0章 過去編
少年編
-53話 少女との出会い
高橋暮人がユーウィスとして生まれ変わってから八年程が経った。
再び生を受けたこの世界は疑う余地も無く、元の世界とはあらゆるものが異なっている世界だった。異世界と言うべきだろうか。文化も元の世界に比べて衰えていると言うよりはそもそも違う道を進んでおり、あちらには無かったものが存在していたりする。放牧というわけでも無く、野生にしても凶暴かつ大きな、それでいて聞いたこと無いような名称の獣が郊外に生息していたり、現代日本では無いような変わった役職が存在していたりする。その中でも一番異なっているものはやはり魔法の有無だろう。
そう、この世界には魔法が存在する。しかも前述の文化も幾らかその存在を取り込んだものへと進んでいる。それ故、機械的な技術は少ないが、魔法的な技術があるため、其処まで不便という訳ではない。…流石に全面とは行かないが。
そんな世界で高橋暮人改めユーウィスの生まれたメルテットハーモニス家は、どちらかと言えば裕福な家庭だ。貴族では無いが、それ故にお家騒動なども無く柵みに縛られる事も無く、至って平和な日々を送っていた。案外、現代日本よりも気楽
にいられるかもしれない。
ただ、街中では猛獣の被害などは少ないとはいえ、それはそれで変化が無く、することも限られている。限られているとはいえ、その辺りの書物などを使って勉学は自主的に行っている。親から教えて貰ってもいる。
「うちの子は覚えが早いの」
そりゃ、精神的には青年だからな。
だけど自主的には勉強はしているが、まだ学校のような機関には通っていないので、暇な時間は割と生まれるのだ。
それ故にユーウィスは家を抜け出した。
彼からしてみればこの世界はまだまだ未体験の世界であり、全てが新鮮であるのだが、両親が過保護すぎるせいなのか、普段は一人で外出することが出来ない為、こうして隙を見ては外に出かけているのだ。
自分の目でこの世界を視るために。
「それにしてもこの街は広いな。流石は人口密度が濃いだけはあるな」
ユーウィスは少しの沈黙の後、初歩魔法の一つである身体強化の一種、跳躍強化を使った。自主勉強の際に見つけた書物から得たその技術はまだ使い熟すとまではいかないが、慣れ始めた程度には扱える。
足が淡い光を帯び、足で軽く地面を蹴るだけで建物の二階に軽々と到達出来る程の跳躍を見せ、民家の屋根に着地する。
「やっぱりまだまだ慣れないな。折角だからこの世界の理に従って魔法を使ってみたは良いが、しっくりこないな」
この世界に存在する魔法は実にアバウトである。
仕組みを簡単に説明すると、頭で自身の体内の魔力を変換、構築することをイメージすると現実に魔法術式が構築され発動するという仕組みである。なんともイメージ力を要求されることである。さらに難易度が上がるとその要求も多くなる。小技としては術を組む際に力を持つ言葉――言霊を用いて術式を補助、精度や効力を上げることも出来る。ただ初級はその補助に使える言霊もあまり無いのだが。
ユーウィスは跳躍強化を維持したまま、屋根から屋根へ、偶に地上に降りたりもしながら移動する。ランニングと言えなくも無い。
「この辺だと街を見渡せるな」
そうして移動を重ねた後、ユーウィスは屋根の一つで足を止めた。場所としては実家から少し離れた位置。地形的理由と階層的な理由が合わさって他よりも高さのある建物だ。街が大都市ほどでは無い事も有って、街全体をある程度見る事が出来る。
「ん?」
故にとあるものを見つけた。
「あんな所に建物なんて有ったのか…」
其れは街の中と言うよりは外れに立っていた。遠くから見た外見は他との一貫性も無ければ共通点も感じさせない。其処だけ領域が違うようだった。別に街全てを把握している訳では無いが、他よりも距離を置いたような位置に立っている其の屋敷には少なからず興味が湧いた。
「調査がてら行ってみるか」
そう決めるとユーウィスは既に切れている跳躍強化を再び行使してその方向へと向かい始めた。その途中で魔力が思いの外減っていることに気付いて、魔法の使用を抑えながらも進んでいく。
