第13話 シンセサイズァー
「お前がハクを生み出した…だと…」
突然の暴露にユーウィスは直ぐには理解することが出来なかった。
其程にハクは、ユーウィスや男が使役するものたちとは違って、平凡的なのだ。
「あぁ、だが突然行方を晦ましやがったが、まさかこいつがお前らのところに居るとはな」
「そんな話が信じられると思ってるのか。ハクが、お前が作った召喚獣ならなぜ魔力供給も無しに長期間行動していられる」
自身も召喚師であり、数日とはいえハクと暮らしていたからこそ持つ疑問。
その問いに男は、暇潰しとばかりに話し始めた。
「何故俺が人間を素体にしていると思う?」
男は突然問いだした。
ユーウィスは男の意図が読めず何かの時間稼ぎである可能性を疑ったが、男はユーウィスの言葉を待つ気はないようで、そのまま話を続ける。
「それはな、始めから魔力を持っている人間を使った方が、供給せずとも自身で魔力を生み出せるようになるからさ」
魔力供給の必要がなくなる。
そうなれば召喚獣の活動時間が此れまで以上に伸びて其れによる功績も伸びるだろう。だが、それは召喚師と召喚獣の関係性を否定しているようにも取れる。
「その中でもNo.3は特殊でな、力を解き放てば相手の精神に干渉して、思い通りに操る事が出来る。今の段階でも軍隊一つ操るのは楽勝だ」
他人の精神に手を加えて思い通りに操る。その力の恐ろしさを理解すると同時にユーウィスは引っかかっていた事が解けた感じがした。
此れまでにハクがやけに人目や敵の意識を引き寄せていたのは、恐らく無意識ながらに精神に影響を与えてしまっていたからなのだろう。だからこそ離れていても優先されたりしていたのだろう。
「それだけでは無い、此奴は人間だけでなく多くの素材を使って俺が生み出した擬似幻想種さ。此れから調整すれば、精神干渉などしなくとも、街一つぐらい破壊することも恐怖で支配する事だって簡単に出来るようになるんだ!」
幻想種。存在しないはずの架空の生物。
ユーウィスや男の使う召喚獣もこれに当てはまらない訳ではないが、それとは格が違う存在。ファンタジーなどで一番知られているものは――ドラゴン。
「…ハクがドラゴンだって言うのか」
「正確には竜に近い姿と力を持った人間止まりだがな。あの姿はそれを抑えた姿だ。準備が整えばドラゴンとして目覚めるだろう」
この話が本当だとすれば、今止めなければハクは望まぬ破壊を行い、街には多大な被害が出る。それどころか国すらも危険に晒される。
「さて、ここまで話したんだ。お前を生きて返すわけにはいかなくなったわけだが、ここで一つ提案だ。お前、俺と手を組む気はないか」
それは先程まで敵意を向け合っていたとは思えない唐突な誘いだった。
「お前の召喚獣も俺たちと同種だろ。ならお前もこちら側の人間のはずだ。なら外道同士仲良くしようぜ」
確かにユーウィスは同種ではある。
外道ということも生み出しているという点では間違ってはいないかもしれない。
だがユーウィスの答えは決まっていた。
「組むわけないだろシンセサイズァー!」
ユーウィスの叫んだ言葉に、此処まで余裕のあった表情だった筈の男は眉を顰めて表情を変える。
「…お前その名を何処で」
「お前の正体は見当がついている。
お前の使う召喚獣は人をベースに異なる遺伝子を組み合わせて作られたものだ。
俺の記憶では、その召喚獣の生成法はシンセサイズァー家に伝わる遺伝子融合技術の応用であり禁忌である人体融合実験そのものだ。だが、その技術を知っているのは後継者のシーナ・シンセサイズァーと彼女に仕えていた執事のみ。だが彼女は亡くなり、執事は彼女の命でこの技術には一切触れることなく、シンセサイズァー家は文字通り潰えた。
…だがお前はこの技術を、それも禁忌を使っている。
それは何故か?シンセサイズァー家には本来後継者が他に居たらしい。そいつはシーナ・シンセサイズァーの兄にあたり、シンセサイズァー家に伝わる技術の一部を盗んで数年前に失踪して生死不明となっていたらしい。
…もう俺の言いたいことは分かるな。
恐らくお前の名は…セル・シンセサイズァー」
場に静寂が訪れる。
男はハッハッハと笑い、纏っていたマントを脱ぎ捨てた。
「…よく知っているな、お前本当に何者だ?」
その声音には先程までの軽さは消えていた。
「なぁに、アンタのせいで冤罪をかけられた被害者だ」
そう答え、ユーウィスは魔力弾をセルに向かって連射した。
だが、セルはその弾丸を全て躱し暗闇に身を隠した。
「ならその礼程度にこいつをくれてやるよ!」
闇の中から声が響き、暗闇に潜んでいた悪魔が姿を現した。
だが、その悪魔の姿は先に戦った時とは違い、身体の大きさが二倍程になり、人の輪郭は残ってはいるものの、それはもう人とはかけ離れた悪魔だった。
その証拠と言わんばかりに口からは血に塗れた腕がはみ出ていた。悪魔はそれを咀嚼し飲み込む。
その様子にユーウィスは直ぐに察した。
「まさか…喰わせたのか、他の奴を…!」
聞いたことがある。多くの生物を一か所に固め、共食いをさせて強い生物を生み出す蠱毒のような呪法を。
それをしたと言うのか…!
