第5話 看板娘ハク

「ハクっていうの~」

「小動物みたいでかわいい~」


ハクを保護してからというもの、事務所に立ち寄る人が増えた。ハクを保護する前は怪しいとかで近寄りがたいとか言われていた筈なのに、今では抵抗は何処へ行ったという具合に人が訪れている。

とはいえ、明らかに目当てがハクで、依頼を頼みに来た訳では無いのはほんの数回ですぐに分かった。

聞くところによると、何処かしらから可愛い看板娘がいるとの情報が流れているらしい。お前は客寄せパンダか。客を寄せた所で其れを生かし切れていないので経済は回らないのだが。


今日も変わらずハクを愛でる為に人が来る。当のハクは回数を過ぎてもどう対応すればいいのか未だに分からずに、大人しくかわいがられている。ちなみに依頼する人は今日もいない。

そんな中、事務所の扉が開かれる。


「おいユーウィス、この間の討伐報酬持ってきてやったぞ…って、

なんだ? 珍しいな、他の客が居んのは」 


入ってきたのは、相変わらず仕事はいいのかと疑いたくなる頻度のリーガルだった。いや、毎日ではなく、前回から少し空いているだけまだ仕事をしている方だろう。


「報酬? そういえばあったな、そんなの」

「そんなのって…ほらお前の分」


リーガルは既に居る客の邪魔にならないようにしながら奥まで進んでいくと、奥の椅子に座っているユーウィスの前に少し厚みのある封筒を差し出した。

ユーウィスは差し出された封筒を受け取り中身を確認すると、二人で分けた割にはそこそこの額が入っていた。半分ずつと考えれば本来の報酬金も推測でき、討伐数が一体だけにしてはまあまあな額であろう。其程危険認定されていたのか、あの熊は。


「一応お前の取り分は多めにしておいた。あの子のこともあるからな」


多めと思ったのは、ハクの生活費のことを考えてリーガルが融通を利かせたらしい。一応責任はあったらしい。


「そういやぁ、あれからなんか分かったか?」

「全然」


何のことかというとハクのことである。

少女がハクとしてここで生活するようになってから、素性のことはそれとなく探ったりしているが、何の情報も得られず仕舞いである。そもそも自身ですら分かっていないのだから無理も無い。

考えたくはないが、スパイという可能性が無くはないのでユーウィスはまだ完全には気を許していない。当の本人は客に良いように撫でられているが。その客も用事だかで帰って行き、現在は解放状態である。


「でも…あの子のお蔭で客が増えただろ。いい看板娘じゃねえか」

「依頼は別に増えてないぞ」


これなら猫カフェや梟カフェの方が儲かってた、と此方で見たことが無いから伝わらないだろうと思って口にはしないユーウィスがぐったりしたように見えるハクを眺めていると、また扉が開いた。開いたことに反応して視線が其方にズレる。


「また看板娘目当てか?」


入ってきた客人は何処かの制服のように整った身嗜みの女性だった。リーガルの茶化すような言葉とは違い、ハクをちらちらと見はするけれど、可愛がりに来たという様子ではなかった。


「あの……ここはどんなことでもやってくれるのですか?」

「はい、モノによっては」


客人には一応丁寧に話すユーウィス。

(やろうと思えば敬語を話せるが普段はただ面倒なだけ)


「…んじゃ、お邪魔みたいだし俺も行くわ」


やっとまともな客が来たことで、仕事の話になるだろうと察したリーガルは早々に退散していき、ユーウィスは女性を客人用のソファーに通す。ハクも一応何かを察したのか座る場所を変えている。


「それで、どのようなご依頼ですか?」

「えっと……その子を…貸してくれませんか…?」


女性は控えめながらハクを指定していた。






依頼の内容は一言で言うと助っ人らしい。


聞くところによると依頼人の女性は飲食店の店長だそうで、今日に限って偶然が重なり従業員の大半が出れなくなり、人手が足らないということで、助っ人を請け負ってくれる人材を探していたという。そんな折りに看板娘の噂を聞いて、看板娘なら接客を少しぐらいは出来るかもしれないと、出来なくとも客引きパンダとしては使えるだろうと思ったそうだ。生憎この数日で接客なんてしていた日は無いのでハクにその辺の才があるのかは謎だが。

話を聞いたユーウィスは、今日だけ手伝っても今後は人手が戻る目途があるのかと聞くと、今後のことは大丈夫との答えが返ってきた。もし人手が少ないままだったのならその時は皆で考えると言っていた。今日は極端に人が少ないのだ。


そして現在、ハクは支給されたメイド服に身を包み(何故かウェイトレスではなくこちらを着せられた)、店の前の影がある場所で小さな看板を持って客を集めている。普段から居るだけで客寄せ効果があるからか、何も発していなくても一定数の通行人が捕まえることには成功している。

そのお陰もあって、ランチタイムにはまだ早いにも関わらず、来店する客の数は普段のこの時間よりも客が多かったらしい。

そんな混み出した店内にはユーウィスの姿もあった。

ユーウィスは始め、ハクの保護者としてこの場に同行していたが、予想以上の混雑が想定されたが為にユーウィス自身も制服を借りて臨時ウェイターとして手伝っている。


「なぁ、あの子仕事出来るの?」


注文を受けて厨房の方へと向かうと、丁度料理担当の一人に呼び止められ、ハクを指してユーウィスに聞いた。


「一応教えはしたんで、出来るんじゃないですか……特製サンドイッチ二つお願いします」

「あいよ」


料理を待つ間、次の注文を受けに行くユーウィス。この間も動いていないと回転が追いつかない。忙しさの山は此れからであるので油断は出来ない。

注文を受けて報告しては、料理が出来たものから運んでいく。


案の定時間と共に人足が増えていきながらもなんとか二時間、順調に仕事を熟していく。

そして昼も過ぎた頃、余裕が出来始めてきたユーウィスに対して声が掛けられる。


「そういやお前ら、飯まだだろ?少し余裕が出来たし、まかないだが食うか?」


その申し出に、まかないを食べれる機会もあまりないと二つ返事で了承し、ユーウィスは店の前に居たハクを呼んで休憩を取ることにした。一応休憩は店の様子を見ながら各自順番に取っているので一度に二人が抜けても大丈夫だ。混雑時も一度越えている訳だし。


ユーウィスたちはまかないを受け取ってから空いた端の席に座る。

二人に用意されたのは先程注文があった特製サンドイッチとは少し違った、肉の欠片の寄せ集めたものをスパイスで炒めてパンに挟んであるものだった。

齧り付くと、寄せ集めと思えない肉のジューシーさとピリッとした辛みが口の中に広がり、ボリュームも満点で二人は無心で食べ続けた。


「さて、続きをするか」


食後、ユーウィスは自分たちが使った席を綺麗にしてからすぐホールに復帰し、ハクも少しした後また店の前に立った。

そして閉店までノンストップで働き続けた。


「今回はありがとうございました…報酬の方なんですが……どうすればいいのでしょうか?」

「いや聞かれても…普段は金銭ですけど別にそちらの都合がいいものでいいですよ。こちらも飲食店のまかないって一度食べてみたかったですし」

「えっと…じゃあ、その服でいいですか?」


店長はハクのメイド服を指して言う。まあ現物支給でもいいが…。


そんなわけで話し合った結果、今回の報酬はハクの着たメイド服と、ハクの服装には困っていたと言ったら、代えのメイド服、おまけに帽子(店長の私物)まで頂いた。なにか服を催促したようになってしまった気がするが、気にしないでおこう。


こうなってくると、これからもこういう報酬が増えるのではないだろうか、とユーウィスは内心思った。

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