第30話 イレギュラーズ

二手に分かれて逃げた狂信者たちの半分を撃退し、捕らえたユーウィスだったが、そんな時に聞こえた音と光に嫌な予感を感じ、狂信者たちが気絶している事を良いことに、放ってまでもう一つの道に向かった。

音と光の正体は分からない。アレ以降発生する気配もない。だけど其れが魔術だとすれば問題が生まれる。リーガルは魔術を使わず、あの集団が使ったとしてもユーウィスたちの居る場所まで伝わる程のものを使えるとは思えない。そんな実力があったならもっと早くに使える筈だ。そうなればかなり限られる。


「何も無いことが一番良いが…」


何も無いのも後の事を考えれば困るが、何か起こっていたとしても正体によっては困る。そんなジレンマを抱えながらもユーウィスは森の中を突き進んでいた。そんな時、進行方向に人影が見えた。だけど其れは形からしてリーガルでは無い。何ならあの集団でも無さそう。その人影はゆっくりと此方へと向かっている。

ユーウィスは速度を落とし、その人物と相対する。


「お前は…」


ユーウィスが現れたことに向こうも気付いたようだ。

現れた人物は予想通りどちらでも無かったように女性であり、黒い髪に黒い瞳、顔立ちは兎も角として此方では珍しい方である日本人みたいな色素をしており、此れまた黒のマントを着込んでいる。夜に出会ったとしても気付かなさそうだ。なんて冗談はさておき、問題は姿よりも別の所にあった。一度認識してしまえば呑まれてしまいそうな存在感。只者では無いことは一目で分かってしまう。


ユーウィスの問いらしい声に応える様子は無く、女性はどういう訳か、此方と同じような視線を此方へと返していた。そんなに森で人と出くわした事が不思議なのか…いや、少し違うな。どういう意味なのか。


そんな状況が理解出来ない時に、いつの間にか追いついていたらしいハクがユーウィスの服を掴んでいる。


「光ってる」

「光ってるよ!」

「光ってるね!」


ハクだけでなく、戦闘時から呼び出したままになっていた召喚獣の"戦う双子デュエルデュアル"も一緒になって同じ事を言っている。気が付けば服の中で何かが弱々しく光っていた。取り出してみると其れはチセルから渡された通信道具だった。


「……大丈夫か」


正直この状況を放置して良いものかと悩むが、この世界の通信道具は携帯電話程便利では無く、保留も履歴も無いようなので早めに取ってしまった方が良い。確か魔力を込める事で回線が開くのだったか?

ユーウィスは試すように魔力を流してみると、通信道具が発する光は安定したものに変わった。どうやら無事に起動出来たようで、次第にチセルが映し出されていく。


『無事に起動出来たみたいだね』

「何とかな。で、何かあったのか」

『やっぱり不安は当たってたみたいでね、奴らの仲間が一人潜んでたよ』


予想的中か。

チセルの報告はまだ続き、その仲間が町中に術式を幾つか仕込んで町を出たらしい。町中の術式についてはチセルが現在進行形で対処しているらしいが、町を出た奴はどうやら此方に向かっているという。


「そうか、分かった。気をつけておく」

『其れでそっちの状況は?』

「二手に分かれた相手を此方も二手に分かれて追っている。俺の方は既に捕らえてその辺に転がしてるが、リーガルの方の状況が分からないというのが現状だ」

『そう…転がしてる事にはツッコミを入れたいけど、分かった。こっちが終わったら応援がてら回収に行かせて貰いまーす』

「悪いな」


一通り状況整理を行うと、通信道具が発する光がまた弱々しいものへと戻った。おそらく向こう側の魔力供給が途切れたのだろう。此方も魔力供給を止めると、通信道具は完全に光を失った。

通信道具を戻して意識を現状に戻してみると、状況は変わってはいなかった。女性はまだ此方を見ている。今度はハクや召喚獣も含めて見ている。心なしかその表情は少し険しくなっている気がしなくもない。いや、変わってないか?


