第2話 さぁ、始めよう
「居ねぇな熊」
「そう簡単に出没されても困るだろ」
街を出てから一時間程が過ぎた。
森には無事に着いたものの、討伐対象が見つからない。
それどころか二人は森で迷っている節さえあった。そんな延々と変わらない景色に嫌気が差したのか、リーガルが突然話題を切り出した。
「ところで、突然変異ってどう起こるんだろうな?」
突然変異の対処は初めてではないだろうに、今更のようにリーガルがそんなことを訊いてきた。
気分転換が一番の目的で、明確な答えを求めてはいないのだろうが、ユーウィスは淡々と答えることにした。
「他は知らないが、ジャイアントベアーは魔力を持った個体が稀に生まれることがあり、その個体が共喰いを繰り返すことで誕生するらしい」
通常熊は魔力を持ってはいないが、何かの偶然で魔力を持った個体が生まれてくる事があるらしい。本来魔力を持たない生物が魔力を持った為にその個体の身体は適応しきれず不安定な状態であるらしく、安定させる目的で突然変異を起こすという説を聞いたことがあった。ただ、大抵は我を失って暴走状態が続いているという状態らしいが。
「ほぉぅ…よく知ってるなそんなこと。騎士団の持つ書物でもそんなことは書いてないぞ」
ユーウィスは答えない。
答えたと言ってもユーウィス自身もジャイアントベアーの生態までも直に見たことはなく、耳にした説を唱えたに過ぎない為に信憑性は其処まで高くはない。真相までは彼もまだ分からない。
「待て」
突然変異の謎は一旦横へ置き、ユーウィスが進むリーガルに静止をかける。
どうしたと、リーガルが突然の静止に対して疑問に思ってユーウィスの方を振り向くと、彼が静かに周りの音を探っていることに気付いた。それを認識すると釣られるようにリーガルも黙って探る。
耳を澄ますと、風で木々の葉が揺れ擦れる音、鳥のさえずりが聞こえる。だがその中に微かに不協和音を奏でる声が聞こえる。
まるで、野獣の、歪んだ生命の悲鳴。
「今の声は!?」
「恐らく探してるものだろうな……こっちだ」
居場所を察知しユーウィスは音の発生源へと走り出す。
リーガルも遅れながらも走り出す。
今も微かに聞こえる声を頼りに道なき道を駆けること少し、木々が開けると共に二人の前に紫の巨大な物体が出現した。
それは山のように二人の行く手を阻んでいるが、それは山ではなく、その証拠に小刻みに揺れを感じ取れる。
ぐちゃぐちゃと小さな音を立てながらも動いているそれは、紫の体毛に覆われた大きな背中であり、その全長は二人の身長を足してもまだ大きいぐらいだった。
物体を目視すると、二人は相手が此方に気付いていないことを考え、木の陰に隠れて対象を観察し始めることにした。
「恐らくあれが例のジャイアントベアーだな」
「間違いないだろうな。それにしても噂通りのデカさだな。…さて、どうするよユーウィス?」
振られたユーウィスは相手の動きを観察しながら少し考える。
相手は未だに近くのユーウィスたちに気付いていない事から、嗅覚は其程敏感ではないらしい。もしかしたら感知能力自体が鈍いのかも知れない。
背中を向けていることを隙だらけと取れるが、噂通りの皮膚の厚さなら、一撃で仕留めることは難しいだろう。
それならば此処は、出方を窺うのが妥当か。
「まずは囮を出して様子を見るか」
「…まさか囮になれって言うんじゃないだろうな?」
「安心しろ、その辺は俺の分野だ」
別にお前が囮でもいいが、と少しばかり思いつつ、ユーウィスは腰に提げていた自らの得物を構える。
「相変わらず変な形だなそれ」
その得物は一見、銃の形をしており、設計から作成まで全てユーウィスのお手製の武器である。
その名も"
リーガルが喚装銃機を変な形と言うのは単純な理由が有り、其れはこの世界に銃なんてものは無いからだ。
これはユーウィスが自分の記憶を頼りに自分の手で作りだしたものだ。
記憶を頼りにとは言っても銃の構造を事細やかに把握している訳も無い為、これは従来の射撃武器ではなく、この世界流のアレンジが効いている上に、銃としての機能はおまけに過ぎない。なので使い方も現代の銃とはかなり違っている。
ユーウィスは喚装銃機の先端部を持つと、そのまま斜め手前にスライドさせる。
すると、喚装銃機は本来の姿にモードチェンジし、上部本体に一つ、下部本体に二つ、挿入口が露わになる。
そしてユーウィスは着ていたコートの内側から細長い黄色のシリンダーを取り出すと、上部本体に差し込み、宙に向かって引き金を引く。
撃ち放たれた黄色の閃光は破裂し、光の破片が空中に色鮮やかな魔法陣を展開する。その魔法陣から光と共に徐々にあるものが姿を現す。
現れたのは、手の平程の大きさで蜂のような上半身に鋼鉄化した下半身を持つ三体の生物だった。
これこそがユーウィスが生み出した、ユーウィス専用の召喚獣であり、専門分野である召喚術。
今回召喚されたのはデータ採取を主目的として作り出した三位一体の蜂型生物、ゲノムホーネット。戦闘力は其程高くないとはいえ、複数体で召喚される上に燃費が良く、採取したものを一時的に保存する機能も搭載しているので比較的使い易い部類である。
ユーウィスが少し手を動かすと、ゲノムホーネットはそれだけで意図を読んだようにジャイアントベアーの下へと陣形を組んで飛来していき、一定の距離を保って取り囲むように周囲を飛ぶ。
「……反応しねぇな」
「まぁ少し待て」
ゲノムホーネットが取り囲んでから少し、寝ているのかと疑う程に反応が無い。
もう少し待ってみようとそのまま様子を窺っていると――
グォォォォォォォ!!
