第3話 名も無き少女
足下に出現した陣の光が吸い上げられるように
そしてその全てが銃口に集まり、紅蓮のような荒い光となりて、放たれる。
喚装銃機から放たれた赤い閃光がジャイアントベアーの方向へと飛んでいき、着弾するよりも手前で弾け、赤い魔法陣を展開する。
魔法陣が動くと同時に新たな生命が創造、構築されていく。
そして…完全な光の停止と共に、目線の先に新たな巨躯が誕生した。
「おい…それはなんだ……?」
現れた巨躯を目にしてリーガルが驚くのも無理はないだろう。
その巨躯は熊よりも人に近い形をとり、その身体は紅く、ジャイアントベアーと同じ程に大きくなり、腕に至っては其れよりも多い四つに増え、明らかに人とも熊とも異なる姿になっていく。
リーガルとは対照的に、組み上がったその姿を見て、もう少し人型なら阿修羅とでも名付けるのだが、とユーウィスは暢気に呟く。
……現在の状況を忘れて。
『グォォォォォォォ!』
敵の注意を逸らしていたゲノムホーネットの一体がジャイアントベアーに叩き潰される。
そしてその流れで次はユーウィスたちを標的にする。
ユーウィスは残りのゲノムホーネットをシリンダーに戻し、生まれたばかりの紅い召喚獣を嗾ける。
「――――――ッ!」
『グォォォォォォォ!』
紅い召喚獣とジャイアントベアーが取っ組み合う。
「こりゃもう相撲だな」
ジャイアントベアーが力強く殴れば、紅い召喚獣が倍の数の拳を叩き返す。
この召喚獣は単に腕が多いだけではなく、ジャイアントベアーの遺伝子の割合が多いだけ有って、ジャイアントベアーと同等以上のパワーを秘めているようだ。
両者がぶつかり合う度にそのパワーファイトの音と衝撃が周りにも広がる。
「そのスモウがなんだか知らんが言ってる場合か!大丈夫なのか?!」
二体の怪獣対決は続く。
手数が多い分、紅い召喚獣の方が多くダメージを与えている。
だが目に見えて限界が近く感じられるのは紅い召喚獣の方だった。
「なんだ!?」
確実に相手にダメージを与えている紅い召喚獣だが、与えると同時に自身にもダメージを受けているようにその身体は徐々にではあるが崩れていっている。
このままでは押し切られる可能性すら存在すると言うのに、ユーウィスは原因が分かっているかのように冷静だった。
「やっぱり採取したものをそのまま使うと安定性に欠けるか…」
召喚獣の作成は普段ならいくつかの段階を踏むのだが、今回はそれを行わずに構築を行った為、なんとか形にはなったものの、安定性に欠け、暴走の危険性も孕んでいた。
そして暴走とは別のもう一つの即席の短所が今にして出てしまったのだ。
「自壊が近いが……もう終わるさ」
紅い召喚獣が腕の多さを生かして、二本の腕でジャイアントベアーの両腕を封じると共に動きを抑え、残りの二本を頭上で合わせたハンマーで思い切りジャイアントベアーの頭を力いっぱい叩き潰した。
ジャイアントベアーは悲鳴を上げる間もなく頭部を叩き潰され、其処から盛大に血を撒き散らしながら、頭を失った身体はドシンと力なくその場に倒れ込んだ。未だに痙攣しているように身体が震えることがあるが、この状態なら直に停止するだろう。
闘いを終えると召喚獣の身体は限界を迎えたのか完全に崩れ落ちていった。時間ギリギリだったようだ。
残された光景を見てリーガルが呟く。
「………エグ」
「終わらせたんだから文句言うな」
リーガルの方が正しい反応だと思われるが、ユーウィスはそんなことは気にせずにジャイアントベアーの死体から小さな肉片や血などを採取し保存する。必要なのか欠片程度でも充分で有る為、これでユーウィスの当初の目的は終わったことになる。
一通りの採取を終わらせて切り上げようと視線を死体から外したユーウィスだったが、その時にあるものに気が付いた。
何処かを見ているユーウィスが気になり、リーガルは聞いた。
「どうした?」
「ジャイアントベアーの陰になってて気付かなかったんだが、向こうに洞穴があるようだ」
そう言われリーガルもその方向を見るとユーウィスの言う通りジャイアントベアーが居た場所の後方に洞穴を見つける。遠目から見たその洞穴の様子は、最近掘られたという感じでは無いのでジャイアントベアーの仕業という線は無さそうである。
「こんなところに居たのはあの中が気になってたってことか?」
疑問が残る中、確認すれば分かると、ユーウィスは洞穴に近づいていく。
