第16話 旅支度は万全に

「……何やってんだお前ら」


ある日、銀色の軽鎧を身に着けた一応騎士のリーガルが事務所の扉を開けて開口一番そう言った。


「見て分からないか?準備だ」


事務所の主であるユーウィスが大きな鞄に荷物を積めながら答えた。

セル・シンセサイズァーの一件である程度実力が認められ、以前よりはハーモニス事務所に依頼が来るようになった。といってもあの件に関わった殆どが騎士なので騎士団からの調査協力が大半だが。依頼を寄越すようになったとはいえ、まだ完全には信用はされていないし、変な噂も未だにある。

最近聞いた噂では、騎士団にコネがあるとかないとか。…間違ってはいない、多分。よく来るリーガルだって一応は騎士だし。


「何処かに行くのか?」

「あぁ、依頼で他所の街にな」

「珍しいな、他所まで行くなんて」


リーガルが珍しいと言うのも、今迄細々やっていた為、他所の街は疎か、現在の街でも一日に依頼があるかどうかぐらいで、来たとしても猫探しだの助っ人だのよくあるものだった。それが他所の街へと向かう仕事なのだ。珍しいというのも分かる。認められたといってもそれほど名が売れたわけではないのだがな。


「で、今回はどんな依頼なんだ?」


準備を邪魔しないように勝手に入ってきては手伝うでも無くソファに座っているリーガルから予想通りの質問が飛んでくる。

準備に意識が向いているのでユーウィスは雑に答えた。


「さぁな」

「さぁな、って…」


今回の依頼の詳細はユーウィスにも分からない。というのも、今回の依頼は手紙でなされており、差出人は不明でその内容も、詳細は着いてから話すというもの。本来なら怪しすぎて無視するところだが、幸い、向かう場所は指定されているので、とりあえず向かってみることにした。

行って何も無いのなら、それはそれで小旅行と思えば良いだけである。


「にしても、他所の街から依頼が来るとは…ユーウィスの悪名も結構広まったもんだな」

「よくつるんでる奴が何言ってんだ……で、お前は何か用か?」


ユーウィスは準備する手を止めず、リーガルに用件を聞く。

まぁ大体読めるが…。


「様子を見に来ただけだが?」


でしょうね。

以前にも監視だなんだと言って幾度と訪れては混ざっていたからな。仕事はどうしたと言いたくなる程に。


「暇ならお前も来るか?」

「そうだな、折角だし行くか」


自分で誘っておいてなんだが、来るとは思わなかった。

巡視騎士といっても街の外は範囲外だろうから、断る前提で聞いたんだが。というか即断かよ。


「なら、さっさと準備してこい。もう少し待っててやるから」

「おう。…手続きとかはロワード隊長に頼めばなんとかなるだろ。そんじゃ、また後でな」


そう言ってリーガルは事務所を後にした。

確かにあの騎士団隊長のロワード・ハルバートならその辺り融通が利きそうではあるが、巡視騎士も其方の管轄だったんだな。部署が違うだけみたいな感じだろうか?


「さて、少し時間も出来たことだし、アレを完成させてくるか。

ハク、アレを完成させてくるから、リーガルが戻ってきたら…イジっとけ」

「ん」


準備が終わったユーウィスは、服を鞄に詰めていた助手兼マスコットのハクに後を任せる。ハクが事務所に来てから其れなりになるが、始めに比べればかなり意思疎通が楽になったものである。

そんなハクに留守を任せて自分は山にある研究室へと向かった。新たなる力を完成させるために。





研究を仕上げてから街に戻る頃には半刻程が過ぎていた。予想では一時間は使うと思っていたが思いの外あっさりと作業が進んだのだ。


「思っていたより早く済んだな。良いことだ。」


今すぐ戻っても良いのだが、リーガルの方が手こずっている可能性もあるので、もう少し時間を待つことにする。どうせ戻る前に他にもやっておくことがある。

などと考えながら進路を変えてみると、視界の端に此方を呼んでいるような動きが見えた。


「気のせいかもだけど、もしかしてメルテット?」

「…そういうお前はアトラトルか」


見覚えのあるような人影が見えたかと思ったが、向こうも似たような感じだったようなので間違いは無いだろう。

寄ってきた女性の特徴を頼りに記憶をたぐり寄せる。

名前はチセル・アトラトル。

ユーウィスだけでなくリーガルとも面識がある同期の術師だ。


「別にチセルって呼んでも良いのに」

「面識はあるが其処まで仲が良かったとは思ってない」

「なんか酷いなぁ」


とは言うが、チセル・アトラトルに怒っている様子は無い。

ユーウィスの認識的には切っ掛けがあれが普通に接するが基本的に放置していたという感覚である。例えるなら授業で一緒の班になった隣のクラスの人、という感じに似ていると思う。なお、この例えは此方が社交的では無いことが基準。


「其れより、メルテットはこんな所で何をしてるの?実家此処だっけ?」

「実家は違うが拠点は此処にある。其れで今は移動の為の馬車を探してるんだ」

「馬車?」


そう、荷物の準備はしたが目的地まで行く為の足がまだなのだ。始めはユーウィスとハクだったので、其れなら強引ではあるがユニコーンを召喚して乗っていくという選択が出来た。だけど何時もの会話でリーガルまで誘って承諾されてしまったので、流石に当初の選択が出来なくなった。其れなら勿論移動手段は別で用意しなければならない。