動きの無かったジャイアントベアーが突然咆えだし、その大きな右腕でゲノムホーネットを薙ぎ払う。鈍さはあるとはいえ突然の攻撃に、二体は辛うじて避けるが、一体は背後の木まで吹き飛ばされ光となって消滅した。
「急に暴れ出したな」
「そりゃあ周りでぶんぶん飛び回られたら目障りだろうな。…さてどうするよ、今度こそ行くか?」
「今のを見てそう言えるのは感心するよ。…じゃあ行くか、俺が――」
「お前が後衛で俺が前衛だろ」
ユーウィスが言おうとしたことを先回りするリーガル。
流石と言うべきか、説明する手間が省けたとユーウィスが続ける。
「さっきの力には気を付けろよ…それじゃあ……行くぞ!」
二人は木陰から飛び出してジャイアントベアーの前へ。
急に視界に二人が現れたことでジャイアントベアーはまず近く居たリーガルに襲い掛かる。
それに対してユーウィスは喚装銃機を瞬時にガンモードに変形させることで、自身の魔力を喚装銃機に集めて銃弾とする魔力弾を相手めがけて放ち牽制する。
喚装銃機はその機構の為に実体弾の使用を廃し、魔力を弾丸として使用できるよう術式が組み込まれている。魔力弾は貫通力がなく衝撃だけの為に決定打には欠けるが、ノーモーションで再装填が可能という利点がある。
「おらぁぁぁぁ!!」
衝撃を受け止まった隙を見逃さず、リーガルは剣を構えて跳び、ジャイアントベアーに斬りかかる。だが、その剣は案の定分厚い肉に傷を付けることは出来ずに弾かれてしまった。
弾かれたリーガルは受け身を取って着地する。
「くそっ!硬ってぇなオイ!」
剣が通らないことに愚痴をこぼすリーガル。
筋肉で攻撃を弾くとは聞くが、正しくそれである。
「力は大したものだが動きが鈍いな」
分析する間にも手は止めておらず、魔力弾と二体のゲノムホーネットの攪乱でジャイアントベアーの動きを封じ続ける。
二人は一度作戦を考える為に距離を取る。
「悠長に言ってるがどうするんだ?お前の攻撃では致命傷を与えられず、俺の剣はあの肉を貫けない。今の俺たちにあいつに傷を負わせられる術はないぜ」
「術ならあるさ。何なら新たな手を作ればいい。……ある人は言った『今何がないかより、今何があるかで発想しよう』ってな」
まるでそれを合図としたかのようなタイミングで、一体のゲノムホーネットの針がジャイアントベアーを背中に突き刺さり、吸い取るように血液を採取する。ホーネットの下半身に取り付けられているシリンダーに一定量の血液が溜まると採取を止め、瞬時にユーウィスの下に戻ってくる。
そしてユーウィスは喚装銃機を再度サモンモードに変形させ、ゲノムホーネットから回収したジャイアントベアーの血液が入ったシリンダーとコートから取り出していた別のシリンダー二つの計三本を喚装銃機に差し込む。すると、ユーウィスの足下に淡く魔法陣の光が浮かび上がる。
「さぁ、始めようか」
凶と出るか吉と出るか、ユーウィスは新たな実験を開始する。
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