一応は街の一部として認められている筈の屋敷。だけどその方向へと向かうにつれて、同じような事を思っていたのだろう子どもたちから妙な噂が耳に入る。情報が手に入るのは都合が良い。とはいえその情報によると屋敷が建ったのは昨日や一昨日の話では無い事は分かったが、どのような者が住んでいるかについては掴むことが出来なかった。
「まぁ、放置されているのだから危険な場所では無いだろ」
遠くから見た感じでは廃れている訳では無く、逆に手入れがされているような印象を受けた。マメな証拠だ。少なくとも柄の悪い輩では無い。
そう思いながらも歩みを続け、ユーウィスは街外れの屋敷へと辿り着いた。
屋敷に到着してまず出迎えたのは植物のアーチ。門が無い代わりに存在する其れが敷地の入り口を明確に現している。そのアーチの先には庭があり、其処で育てられている植物も始めの印象同様手入れが行き届いている。
「ん?これは…」
その手入れがされている植物の中には見知った花の他、ユーウィスが実際には見たことの無い植物も其処にはあった。だが見たことが無いだけで図鑑によって知ってはいた。
其れは、すり下ろして服用すれば少しとはいえ痛みを和らげる作用のある花だった。よく見てみれば庭の一部箇所に同じように微量ながら薬効作用のある植物が数種類育てられていた。
「此処の主は薬師か何かなのか?」
この手の植物は安定した環境でないと育ち辛いらしいが、今目の前にある植物はどれも良い品質を保っているように見える。扱いを知っている者に売れば良い小金稼ぎにはなるだろう。まぁ流石に盗むような真似はしないが。扱いも知らないし。
其れに、少なくとも無人の屋敷では無い事は分かった。放ったらかしでこの質を保てるわけが無いからな。
薬効植物が存在する庭の端には少しであるが果樹も確認出来る。実はまだ熟してはいないようではあるが、その木自体は中々に大きい。その高さは屋根にも到達している。屋敷のすぐ近くにある故に其処から二階に飛び移ると言うことも出来そうである。其れが実現出来るとばかりにすぐ近くの窓は空いていた。そして其処から見える屋敷の中で何かが見えた気がした。
「誰か居るのか?」
興味本位で訪れただけで、盗む気も襲う気も無かったが、せめて何者かの顔ぐらいは見ておこうとユーウィスは思い、窓から一番近くである果樹に登り始めた。
「……」
窓の開かれた部屋の窓側に置かれたベットに一人の少女が居た。その少女は何をする訳でもなく、外から流れてくる風に当たりながら、窓の外に目を向けていた。するとその視線の先にある木から揺さぶったような音がした。
「…其処に誰か居るの?」
するとその少女の問いに反応するように更に木からガサゴソと音が響いた。そして聞こえる、少年の声。
「見えてないのかと思ったが、やっぱり見えてるんだな」
そう言って、窓へと伸びる枝の上にユーウィスの姿が現れた。今のユーウィスの体重ならば枝が折れることはない。そう理解したからこそ枝の上に居座る。
ユーウィスが姿を現したが少女は其程驚いた様子は無い。それどころか微妙にずれている気がした。その様子にユーウィスは先程から思っていた事を再び感じた。
「いや…」
正面に現れたと言うのに、少女は此方を見てはいない。顔は此方を向いてはいるのだが、その視線は微妙に此方を向いていない。もしやと思って、うろ覚えの手話を静かにやってみたがやはり反応は無かった。
「見えてないんだな」
そう言うと、少女は何を言うわけでも無く頷いた。此方が何者か分かっていない筈なのに隠そうという気も無いようだ。
「どちら様ですか?」
「木の中からの発言だが、怪しい者じゃない。こんな所に屋敷が立っている事に興味がそそられた少年Aだ」
別に嘘は言っていない。名前は伏せたが。自分で怪しくないと言うのは、怪しい者の常套句な気もするが此れも嘘では無い。
だがまぁ、あやふやな名乗りではお気に召さなかったのか、リアクションが無い。
「…名前は冗談だ。
ユーウィス、一応この世界ではそう言う名前だ」
「この世界では?」
「君は?此処の家主か何かか?」
「ええ」
本当の名前を名乗ったからか、其れとも名乗り方によって興味を引いたのか、元々なのか、少女からは警戒の色は無かった。
ユーウィス・メルテットハーモニス 8歳
この出会いがその後のユーウィスの何割かを構築することになる。
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