依頼の内容や私用は既に終わっているので其処まで調べる必要は全くないのだが、関係があるとしたら、放っておいては後々に何かが起こる可能性がある。其れならば手を打っておく必要がある。
その洞穴は思ったよりも小さいもので、リーガルより身長が低いユーウィスでもしゃがまないと入れない程だった。巨大なジャイアントベアーなら尚のこと。
「まぁあの図体じゃ入れないわな」
リーガルの台詞をよそに、ユーウィスは物怖じすることなく洞穴に入っていく。
洞穴の中は特に変わったところはなく、壁や通りの雑さのある状態からして人の手で掘られたのではなく、自然に出来たと考えられる。
「おい、ちょっと待てって」
ジャイアントベアーが自らよりも小さな場所の何に惹かれていたのか分からないが、入り口に居座っていたことを思うと何かしらがある確立は高い。
そんな事を思っていると突然開けた場所に出た。
開けたと言ってもそれほど広くなく、言うなれば雪で作るかまくらに近い。其れを少しばかり普通に立てるようにしたぐらいの、それぐらいの広さ。
そして、その中心に見つけた。
「なんだ…子どもか?」
そこに居たのは小さな白い少女だった。
念のためにその場を確認してみたが、少女の他には特に此れといって確認は出来なかった。
そうなると、先程のジャイアントベアーはこの少女に反応していたということになる。どうして反応していたのか?此処に入る前に視界に入ったのか?
そんな考えも露知らず、少女は何もないかのように眠っている。
(少女……あいつでは無いか)
脳裏に昔出会った不思議な少女がよぎる。
だが、もう会うことはないと分かっているので振り払う。
「とりあえず保護しておくか?」
「…子どもをこのまま放置しておくよりはその方が良いだろうな」
どのような経緯があるのかは知らないが、見つけた以上は流石に見て見ぬ振りが出来ない。此処に居ても安全という保証はない。
二人の会話が聞こえたのか少女が目を覚ました。
少女は眠る前には居なかった筈の二人を順番に見た後、驚く訳でもなく、何故といった体で首を傾げた。
「だれ?」
「…いやすまない、怪しい者じゃない。俺は巡視騎士のリーガル。で、こいつは怪しい男のユーウィスだ」
「おい」
不思議そうにしている少女に対して、リーガルが慣れたような口調で紹介を始めた。始めたのだが、やはりリーガルはリーガルだった。
「君の方こそこんなところで何をしているんだ?」
ユーウィスのクレームを受け付ける気も無くリーガルは応対を続ける。
リーガルの問いに少女は少し考えてから言った。
「しらない。わたしはなんでそんざいしているの?」
軽い質問をした筈なのに、いきなりの重い返しに何と言えばいいか悩んだリーガルは、小声でユーウィスに話しかける。
「……おいユーウィス、これはどういうことだ?」
「……俺に聞かれても困るんだが」
「……一種の記憶喪失ってことか?」
「……思えなくも無いが、それにしては喪失し過ぎじゃないか?」
「……じゃあ何なんだよ」
「……だから俺に聞くな」
このまま話していてもキリがないと判断しユーウィスは少女に近づく。
「…君、行くアテとかあるのか?」
それに対して少女は首を横に振る。
何故自分がこの場に居るのかどうかも分からないのだからアテが無くても不思議ではないか。
「なら、とりあえずここから出るぞ、話はそれからだ。」
少女はユーウィスが差し出した手をとる。
「そういえば名前は?いつまでも君じゃやりづらい」
少女はまたもや首を横に振る。
どうやら名前はないらしい。いよいよ喪失し過ぎな気がする。
二人は少女を連れて来た道を引き返す。
洞穴から出た頃には、ジャイアントベアーの死体からは完全に脈動が消えており、完全に障害物となっていた。
死体特有の臭いが漂う中を通って一行は森の外へと向かう。
「そういえばあの皮は防具の下地に使えそうだな」
「ああ…確かに、あの手の毛皮や牙は丈夫なものが多いからな。それなら少しばかり貰っていくか」
そう決めてリーガルは通り過ぎたばかりの死体に向き直った。
始めは勢いがあったリーガルだったが、やはり臭いに圧されたのか、毛皮を剥ぎ取るのは断念し、その代わりとして爪や牙を幾つか折っていた。一つ一つが硬い為に苦労していたが。
それから二人は少女を連れて街に戻ることにした。
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