1章 転生者、組み合わせる。
第1話 ユーウィス・メルテットハーモニス
ユーウィス・メルテットハーモニスは転生者である。
前世はこことは違う世界で高橋暮人という名で高校生をしていた。
成績は其処まで悪くなかった。態度にも問題はなかっただろう。言ってしまえば平々凡々な生徒であった。
それがある日、咄嗟に目の前の人を助けて事故に遭い死亡、気が付くと違う場所で自我を残したまま新たな人生を得た。所謂転生というものである。
突然の展開に何故そうなったのか理解できず驚きはした。だが、彼は絶望はしていない。それどころか新たな生を受け入れ、ここでしか出来ないことを成す為に歩き出した。
そして現在、高橋暮人改め、ユーウィスは賑わう街の片隅で店を開いていた。
それは店というよりは小さな事務所、名はハーモニス事務所。…といっても事務所の中に喧噪が生まれるようなことは少なく、在籍してるのは彼一人だけなので、実質ユーウィスの私室のようになっている。ある意味本人の狙い通りであったりする。
「さて…今日はどうするかな」
静かな店内でユーウィスが呟く。
この事務所は依頼一つで魔獣の討伐や護衛などの戦闘から、情報収集や解析など幅広く引き受けるというスタンスで営業している。とはいえ、基本的にはユーウィスの気紛れで開いている上によく実験を行っていることから一般人の間では怪しいなどと変な噂が立っている上、ユーウィスも訂正しようとしないので、そのせいで依頼にくる人は稀にしかいない。
一応生活費の目処は既に付けているので、依頼が来ようが来まいがどちらでも良い。
「そろそろ新しい研究でも始めるか」
今日も依頼は来ないだろうと踏んで、また始めようと椅子の隣に置いてある木製のケースを確認した。そのケースにはシリンダーや何かの欠片が入ったガラス瓶が立てかけられていて、まるで科学の実験用具のようであった。
ケースの中身を一通り確認した後、ユーウィスは何かを考えてから立ち上がり、今度は机の上の鋼鉄製の道具を腰に提げて、ガラッという扉を開く音と共に事務所の外へ出た。
すると、丁度店に入ろうとしていた客人とばったり会った。
「よぉ大将、出かけんのか?」
その人物は野性味を感じる逆立った髪にがっしりとした体格で外へと出たばかりのユーウィスの前に立ち塞がった。
その男は腰に長剣を携帯し銀色の軽鎧を装備していたことから、騎士かそれに通じる職に付いていることが一目で分かった。ユーウィスとしては、はっきりと確認しなくとも此処を訪れるという理由と声の時点で大体の見当が付いていたが。
「何か用かリーガル?」
「せっかく来てやった客に対して何か用かはどうなんだ?」
「……巡視騎士って暇なのか?」
出くわした戦士はユーウィスの友人であるリーガルだ。
リーガルの職業は巡視騎士…といってもまだ駆け出し。
部隊に配属され対象を守護する普通の騎士とは違い、一定範囲内を巡回して問題の対処や争いを止めたりする仕事が巡視騎士だ。交番勤務の警官とでも認識するのが近いか。
ちなみにリーガルいわく巡視騎士は騎士の中でも出世街道から少し離れてるらしいが、本人的には其処まで昇級には興味は無いらしく、逆にある程度自由がきいて気に入っていると以前に言っていた。確かに何かがあったところにはよく見かけた。
「これも仕事の内だ。街の隅で店を開く怪しげな男が変なことやらかさないかの監視だ」
「あぁそう。お前に一つ昔の人の言葉を教えてやる。「第三者の評価を意識した生き方はしたくない。自分が納得した生き方をしたい」だそうだ」
「おいおい、そう言うな。これでも心配してるんだぞ。組織の一部とかではお前を異端視してる者もいるからな」
構わないさ、とユーウィスは言う。
実際、人柄を知らない者の中にはユーウィスの功績や能力に関して不審に思っている者もいれば疎ましく思っている者もいる。なにせ術が術なのだから。だけど第三者の評価を気にしていては出来ることは限られると、ユーウィスは考えている為、このスタイルを変えるつもりは今の所はない。
「おい、何処に行くんだ?」
未だに正面に居座るリーガルを放って、去ろうとすると当然リーガルに止められた。
「研究材料を探しにな」
訊かれたから答えたというのに、リーガルは頭を痛めたようなリアクションをした。
「…なんだそのリアクションは」
「いや、相変わらずだと思ってな。
それならついでに討伐依頼も受けてみないか?一石二鳥ということで」
「討伐だと?」
「いや、この場合は二鳥どころじゃないか」
街の外では人に害を及ぼす猛獣などが存在する。そういった獣は定期的に国から討伐依頼が出されることがある。依頼なので果たせば勿論賞金が貰えるので手練れたちが受けることが多い。
ユーウィスの場合は利益が研究材料と賞金と猛獣駆除とでもリーガルは思っているのだろう。
「そういうのは騎士の仕事じゃないのか?」
「騎士は守護が本領だからな、向こうから襲ってこない限りは自分から争いを生む行為はしないんだよ。逆に其れで争いを呼ぶかもしれねえし、個体によっては争いを好まないのも居るからな」
「…まぁいいか。で、討伐対象はどんなのなんだ?」
「討伐対象はジャイアントベアー。突然変異で巨大化、凶暴化した熊だな」
「熊か…」
ジャイアントベアーの情報はユーウィスも少しばかり知っていた。
その爪は大きく鉤爪のようになっておりその皮膚は厚く並みの刃を通さないと言われる異常種である。突然変異故に個体数は其処まで多くなく、それに加え、複数体が居れば共食い等を始める為にその個体の居る一定領域には別個体は存在しない。
ちなみに熊肉はこの世界では食されているが、ジャイアントベアーは突然変異だからなのか、肉が硬い上に味もかなり不味いらしい。というか喰った奴はどれだけ食い意地が張っていたのか。
「それくらいなら申し分ない」
「随分と余裕そうだなお前」
「ただ実際に見たことないだけだ。それより、場所は?」
「場所はこの街の北にある森だ」
「数は?」
「その森で目撃されたのは一頭だけだ。別個体の心配もない」
リーガルから対象のジャイアントベアーに関する情報を聞き出していく。同じ領域には別個体が存在しないと言っても少し離れれば生まれている可能性もあるが、今回はその心配はないようだ。
一通り聞き終えるとリーガルが気合を入れた。
「そんじゃあ行くか!」
振り返り、今にも歩き出そうかとしているリーガルに対してユーウィスは素朴な疑問をぶつけた。
「…お前も来るのか?」
そう言うとリーガルは小さくため息をついた。
「お前一人にやらせると何するか分からんからな」
付き合いはそこそこ長い筈なのだが、信用があるのか無いのか分からない返答である。だが本気で言っているのでは無く、冗談交じりなのは理解している為、それ以上何かを言うことも無く、二人は目的地へと向かっていく。
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