第18話 古の目覚め

国境近くの森の奥。

誰も寄り付くことのないその森は"魔の森"と言われ、不思議と人の認識から抜け落ち、至る所には不思議な魔力が満ちており、木や果物までもがその影響を受けている不気味な森だ。

その魔の森の奥には限られた者しか知らない変わった迷宮への入り口が存在する。

その迷宮に足を踏み入れたものは、1日居るだけで漂う魔力を吸収し、並外れた力を得るとされている。迷宮の奥には遺跡が存在し、その遺跡こそが森に満ちる魔力の原因でもある。

そんな場所で近頃、日に日に儀式を行う者たちが居た。


「神よ…」

「我らが神よ…」

「神よ、この哀れな世界をお救いください…」


遺跡の中に、如何にも怪しげにローブで素性を隠した者たちが集まっている。

彼らは神を崇める名も無き狂信者たちであり、この世界は狂っていると言い、世界を根底から変えるために、何処からか手に入れた情報に従い、この遺跡に神が存在すると信じて日々こうして祈っている。

彼らが作ったと思われる簡易的な祭壇や松明に火を灯し、儀式を行う。

呪詛のように一斉にブツブツと何かを呟き、儀式を行うたびに、人々の身体には些細な変化だが力が宿り、彼らは神の恩恵だと信じる。

空気から微量の魔力を取り込んで変異しているだけで、本当は何も起こってはいないのだが、彼らは神の存在を信じ込み、今日も祈りを捧げる。

そんな時、偶然か、神の気紛れか、祈りは変化を与えた。

遺跡の至る所に紋様が浮かび上がり、光を帯びる。


「おお…これは…!」

「神が我らに応えてくださったのか…!」


今迄には無かった現象に狂信者たちは各々の反応を見せている。ある者は盛り上がり、ある者は感動に似た感情のあまりに言葉を失い、またある者はより強く祈る。

そんなそれぞれの感情の中で、紋様は次第に光を増していき、其れに寄せ付けられるように祭壇へとより多くの魔力が集束していく。


魔力が満たされたように、祭壇を中心として不思議な文字列が刻まれた魔法陣が展開と同時に起動する。

魔法陣から光の粒子が溢れ出し、放出と同時に集束、何かを形取っていく。

やがて粒子は漆黒へと染まり、次第に形は人型へ。

両足、腹部、腕、頭。

大きなマントを纏い、顕現せし者がその虚ろなる存在から魔力を漂わせる。


「おお…神が降臨なされた…」

「いや違う…まさか…そんな…!」

「我らが崇めていたのは神ではなかったのか…!」


黒き光の粒子が人を象り、始めは盛り上がっていた狂信者たちだったが、一人が其れに気付いた途端、喜びは驚愕と恐怖へとすり替わっていく。


それは神とは程遠く、人の身で有りながら神の領域へと及ぼす力を持っていると言われ、古から今世にかけて唯一、魔の王という称号を与えられし恐怖の化身。


「夜のような色の髪に闇のような瞳、それに同色のマント……間違いない…こいつは…この方は…大昔に存在したとされる災禍の魔王…ラスティア・ヴェル…!」

「…我らは…目覚めさせてはいけないものを目覚めさせてしまったというのか…!」


魔王と呼ばれた黒き女性、ラスティア・ヴェルは漸く開いた瞳で周囲に集まっている者たちをじっと見つめる。その虚ろな瞳は心がまるで宿っていないように深く、見られた者は飲まれるような錯覚すら覚える。

だが、そんな魔王を見た狂信者の一人があることを思い付いた。


「いや、待て。これは使えるぞ」

「どういうことだ?」

「あの様子からして奴は何も分かっていないようだ。ならそれを利用して我らの神として力を振るってもらえばいい」


一人の男は、違う存在ならばそうなるように、魔王を利用しようと考えた。そして男はラスティア・ヴェルの前へと躍り出る。


「我らが神よ、お待ちしていました」

「……」

「今、世界は酷く腐っていて、見るに堪えません。

どうか世界を正す為に、我らにお力をお貸しください」

「……」


その言葉と共に男は頭を垂れるが特に反応は無い。だが聞こえていない訳では無い。恐らく言葉が理解出来ない訳でもないだろう。その証拠に少し時間が経った後にラスティア・ヴェルは静かに歩み始めた。


この力を利用出来れば目的は果たせる、そう確信した周囲がざわつく間も、ラスティア・ヴェルの歩みは男へと近づいていく。男もラスティア・ヴェルからは見えない角度でほくそ笑んだ。

そして男の正面までやって来たラスティア・ヴェルは――――興味が無いように男を素通りして、そのまま入口へと進んでいく。


「!?…神よ、何処へ行くのです?!」

「貴女の力があれば我々は…!」

「お待ちください!」


想定していた事と異なり、焦る狂信者たちは慌ててラスティア・ヴェルを引き留めた。ラスティア・ヴェルは入口の前で立ち止まり振り返る。

その時の目は先程の虚ろな目とは違い、心はあれど、哀れみのようなものが感じられた。


「そうか…君たちも同じか…ならせめて…」


そんな呟きをして、ラスティア・ヴェルは狂信者たちに向けて手を伸ばした。

すると、伸ばした手の先、一カ所に固まっている狂信者たちの足元に突如として全員を内包する程の巨大な魔法陣が出現した。


「な、なんだ此れは!?」


その陣は既存の言葉とは違う言葉が刻まれていることから現在世間に広まっているものとは違うことが一目見ただけで分かる。その上、それだけで強力な効力を発揮することの出来る術式を組み込んだ魔法陣を、複数組み込み一つにした大きな魔法陣。


「悪いけど、私に世界を変えるような力はないよ。私はただの…人の道を外れた咎人なんだよ…」


魔法陣から放たれる光が激しくなり、光が壁となり陣の内と外の空間を切断する。

陣の中に閉じ込められた狂信者たちが幾ら足掻こうと一人として抜け出せず、今更何を叫ぼうとラスティア・ヴェルは耳を貸さない。


「待っ」


魔法陣から空間を飲み込む程の膨大な光の奔流が渦を巻き上げ、中の者たちを飲み込みながら一筋の柱となって天へと伸び、天井の壁を貫き、空まで伸びた。

光の中で幾つもの断末魔の叫びが聞こえたが魔王には届かない。

光柱が消えると、そこには欠片一つすら消え去っており、唯一残った証拠である空いた天井からは明るい光が差し込んでいる。


静寂に戻った空間で一人残ったラスティア・ヴェルは何の感情もなく、静かに遺跡を後にした。


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