悪魔は翼を使って浮かび上がり、スピードを伴ってユーウィスに襲い掛かる。
軌道が読みやすい事もありユーウィスは走って躱すと、悪魔は後ろにあった檻に衝突した。衝突した檻は歪み、悪魔はさしてダメージを受けた様子も無く、それどころか、その中の生物を喰らい始めた。
「これは長引かせると手が付けられなくなりそうだな」
悪魔は他を喰らう度に確実に力が増している。
それにこの悪魔は周りの被害もお構いなしに暴れている。
ユーウィスとしてはこの場所を破壊してくれるのはありがたいのだが、セル自身が暴れさせていると言うことは、始めからこの場所を放棄する気なのか。
そんなこと考えている間にも悪魔が暴れ、ユーウィスがそれを躱し続ける。
隙を見て、ユーウィスはコートから一つのシリンダーを取り出した。
それは今迄とは少し違う、紅と黒に染まったシリンダーだった。
動き回っては食い散らかす悪魔だが、喰らっている間は鈍くなり、今はハクの入った水槽と一列に並んでいる為、今なら撃破と救出を同時に行える。
ユーウィスは喚装銃機にそれを差し込み、魔力を込めて撃ち放つ。
此れまで以上に膨大な紅黒い光の奔流と魔力が周囲を包み、禍々しさすら感じる魔法陣を描き出す。その魔法陣は鼓動のような魔力の蠢きと共に一つの姿を呼び覚ましていく。そして姿を現したのは少女の姿をした何かだった。
闇のような黒い髪に血のような紅い瞳、人ではない事を示すように存在感を放つ竜のような角や翼や尾。この少女こそがユーウィスが自分のデータを素材にして偶然生まれた召喚獣、吸血姫ドラゴキュリア。
吸血姫が顕現すると同時にユーウィスは気を抜けば生気を全て奪われてしまいそうな程の感覚に襲われる。
そんなユーウィスの下に、吸血姫は小悪魔的な表情を浮かべながら、ゆっくりと降下してくる。
「あら、苦しそうね」
「そう思うなら早めに終わらせてくれ」
「カノンちゃんって呼んでくれたらそうしてあげる」
「誰が呼ぶかっ」
クスクスとからかっている此の吸血姫の名はカノン。
これはユーウィスが名付けたのではなく、彼女が自分で付けた名である。
その由来としては、彼女は吸血姫故の性質なのか、何故か媒体とした血を介してユーウィスの記憶を覗くことができ、その記憶に出てきた名を悪戯心から名乗っているのだ。
この吸血姫はユーウィスの持つ召喚獣の中でも群を抜いた力を秘めている代わりに消費魔力も群を抜いており、カラータイマーがあるわけではないが今のユーウィスの実力では三分程しか現界させていられない。
状況は理解出来ているらしい吸血姫は、背後の悪魔を見ると威勢よく言い放った。
「久しぶりに出て来れたからもっと遊びたいところだけど、その醜い姿は見るに堪えないわ。これで消えなさい」
そう言い、吸血姫が手を天に掲げると、その手の先に黒い魔力と巻き上がる血が巨大な槍を形成する。そしてその槍を悪魔目がけて放り投げた。
放たれた巨槍は動きの鈍い悪魔の身体の中心を射貫き、その勢いは消えずにそのまま後ろの水槽もろとも破壊した。
射貫かれた悪魔が身体に空いた穴から大量の血を噴き出しながら倒れ、水槽の硝子は粉々になりハクと共に辺り一面に水が溢れ出す。
だが、その時――
「遅かったな。ここに準備は整った!」
闇から姿を現していたセルが宣言した。
ユーウィスたちは、その言葉を聞かずとも目の前の変化に気が付いた。
水槽から出たハクの身体はどういう訳か地面には付かずにその場で浮いており、其処に破壊したはずの悪魔の身体、血、全てが黒い煙となって吸収されていく。
すると次の瞬間、ハクの身体を煙が繭のように包み込んで黒いシルエットとなって、次第に膨れ上がっていく。
そしてその繭が一定の大きさまで膨れ上がると、殻を破るように黒が剥がれ、白き竜が現れた。紛う事なき幻想の姿から放たれる威圧が場を埋め尽くす。
