第22話 すれ違い

ラスティア・ヴェルは森の中を歩いていた。


アテもなく彷徨うように森の中を歩いていると、ふと何かを感じた。

どうやら此の森の中に誰かが入ってきたようだ。

何故だか分からないけれど、この森全体が私の感知範囲となっているようで、森の中で誰が何をしているのかが、実際に見ていなくても大体は分かる。例えば、その誰かが食べ物を取り出したとすれば、その食べ物の匂いや味は分からずとも形は分かる上、感じ取った情報と知識を照らし合わせて其れが何なのかも分かる。


今入ってきたのは、三人と、変わった気配の一人と妙な馬。

随分と妙な連中だ。

此の変わった気配は、確かに一つの個と捉えられているはずなのに、体内からは別の気配が混じっているように感じられ、似たような魔力構成を馬からも感じられる。それに、体内と言えば、三人のうちの一人も、他とは違う魂を持っているように感じる。

変わった連中ではあるが、正体がなんだろうと私には関係のないこと。


ラスティア・ヴェルは周りで何が起こっていようとも歩みを止める事は無く、気付けば森の出口と思しき場所まで来ていた。

そしてラスティア・ヴェルはその場から、眼前に広がる変わり果てた世界を見た。


記憶の中にある廃れた土地とは違う、のどかで平和な平原。

地面には草花があり、空は青く澄んでいて、遠くには鳥の姿も見える。

風で運ばれる匂いには争いによる穢れもなかった。

懐かしさを感じるが、同じであって、全てどこか違う。

とても長い…時間の流れを感じた。

それと同時に、欲が消えた筈の自分が、もっと"今"を見てみたくなった。


地面には車輪でも通ったような跡があり、恐らく先程森に入った連中のものなのだろう。ラスティア・ヴェルはその跡を遡るように歩いていく。


そよ風吹く平原を一人進む。

だが、歩けど歩けど、人どころか獣一匹いない。

それでも別に構わない。ラスティア・ヴェルは"今"を結構楽しんでいた。


そんなとき、後方から何かが近づいてくる気配がした。

振り返り、目視すると、それは、普通よりも数倍大きな猪だった。それは記憶にはない大きさだったが、此れも今の世界になった影響なのだろう。其程豊かということか。


猪は一直線にラスティア・ヴェルへと走ってくる。というよりはラスティア・ヴェルが進路上にいるだけだと思われる。向こうの思考には恐らく此方は居ない。だけどラスティア・ヴェルは躱そうとはしない。それどころか猪と向き合う。


元気そうな猪。"今"はああいうのが生息しているんだ。

けど、少し元気が良すぎるかな。


右手を外側へと突き出す。

すると動作はそれだけにも関わらず、周囲に複数の魔法陣が出現した。それらはそのまま発動する訳では無く、一つに合わさるように統合していき大きな魔法陣となる。

そして大きな魔法陣は徐々に小さくなっていき、伸ばした右手の甲へと刻み込まれる。刻み込まれた陣は淡い光を帯びており、そのまま刻まれた手を猪を正面から受け止めるかのように前へ出す。


そして、猪が右手に吸い込まれるようにまっすぐ突進していき、その手が触れた瞬間―――




―――多重魔法陣・滅―――




触れた瞬間に陣の光が確かなものへと切り替わり、右手に凝縮された膨大な魔力が、衝撃を感じさせずに手の触れた箇所から、その姿を消滅させていく。

まるで機械にカードを差し込むかのように、速度を持った物体は血を出すことなく飲み込まれるように消えていく。


猪など始めから居なかったかのように、その姿が完全に消えた頃、手の甲に刻まれた魔法陣も役目を終えて効力を失い、甲から消えていく。


生命を一つ世界から消したと言うのに、ラスティア・ヴェルは気に留める様子も無く、何もなかったかのように前を向き直っては再び歩き出した。



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