウィスは咄嗟に光の方向へと叫ぶ。だが聞けていないのか、聴覚にも影響を受けているのか、光に変化は無い。それならと直接向かおうとしたが、見えない木に阻まれて辿り着けない。
「くそっ…!」
そうこうしている間にも変化は起きた。起きてしまった。
突如として視界の中に見えていた光が霧散するように消えていった。其れによって集まっていた魔力が空間の中に散らばる。そのお陰なのか、空間は次第に薄まっていく。そして其れが露わになっていった。
皆を包んでいた空間が晴れていく中で、立っているローブの男と、明らかに様子のおかしいラスティア・ヴェルの姿があった。そしてラスティア・ヴェルの身体には先程には無かった筈の結晶が付いていた。
「どうですか気分は?」
ラスティア・ヴェルはその声に応えられる状態ではないようで、身体を押さえて静かに苦しんでいるようだった。ローブの男も其れが分かっているからこその余裕なのだろう。
苦しむラスティア・ヴェルにはローブの男の仕業と思われる結晶が植え付けられており、其れが徐々に外部から体内へと埋まろうとしている。そしてその度に周囲からラスティア・ヴェルへと集まるように異様な空気を引き寄せている。
「貴女にその気が無いのなら、力を使うようにすればいい。
問題は、どうなるか分からない事ですがね」
ローブの男がぺらぺらと話す間にも、ラスティア・ヴェルの状態は進行していく。終いにはラスティア・ヴェル自身の魔力が周囲に溢れだしている。噴き出すように広がる其れが風のように森の中へと広がる。其れに晒されるだけで危険だと本能的に察せてしまう。
原因であるローブの男も状況を理解しているからか。少し距離を取り始めた。逃がす訳にはいかない。今なら空間の阻害もない。
「おっと、どうやら邪魔者も居るようですね。此処は一度引きましょうか。」
「待て!」
ユーウィスは魔力弾でローブの男を牽制するが、男は木を盾にしながら確実に離れていく。ユーウィスは追おうとしたが、其れを吹き荒れる魔力に阻害される。ラスティア・ヴェルの方を見ると、ラスティア・ヴェルを中心として魔力の風が吹き荒れている。
そしてその中心で、ラスティア・ヴェルは先程迄苦しんでいたとは思えない様子で、ふらっと立ち上がる。
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