第4話 コーヒーでも飲みながら

街に戻ってくると少女は注目の的となった。

少女の外見は小柄で反応が薄いとはいえ、小動物的な動き方をしていたりするので、今のように注目を集めるのも可笑しくは無いのだろう。


「かわいいぃぃ!」

「ねぇどこの子?」

「名前はなんていうの?」

「なんでこんなのと一緒に居るの?」

「うちに来ない?」


…思いの外集まっていても可笑しくは無い…筈。

とはいえ、流石に突然に此処まで勢いのある若者たちに囲まれれば、戸惑うだろう。白い少女もやはり困惑している。

通行にも妨げとなっているので、ユーウィスとリーガルはそろそろ助け舟を出そうか考えつつ眺めていると、集まっていた者たちがふと同じ事を思ったのか、疑いの眼差しでユーウィスとリーガルを見始めた。


「「「「まさか誘拐!?」」」」

「「んなわけあるか!」」


突然の有らぬ疑いに思わずツッコミを入れてしまった。しかもシンクロして。

否定をしたが未だに疑いが消えていない周りに、説明するのも面倒になったユーウィスは若者たちをスルーしてそのままハーモニス事務所の方向へ歩いていった。

その後ろではリーガルが一応は誤解を解くことに成功したのか、騒ぎに発展したりという気配は消えているようだった。巡視騎士という立場も合わさっての効果だろう。

誤解を解く際に隙が出来たようで、少女もいつの間にか若者の山から抜け出してはリーガルを放ってユーウィスの後を追っていく。


「悪いな」


気付けば一人だけになっていることを認識したリーガルも若者たちに一言入れてからその場を後にした。


…のだが、それから三人は同じように絡まれ続けた。

その度にユーウィスが気にせず先に進み、少女が抜け出しては追いかけ、リーガルが誤解を解くという構図が自然と出来ていた。それぞれの性格というより思考を考えればそうなるのは必然だったのか。


そんなこんなで予定よりも時間を掛けながらもハーモニス事務所まで帰ることが出来た。


「まさかあんなに絡まれるとはな」

「そんなに目立つ見た目なのか?」


事務所の扉を開きながら言った。

改めてその少女の見た目は、白い長髪に白に近い色の瞳、少し汚れていたり所々破けているが白とわかるワンピース、そして病的なまでの白い肌。

なにかコメントするとしたら、はっきり言って“白”一言である。


「ある意味目立つわな…俺たちには悪い意味で」


ここに来るまで二人は何度も誘拐や虐待に間違われたりしていた。注目ぐらい浴びるのは予想していたが、彼処まで引き寄せるとは思いも寄らなかった。それも誤解、面倒事限定で。

その度にリーガルが訂正していたこともあって、今は少々疲労気味である。戦闘よりも疲れているのでは無いだろうか。

ちなみにユーウィスは一切訂正する気は無かったので疲れてはいない。


「まぁ変な噂が流れたら一番困るのはお前だろうな」

「そういうお前はどうなんだよ」

「俺か?…いちいち第三者を気にしてたら出来ることも出来なくなるだろ」

「お前のそういうとこ羨ましいよ…」


そもそも今更だ、と言いながらユーウィスは着ていた上着を近くに掛ける。それから採取してきた素材を丁寧に扱い邪魔にならない所に置くと、一応客人が居るので其方に出す為のコーヒーを入れ始める。


コーヒーを準備している間、リーガルは自分の家のように事務所のソファーに座って寛いでいる。今に始まったことではないのでユーウィスも態々言うことは無いが、その際に何時の間に盗ったのか、棚の上に置いていた筈の菓子を長机の上に移して食べていた。まぁ客に出すようだったから然程問題は無いけれど。

そんなリーガルを手本にするかのように、少女も真似て反対側のソファーに座っている。


「ほらよ」


ユーウィスはリーガルと少女の前の長机に入れたばかりのコーヒーとミルクや砂糖が入った小さなポッドを置いた。

入れられたコーヒーは黒く、とても香り高かった。

リーガルはそのブラックコーヒーに一緒に用意した角砂糖を八つ入れ、ミルクをたっぷり注いだ。

記憶では、リーガルは其処まで出したコーヒーに砂糖やミルクを其程入れなかった筈なのだが…


「? お前甘党だったか?」


ユーウィスが自分の分(ちゃっかり自分の分だけカフェオレにした)を飲みながら疑問に思ったことを聞いた。


「いや違うんだが、なんかさっきので疲れたからな、糖分を回そうかと」


確かに疲れた時には糖分とは言い、ユーウィスがよく淹れるコーヒーブレンドはブラックにも程がある程度に甘くないので、大量に入れているのも納得できる。


「ふーん」

「ふーんって…お前が訂正しねぇから俺一人で言い続けたんだぞ」

「それはそれは、お疲れさん」

「お前なぁ……」


リーガルはうなだれた。


「それはそうと、そろそろ戻った方が良いんじゃないか?ここに居てもまた変な噂が立つだけだぞ」

「あー、そろそろ戻った方が良いかもな…」


幾ら巡視騎士とはいえ長い時間外れていては駄目かと、リーガルは顔を上げ、カフェオレとなったコーヒーを一気に飲み干す。


「お前に任すのも心配だがその子のこと頼んだぞ。じゃあな」


そう言い残してリーガルは扉から出ていった。どうせまたすぐ来るだろう。

それを見送ったユーウィスは先程からコーヒーを飲んでいない少女の方を見た。

飲み方が分からないのか、やはりブラック過ぎたのか、などと思っていると、少女がユーウィスの方を向いた。


「…ともだち…なの?」


意外な切り出しだった。誰がと言うまでも無くリーガルのことだろう。


「…まぁ、そんなところだ。学生時代からの付き合いでな、つっても専攻は違ったんだが。俺が魔法技術であいつは騎士、なのに何度もあいつは構ってきてな……って今はこの話はいいか」


話を聞いた少女は角砂糖を六つとミルクを入れるとちびちびとコーヒーを飲み始めた。分かってたんじゃないか。いや、先程のリーガルの真似をしているのか?

真似をしているかどうかは置いておき、そろそろ本題に移ろう。


「で、これからどうするんだ?帰る場所か行く場所かあるのか?」


その問いに少女は首を横に振る。この数分で答えが変わっている訳はないか。リーガルはもう行ったし、そうなると当分は此処で保護することになるのだろうか。保護施設に預けるにしても何者かよく分かっておらず、危ない可能性だってあるから押しつける訳にも…


「まぁいいや…とりあえずまず名前を付けないとな。

白いからシロ…は安直すぎるか、じゃあ音読みでハク……なんかどっかの長い名前の川の主みたいだがこれでいいか」

「?」

「お前の名前だ。ここにいる間はお前の名前はハクだ」


臨時とはいえ一応は名前も決まったことで、これからユーウィスとハクの事務所生活が始まった。

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