「俺の記憶違いで無ければ、この辺りで馬車を借りられた筈なんだが」

「あー、確かにあったね。こっちだよ」


チセル・アトラトルはそう言って、件の場所までユーウィスを案内してくれるようだった。

そして借りられる場所を見つけたのは良かったのだが、認識とは少し異なり、タクシーのようなものだった。言われてみれば、その方が安心するか。


そもそも全て出払っているので認識が違おうが関係ないのだが。


「此れは困ったな」


手配出来ないとなると移動はどうするべきなのか。

悩んでいると、其れを見かねたのかチセル・アトラトルが自分から手配を申し出た。その申し出を自然と疑う事はしなかったが、逆に心配にはなった。


「丁度使えそうなものがあったからね」


言い方に少し疑問を持つが、其れならと馬車の事は任せてることにして、ユーウィスは一度事務所に戻ることにした。流石にそろそろ来ているだろうと。







事務所に帰ってきてみると、其処には小さな鞄を持ったリーガルが案の定居た。

思っていたよりも小さい荷物の事を聞くと、替えのパンツぐらいしか入っていないらしく、リーガル曰く「これぐらいあればなんとかなるだろ」とのこと。いや、もう少しなんかあるんじゃないのか…。


「俺らは割と移動が多いから不思議じゃねえだろ?」


いや、お前たちの基準を知るわけ無いのだが。

そんなこんなで雑談を交えながら、皆の準備が整ったことで、三人は事務所から出て街の入り口の方へと歩いて行く。先程チセル・アトラトルと別れる際に場所を指定しているので、用意が出来ていれば居るだろう。


「あら、意外とお早い戻りで」

「其れは此方の台詞だ」


指定した場所に行ってみると其処には既にチセル・アトラトルが来ていた。別れてから此処に来る迄其程時間が掛かっていない気がするのだが、仕事が早いことだ。ただ、馬車の手配を頼んでいた筈なのだが、その後ろに見えるものが、馬車では無く荷車に見えるのは気のせいだろうか…


「ん? お前チセルか? 随分と久し振りだな」

「そういう君はリーガル?」

「リーガルだ!」

「冗談冗談」


チセル・アトラトルとリーガルも交流があった故に再会がてらに軽い雑談をしている。リーガルが一方的にからかわれているようにも思えなくも無いが。

そんな雑談も切りの良いところで切り上げられると、その流れでチセル・アトラトルは当然のように一緒に居るハクに目が留まった。何かを思い出すように頭を傾げているようだが、幾ら考えても初対面だぞ。


「此奴はうちの従業員だ」

「ん」


雑な説明だが間違ってはいない。

ハクもハクで訂正する様子も無く、軽く反応しているだけである。

其れよりも此方としては紹介よりも用意された物の方が気になる訳で…


「一つ訊くが、俺は馬車の手配を任せたよな?」

「頼んだね。だけど私は使えそうなものって言ったわよ?」


見間違いでは無かったようだった。

チセル・アトラトルが用意した物は紛う事なく荷車であった。

彼女曰く、巡り巡って自分の所に回ってきたものの、使い道に困っていただとか。考えようによっては今押し付けられているようにも思えてしまう。


「おい、まさか此れを引きながら行くって言うのか?」


流石にリーガルも荷車というのはどうかという反応だ。後ろに乗せたとして一人は其れを引かねばならないから当然だろう。そして面子的にその役がリーガルになるのも当然なのだろう。

それは冗談として、仕方が無いので荷車を見てみたが、意外に大きさはあるので乗るとするならこの人数くらい大丈夫そうだ。


「まぁ馬については問題はない」


そう言ってユーウィスは喚装銃機ガンライザーを取り出してはシリンダーを一つ挿入して召喚を行った。目の前に展開された魔法陣から淡い光と共に人工召喚獣のユニコーンが姿を現す。


『今度は随分と人目のある場所だな主よ』

「悪いな、此れから旅なんだ」

「そういや、その手があったな」

「何此れ!?」


そういえばユニコーンは以前から召喚可能であるが、頻繁に呼んでいる訳では無いので同期といえど見たことあるのは少ない。それどころかユーウィスが召喚を使える事すら知らなかったりする場合もあるので、こんなに驚かれるのは仕方ないのだろう。

ちなみにその横でハクは物怖じしないでユニコーンに触れていたりする。


『して、旅とは?』

「此れから少し距離のある所に向かうから、この荷車を引いて欲しいんだ。馬車の代わりだ」

『心得た』


ユニコーンと荷車を縄で繋げ、簡易的ながら馬車になっただろう。

そして荷車の部分にユーウィス、ハク、リーガルと乗り、何故かチセル・アトラトルまでも荷車に乗った。


「何で乗った?」

「私も街を出ようとしていたから」

「まぁ良いじゃねえか」


まあ此の荷車を用意した張本人なのだからこれぐらいは良いか。スペースも何とかなるし。よくよく考えてみれば荷車を貰った訳でも無いし。


そんなこんなで予定外な事もあったが、こんなメンバーで目的地へと向けて街を出たのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る