第8話 襲撃

次の日。

ユーウィスは早速街へと出ていた。


「まずは情報収集からだ。確か襲撃は夜に来るんだったな」

「あぁ、そうらしいぞ」


自分の容疑を晴らすため、ユーウィスは襲撃のある夜まで街で情報を集めていた。あの騎士隊長を疑っていた訳では無かったが、改めて街で耳を傾けてみると少なくとも闇討ちが起こっているのは確かだったらしい。幸い、その噂の中にはまだユーウィスが容疑者になっているという事までは含まれていない。お陰で情報を集めるのもまだ楽だった。

そしてその結果、現在分かっていることは――


・襲撃があるのは決まって夜だということ。

・犯人は召喚術と思しき術を使うこと。

・襲撃された人物や場所に関係性はなく無差別に行われており、犯人は愉快犯の可能性があるということ。


「犯人像はいまいち絞れないな……」


集まった情報はどれも犯人の正体に当たり障りの無いものばかり。これだけの情報では、ユーウィスが犯人だと言うものは無いが、犯人では無いという証拠もない。あの騎士たちを納得させるには明確な証拠を提示しないといけないだろうに、一筋縄ではいかないようだ。

だけどその前に…


「で、なんでお前居んの?」


ユーウィスは今更のように、隣を歩くリーガルに問う。

初めはハクだけを連れて歩いていたはずなのに、いつの間にかリーガルがいたのだ。


「なんだよ、お前に容疑がかかってるって聞いてせっかく心配してやったのに」


普段通りだった割には、一応心配してくれたようだ。

状況も理解済みだ。


「で、犯人に目星はついたのか」

「全然」


いくつかの情報は得られたが未だに決定的な証言はない。噂というだけあって、皆同じような事しか把握していない為、進展がない。何かしらの手を打たねばならないのだろうが、其れが思い付かない。どうしたものか。


「なぁ、思ったんだけどさ、お前に恨みがある奴が犯人じゃないのか?」

「なんでそう思うんだ?…っても、聞かなくてもなんとなく分かる気もするけどな」


リーガルがそう言う理由は、やはり犯人が召喚術と思しき術を使っていたことが理由だろう。

自慢をする訳ではないが、この街で召喚術を扱う者の中で一部で有名なのはある意味ユーウィスだけである。仮に他の街から使える者が移り住んでいたとしても、ユーウィスは色々と悪目立ちしているところがあるので、犯人がその手の術を使っていたと分かれば、犯人が事前に使えることを知られていなければ、直ぐにユーウィスに罪を被せられるだろう。現に騎士たちが疑ってきたわけだし。だが…


「仮に恨みがあったとしても、そんな心持ちで習得できる程召喚術は甘くないけどな」


資料や機材があったユーウィスでも召喚術の習得に少なくとも二年程はかかっている。といっても、ユーウィスの場合は作成や術式の最適化など色々と寄り道をしているが。

そんな術の習得に、復讐などの淀んだ目的で挑んで、手にすることが出来るとは思えない。


「それに、態々そんなことをしなくても濡れ衣を着せるぐらいなら他にもやりようがあるはずだろう。身辺情報を利用したりな」

「それもそうか。濡れ衣を被せられる確立は格段に上がるとはいえ手間が掛かりすぎるからな。どれだけ前から企んでたんだよってな」


以前から練られるような恨みを昔に買った覚えは無い。

今回の犯人が召喚術と思しき術を使い、ユーウィスが疑われたのは偶然だろう。その犯人の使った術も、突然現れたといっただけで、召喚術だと確定ではない訳だから。この時はそう結論付けることにした。


「それでどうするんだユーウィス」

「確信的な情報がない以上、実際に会ってみるしかないだろうな、犯人に」


噂だけで迫れないのなら実際に見極めた方が一番手っ取り早い。

相手の術の詳細が分かる上、何より、犯人を捕まえられれば容疑を晴らすことも容易だ。


「そういうことなら俺も乗ってやる…と言いたいが悪い。夜は別件があってな」

「気にするな。別に期待はしてない」

「ひでぇな」



元より一人で何とかしようと考えていたユーウィスはリーガルと別れた後、一度事務所に戻ったり、掃除をしてみたりと、いつもの生活を送りながら時間を過ごした。襲撃が起こるのは夜、それも遅い時間。




そして、そろそろ頃合いだろうとユーウィスは夜の街の探索に出た。犯人が本当にユーウィスに罪を被せる目的なら、ユーウィスが捜索している期間にはアリバイに成りかねない行動を控える可能性があるが、本当に別で動いているのなら今夜も何かしらの動きがある可能性は充分にある。

そう読んだユーウィスはまず事件があった現場を回っていた。その隣にはちゃっかりとハクの姿もある。

本来なら、子どもを夜に連れ回すのは気が引けたのでハクは事務所に置いてくる予定だったのだが、ハクが何度言ってもついてくる気だったので諦めて一緒に行くことになったのだ。


「犯人は現場に戻ってくるとは言うが、今回は当てはまらないかもな」


襲撃事件があった路地を通りながらユーウィスが呟く。

騎士たちが片付けた後だからか、ほとんどの現場には犯人の手がかりは何一つ残っていない。だがそれでも、実際に現場を回ってみてから思ったことがある。

それは、事件があった場所は全て人目が少ないということ。

人目を避けるのは当たり前かもしれないが、愉快犯の割には、目立とうとしない、見られない方がいいという意思さえ感じる。

まさかとは思うが犯人は……

その時、ユーウィスは何かを感じ取った。


「…反応有りか。」


ユーウィスは感じた方角を確認した後、其方へと向かう為に道に沿って走り出した。ハクも唐突に走り出した理由が分からないながらも後を付いていく。

走るユーウィスたちの下に一体のゲノムホーネットが飛来し、そのまま併走する。

今回の捜索にあたり、ユーウィスはゲノムホーネットを展開して監視を行っていた。不審な物を見つければ知らせるように命令しており、その反応が先程伝わってきたのだ。


「キャァァァァァァァァ」


向かっている二人の耳に突如女性と思われる高い悲鳴が路地の奥から届いてきた。向かうに連れて聞こえる音は大きくなっていき、ユーウィスとハクはその方向へと急ぐ。すると駆けつけた路地の奥に異形の影が見えた。