この威圧感は肌で感じているものなのかそれとも精神に作用しているものなのか。
「さぁNo.3、手始めにこいつらを滅ぼせ!」
セルが叫ぶが、白き竜は反応しない。
まだ安定まで時間が掛かるのか、力が上手く制御出来ていないのか。いや…此れは恐らく抵抗だ。我は残っている。
目の前の竜の放つ威圧感を感じながらも、落ち着いた様子でカノンがユーウィスに呼びかける。
「どうする?今ならまだ止められるわよ」
その言葉にユーウィスは冷静になって考えた。
「何としてでも止めるさ。そしてハクを助ける」
それを聞きカノンはニヤリと笑った。
「そ、じゃあ魔力を多めに頂戴。吹き飛ばすわ、全てを!」
ユーウィスは繋がりを通じて残り少ない魔力をカノンへと供給する。
それを受け取ったカノンは竜にも負けぬ威圧を放ちながら浮かび上がり、迸るような黒い魔力が周囲を覆う。
そして次第に魔力は全てを呑み込まんばかりの黒き奔流へと変わる。
「
紅い閃光を伴った黒い竜巻が放たれる。
荒ぶる暴風によって壊れた檻や床に散らばっていたガラスが巻き上がり、鮮血の刃が切り刻む。黒い竜巻はその場にあったもの全てを飲み込みながら白き竜を襲う。
真正面から其れを受けた白き竜は悲鳴のような声を上げながら、その身体を切り刻まれ、薄い黒鱗が剥がれていく。剥がされたものは黒い煙となって消えていく。
「何故だ、俺の力が…!」
「アンタの行いは此処で潰えるんだ、セル!」
「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁ!!!」
部屋中を覆う暴風と衝撃がセルにも襲い掛かり、身体を切り裂き壁に吹き飛ばされた。後方の壁に叩き付けられたセルは衝撃とダメージによってピクリとも動かなくなったが死んではいないようだ。
黒い暴風が止み、薄く覆っていた黒い鱗が全て剥がされた竜が残された。
すると、竜の身体は白いシルエットとなって小さくなっていく。次第にその姿は見知った少女の姿へと戻っていった。
あの黒鱗は奴の召喚獣の力が宿っていたようで、それがなくなったことで姿を保てなくなり戻ったようだ。奴自身も調整と言っていたが他の力で補強しなければ力を引き出せなかったらしい。そのお陰で元に戻ったが。
ユーウィスはハクの無事を確認した途端、電源が切れたように身体の力を失い、その場に倒れ込んだ。
薄れゆく意識の中、近寄ってくるカノンの姿が見えた。
「もう時間切れみたいね」
身体が透け始めたカノンが言った。
「あぁ…流石にもう…魔力がない…」
ユーウィスがなんとか言葉を紡ぐと、カノンはやれやれといった様子で言う。
「私はもう戻るけど後のことはちゃんと考えているの?…いや、大丈夫そうね」
カノンが何処かを見ながらそう言うと、何かの音が近づいて来る。
「大丈夫かユーウィス!」
どうやら騎士団のようだ。先頭のリーガルが叫んでいる。
「それじゃあ、もう消えるわ」
そう言ってカノンは維持魔力が切れて光となって消え、シリンダーに戻っていく。
一人残されたユーウィスの下にリーガルが駆け寄ってきて起こす。
「なんだ来たのか…もう終わったぞ…」
「おい大丈夫なのか。…向こうに倒れてる男が犯人で間違いないな」
「ああ…奴が…犯人のセルだ」
「そうか、分かった。……そいつが犯人だそうだ!連れて行ってくれ!」
そう伝えると、一緒に来た騎士たちがセルを拘束してこの場から運び出した。気絶しているのだからそんなぐるぐるに縛って拘束しなくても…違った、縛るのが下手なだけだ。
「あとはお前ら…おいユーウィス、おい!」
リーガルの声が遠くに感じる。
限界が来たようでユーウィスの意識は途切れた。
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