-52話 少女との別れ
少女と出会ってからというもの、ユーウィスは暇が生まれては少女の屋敷に赴いていた。通う理由は此れと言って無いのだが、ユーウィスは此度も屋敷を訪れていた。
そんなユーウィスは大抵の時は定位置かのように屋敷の庭に育っている果樹に登って、窓が開かれている部屋の主と会っている。
彼女の名前はシーナ。
シンセサイズァーという魔法方面にはそこそこ実力のある家のご令嬢だそうだ。この屋敷も本家という訳では無いが、そのシンセサイズァー家が所持している別荘
の一つとのこと。そう思えば彼女が屋敷の主と言われても不思議では無い気がする。其れを証明するように別荘とは言うがこの屋敷には彼女と彼女の世話係しか住んではいない。
そんな彼女がこんな場所で過ごしている理由は詳しくは訊いていないが、彼女が盲目な事を考えれば、療養であったり隠居であったり、きっとそんなところなのだろう。流石にプライバシー的な事情まで迄踏み込む気は無い。…庭には侵入したが、其れはもう把握されている上で危害の無い子どもと判断されて黙認されている。
「此れは此れは、ユーウィス様」
「お邪魔してます」
彼女の世話係も今となってはユーウィスを数少ない客人として受け入れている。許可を得たばかりの頃は少々警戒されはしたが、何度も会っていれば其れももう無い。
流石に毎度木の上に登っているとなれば、心配されたのか、令嬢から表から入る許可を少し前に貰っている。その為に今はこうして人目を忍ぶ必要も無い。
「お嬢様はいつもの部屋で居ますので、ご無礼の無いよう――」
「分かってます。それじゃあ」
毎回では無くなったとは数回おきに言われるお決まりの注意を軽く流して、ユーウィスはシーナがいつも居る二階へと上がっていく。
もう我が家のようにこの屋敷の中を進んでいるが、いつ見ても此の屋敷は掃除が行き届いているな。一般家屋よりは広いが先程の世話係が全て行っているのだろうか。この屋敷の中を全て行った訳では無いが、本当に他の人は居ないのか?
そんな事を考えながらも一つの部屋の前に到着し、遠慮なくドアを開く。その扉を開くと部屋の中にはベットに座っている一人の少女、シーナの姿が見える。
シーナは扉の開く音に反応して此方に少しばかり顔を向けるが、盲目故に反応を示しただけで誰が入ってきたか等は理解していないだろう。その筈なのだが…
「今日も来たの?ユーウィス」
「毎回思うが、見えてない筈なのによく分かるな」
この部屋に入るのは何度目かになるが、その内の数回は今のように部屋には行って早々言い当てられているのだ。この部屋を訪れているのは主にユーウィスと執事の二人なので、適当に言っても二分の一の確立で当たるとも言えなくないが、ユーウィスが訪れた時に執事だと言われた記憶は一度もない。
「分かるわ。音が違うから」
「音?そんなに違うか?」
確かに執事は基本的に静か動きで音も小さい事に対して、俺は早歩きで動いていたりするかも知れないが、其れだけで分かるものだろうか?それもこんな室内に居ながら。
「私、耳は良いから」
彼女はそう言った。
正直信じづらい事ではあるが、五感の一つが駄目になると残りの感覚が其れを補おうとして鋭くなると思えば、少しは納得出来ない事も無い。彼女の場合は視覚が失われている分、より聴覚が鋭くなっているのだろう。だから音(もしかしたらは声も)で人を判断出来たのだろう。……確証は何一つ無いが。
「まあいいや。昨日の続きからだったな」
そう言いながら近くにある木製の椅子をベットの近くまで運び、其処に座る。そうして始めるのは前世の話。此処とは違う文明を築く世界の話。
以前にユーウィスがぽろっと零した言葉にシーナが引っかかり、気紛れに別の世界の存在を認めてからというもの、シーナにその手の話を聞かせているのだ。今話しているのは前世界の歴史。其れも日本では無く、共通点のありそうな外国の歴史。
「歴史上での活躍はその辺りだけだけど、ジャンヌ・ダルクって名前はそこそこ有名で、その後の人間にも少しばかり影響を与えているんだ」
主に漫画とか創作面でな。
そんなサブカルが混ざったような歴史の説明を、シーナは偶に相槌を打ちつつも基本的には静かに話を聞いていた。