駆けつけた時には、左半身が悪魔のように禍々しく変化した人影が女性を襲っている場面だった。

ユーウィスは即座にガンモードの喚装銃機を構え、その人影に向かって魔力弾を放ち、注意を引く。威力は小さいながらも隙を作るには十分で、魔力弾を受けた人影は軽くよろめいている。


「おいアンタ!今のうちにこの場を離れろ!」

「は、はいっ」


相手に隙が出来ている間に女性に声を掛けて、避難を促す。

襲われていた女性が戦線から離れていくのを確認した後、ユーウィスは改めて相手を見る。その相手は身体の半分は黒く変色し、左腕は反対の腕に比べると倍以上に膨れ上がり、手の平は人の頭など簡単に握り潰せそうなほど大きく、左足は棘の鎧を纏っているように突起物に覆われ、頭の側面からは角を生やしている。その姿は悪魔というより半鬼と言った方が正しいか。だけどもう半分の姿が人間に近いことが突然変異のような印象を与えている。


「あれが…噂の奴か…」


この状況で出てくるということは例の件に関わっている可能性はある。

あれが本当に召喚獣の類ならどこかに魔力を供給する術者がいるはず、と辺りを確認するがそれらしい影は見つからない。

その間、半鬼は息を荒くしてこちらを威嚇している。だが妙なのは、魔力弾を止めても銃口は向けたままなのだが相手は此方に対して何もしてこないことだ。

先程女性が逃げても追わなかったということはそこまでの命令は受けていない、という考えも出来るが、それだと連続で襲撃していることにどこか辻褄が合わなくなる。召喚者の意図で動いていたとしても、最後まで襲わないのなら相手が逃げようと思えば逃げられることになる。一体何がしたいんだ…


ユーウィスが対峙する半鬼を観察していると、突然に半鬼の様子に変化が生じ始めた。半鬼が右腕で頭を押さえるような体勢を取ったかと思うと、まるで苦しんでいるように呻きだした。


「ゥゥ……アァぁァァぁあ!!」


半鬼が頭を押さえ苦しみだしたかと思うと、突然周りを薙ぎ払い暴れ出した。その動きは此方への攻撃と言うよりは、振り払おうとしているようだった。


「ハク、下がってろ」


ユーウィスは巻き込みを考えて、後ろにいたハクをさらに下がらせると、半鬼に向けている喚装銃機の引き金に力を入れようとした。

すると、背後に不意を突くような気配を感じた。


「…ッ!」


突如、背後の地面に赤い魔法陣が現れ、そこから半鬼と似た姿の人影が現れる。

今度の奴は正面の奴とは違って両腕が錨のように尖っていた。


「今のは召喚術ッ、それも転移型のッ!」


その人影はユーウィスが銃口を後ろに向けるよりも速く、二人に向かって両腕の錨を勢いよく射出する。


「お前はどっかの船長か!」


ユーウィスは後手ながら魔力弾を放っては、完全に弾けないながらもその錨の軌道を逸らす。逸らされた錨は二人に直撃せずに地面を抉るが、すぐに錨と腕を繋いでいる鎖で錨人の下まで戻る。

ユーウィスは反撃として魔力弾を連発するが、戻った錨で全て防がれる。防がれる攻撃に気を取られていると、立て直していたもう一体の半鬼は人間離れした跳躍力で高く跳び上がる。


「しまっ…!」


その半鬼はユーウィスの頭上を通り過ぎ、ハクに襲い掛かる。


「狙いはハクか!」


迎撃をしようと構えると、錨人が再び錨を射出し、今度はそれを鞭のように振り回す。振り回される錨は狭い路地の壁や地面を抉り取っていく。

この状況では狙いを定めるどころか、思うように動けない。


「くっ、――ホーネット!」


ユーウィスが声を上げると、捜索を続けていた三体のゲノムホーネットが各方角から飛来し、飛来と共に半鬼に突進する。突き飛ばされた半鬼は錨人にぶつかり、地面に転がる。ゲノムホーネットはそのまま守るように二人の周囲を飛び回る。

その間にハクはユーウィスの後ろへと避難する。


「さて、仕切り直しだ…と言いたいがこのままだとキツイな…」


こんな狭い路地では呼び出せるものは限られている為、このまま二体一の構図が続けばユーウィスの不利である。数だけなら上回れるが、明らかに攻撃力に差がある。オマケにどういう訳か、ユーウィスよりもハクを狙う傾向がある為に守りながらの交戦となる。状況は悪い。


打破する策を考えながら、立ち上がった半鬼たちとしばし睨み合いをしていると、突如半鬼たちは何かを察知したようにその場から姿を消していく。


理由は分からないが状況が打開されたことにユーウィスは気を抜き、ゲノムホーネットをシリンダーに戻していると、その場に続々と足音が近付いてくる。此れは一人や二人の音では無い。


「そこまでだ!」


現れたのは騎士団だった。至る所から現れた騎士たちがユーウィスたちを取り囲み、刃を向ける。


「…また面倒になるな」


考えられる限り最悪のタイミングではないかと、自身を取り囲む騎士団を見ながらユーウィスはこの状況にため息をついた。


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