「さて…」


横槍が入ったけれど、そろそろ状況を進展させよう。

此方の出方次第では状況を悪くする可能性があるので、武器は収める。飛び出しかねないので召喚獣も戻す。戻した時に女性は妙な反応をしたがユーウィスは気付かない。


「一つ問う。アンタは何者だ」


此方に戦闘の意思がないことを示しながらユーウィスは改めて問いかけた。すると今回は相手側も口を開いた。だけど其れは答えとは少し違った。


「――私からも問おう。お前たちは何者だ。その魂は何だ」


質問返しされた事よりもその質問の内容にユーウィスは驚いた。何者かという質問は此方と同じだ。だけど驚いたのはその後の言葉、「その魂は何だ」というものだ。恐らくこの言葉もユーウィスだけでなくハクにも投げかけられている。転生した魂であるユーウィスだけでなく人の手を加えられたハクにも。


「先程の双子もそうだが、お前たちの魂は凡人とは違う」

「違うと言われてもな。思い当たる節が無いわけでは無いが、結局は俺は俺だし、此奴も此奴だ」

「ん」


質問に対する答えにはなっていない気がするが、転生しようが人格が変わる訳でもなかったし、ハクもハクでこうして生きている。

ある人は「運命がカードを混ぜ、われわれが勝負する」と言っていたらしいが、転生やら異世界やら状況という手札が変わろうと、勝負する俺たち自身は変わらない。凡人と違おうが然程変わりはしない。


「今度は此方の質問にも答えてくれるか、アンタは何者だ。今この森は少し騒がしいのでな、居ると面倒事に巻き込まれるぞ?」

「…確かにそのようだな。…私はラスティア・ヴェル。世界に受け入れられない旅人といったところだ」


ラスティア・ヴェル、その名は守人の話から聞いている。魔術の王の名だ。

女性がラスティア・ヴェルと言った事にその可能性を想定していながらも実際に言われれば驚いてしまう。とはいえその驚きを顔には出さない。此処で知っている風を出せば、先の連中と同じく力目当てと思われる可能性がある。それだけは避けたい。


「旅人か……。ところで、変な服装の集団を見なかったか?今其れを追っているんだ。此方には仲間が向かったのだが連絡がなくてな」


目的に関しては嘘は吐いていない。魔術の王も捨て置けない存在ではあるが、此処に来た目的はあの集団にある。…なお、リーガルから連絡が来ないのは事実だがそもそも通信道具を奴は持っていないので来なくて当然である。


「其れならこの先に居るだろう」


意外とあっさりと答えた。

魔術の王と面と向かって会話をしているが、此方に危害を加える素振りは見られない。それどころか敵意は感じられない。相変わらず抑える気のない魔力の存在感はあるが、其れが此方に向けられないのは助かる。こうして普通に会話が出来ているように、やはり共存の道は残されていると思われる。


ラスティア・ヴェルの示した方向を確認した時、ふと思った。

方向からして彼女が其方から来ていると考えられる。其れなら知っていても当然だ。だが其れならリーガルたちも彼女を認識していても不思議では無い。だけど今は誰もその方向から此方へは来ない。何故だ。


そんなふとした疑問に答えを出す前にその場に第三者が現れた。前からでは無く、ユーウィスたちが来た後ろから。


「まさかこのような場所でお会いになられるとは。此れは運命である」


現れたのは件の集団と同じような格好をした者だった。恐らくチセルが言っていた奴だ。出くわすとすればもう少し時間が掛かると思っていたのだが、よりによってこのタイミングで出てくるとは。

チセルの話では此奴は町に魔術を仕掛けていたらしい。そうなると他の奴とは違って魔術を使える事は予測できる。油断は出来ない。


現れたローブの男は興奮したように一人で何やら呟き続けると、懐から何かを取り出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る