シーナは証明の難しい異世界の話(誇張あり、偏りあり)をされているというのに、疑うような意識は一切感じず、あるがまま話を受け入れている。嘘だとは思わないのだろうか。
とはいえ、そんなシーナが相手だからこそユーウィスも嘘は入れていないのだが。…冗談が通じないから控えているというのも有ったりするが。
そんなこんなで其れなりの時間が経った事だろう。
気付けば窓からは既に赤みがかった光が差し込んでいる。随分と話し込んだものだ。話し込むタイプでは無いのだが、どうしてかこの場でこの話をしている時だけは随分と饒舌になる気がする。
「何度聞いてもその世界は此方の世界とは色々と違うのね」
「まあ魔術とかが無いからな。向こうじゃこっちのような魔術とか魔法こそ物語の産物だよ」
そんな事を言いつつ、日も暮れてきたのでそろそろお暇しようかと片付けを始めていると、その間シーナはぼーっとしていた。ぼーっとと言っても目が見えていないので何処かを見ているわけでも無く、寝ているようにも見えなくもない。直前迄話していたので寝ていないのは分かっているが。
「ユーウィス、一つ聞いていい?」
「…なんだ?」
突然呟かれたそれにユーウィスは何かを感じながら反応した。
その言葉はただ聞いただけのものの筈なのに、先程迄とは違う、落ち着いた…と言うべきか、少なくとも冗談を入れてはいけない雰囲気なのは分かる。
そして其処から続けられた言葉に、ユーウィスは一度で理解する事は出来なかった。
◇
別の日。
ユーウィスは何度目かになるであろう屋敷へと足を進めていた。そして屋敷に辿り着いたは良いが、其処にはいつものような雰囲気を感じられなかった。静けさ以上に寂しさのようなものを感じた。
「お待ちしていました、ユーウィス様」
屋敷の中に入ってみると、丁度出ようとしていたのか執事と出くわした。
「…何かあったんですか?…もしかして…」
「…短い間でしたが、お嬢様と会って下さった事感謝いたします」
その言葉でユーウィスは事情を悟った。
そうか。いずれは来る事だとは分かっていたが、とうとう…
「君が来るようになってから、少しばかりではありましたがお嬢様は明るくなられました。本当に感謝します。
お礼になるか分かりませんが、お嬢様から最後に此れを貴方に渡すように言いつけられております」
「此れは?」
渡されたのは手帳だった。其れもかなり年季を感じさせる物。
「もしかしたら、此れは貴方に不運を及ぼす物かもしれません。ですが幸運をもたらす物かもしれません。全ては貴方次第で御座います」
手帳の中身を確認してみたが、殆ど擦れていたりと読める部分があまり残ってはいない。だけどその中に少しだけ、書き直したのであろう真新しい文字が書かれていた。見た限りでは、何かの場所を示しているようだ…
「もし不要だと思うのなら破棄してくれても構いません。その場合は誰の目にも留まらぬようにして頂けますと有り難いです。」
「其程の物なんですか…」
「押し付けるような形で申し訳ありません。ですが他にお渡しできるような物は私にもお嬢様にも無かったのです。」
執事と最後になるであろう話をしてから、ユーウィスは葬儀に参加出来なかった事を詫びて、代わりとして彼女の居た部屋で手を合わせた後、屋敷を後にした。
恐らく此処にはもう来る事は無いだろう。あの執事も恐らく別の場所で余生を過ごす事だろう。
『貴方は・・・罪を背負う覚悟がありますか?』
彼女の部屋で合掌してから、頭の中に数日前に彼女に訊かれた事が思い浮かんでいた。彼女との最後の問答とも言える会話。恐らくその時点で死期を悟っていたのだろう。
ユーウィスは帰路で手帳を取り出した。先程執事から渡された古い手帳だ。恐らく此れが彼女の言っていた罪に関する物なのだろう。だから執事もあんな事を言っていた。
「覚悟か…」
此れがどんな罪なのかはまだ分からない。
だけど此れが形見であることには変わらない。彼女たちとの出会いの証明として、暫くは持っていようとユーウィスは思ったのだった。
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