3-7 リアクション=連鎖的
――――光弾の雨は、暴風雨へと様変わりしていた。
俺たちの周りを包囲する異常者たちによる攻撃。……包囲というよりは集ってきた、というのが正解なのだろう。
辺りを徘徊していた
――――畜生、蛾じゃあるまいし……!
乱れた服によだれを垂らし、白目を向いている青年。きききき、と奇妙に喉を鳴らす中年女性。やたらめったら全力で拍手を続けているやせっぽちの女。
それ以外にも、明らかに正気を失った人々が複数集まって。そいつらが光弾やらビームやらをそれぞれに乱射しまくっている。
もはや周囲の状況すらまともに
「くそ……」と悪態をつき舌を打つ。
俺自身は夢の無効化のおかげで大きなケガは負っていないものの、光弾やビームの夢によって弾け飛んでくる瓦礫は、しっかりと視界と行動を阻んできて。
「うっ、くぅぅ……! まだ、まだ耐えられますっ……!」
自身の周囲に防壁を張っている柳は、そのバリアを維持するために全神経を集中している。
……曰く彼女は、その性格からか攻撃的な夢を紡げないらしい。しかしその分、治療や守りに関する夢の力は相当なものだと聞いている。そんな柳をして余裕がなくなるのだから、攻撃の激しさは推して知るべしだろう。
「おい囚人! なにか手立てを考えろ! 知恵だけが貴様の取柄だろうが!」
叫ぶリリアンは、もはや赤と黒の影としてしか視認できないほどの速度で駆け回り、己の得物で次々に光の攻撃を切り払っている。
そんな赤毛のメイドもまた、先ほどまでの冷静さが鳴りを潜めていて。
「言われなくても考えてんだよ……!」
ひっ迫した状況。余裕がないのは百も承知だ。
だからこそ、現状を打破する一手は絶妙手でなければならない。
――――さっきみたく光弾そのものをを消したところで話にならないんだ。表面的に攻撃を防いでも意味がない。もっと根本の部分を無効化する必要がある。ならどうする、どうすればいい。
そう考えている間も、光弾やビームの破壊音に混じってげらげらと笑う声やら号泣する声、ききききと喉を鳴らす音が耳に入ってきて。
――――くそ、鬱陶しい! 集中できないんだよ、少し黙れこのジャンキー共……!
こちらの気も知らず好き勝手ハイになる異常者たちに苛立ちを抱いて――――ふと、引っかかりを覚える。
異常者、中毒者……ジャンキー。遠目に見える虹色の煙。『ファクトリー』が作っているもの。パズルのピースがかちりと嵌るような感覚に、ぞわりと震えて。
――――そうか、その手があった。
思いついた瞬間、俺はすぐさまに全力で声を張っていた。
「――――お前ら! 耳の穴かっぽじてよく聞けっ!
薬って名の付くもんは、いつか絶対に効果が切れる! 鎮痛剤だろうが風邪薬だろうが痛み止めだろうがシャブだろうが、全部同じなんだよ!」
あらん限りの声量で叫ぶ。異常者たちは変わらず光弾の雨を降らせ続けているが、声を張る度わずかに反応を見せていた。……俺の言葉は、確実に届いている。
「要太郎、さん? いったいなにを……?」と、戸惑いを見せる柳に、大丈夫だという意図を込めた視線を送り。
「延々ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃんと喚きやがって……! いいか、物をまともに理解しねえお前らに! 一回だけ! 分かりやすく言ってやる!」
息を思い切り吸い込み、腹に力を溜める。同時に、己に宿るイドルムを意識して――――――
「――――お前ら、いつまでもトンでられると思ってんじゃねえッ!!」
全力の絶叫で、俺は奴らの夢を否定した。――――瞬間、再び静寂が訪れる。
あれだけ好き勝手に喚いていた異常者たちが、水を打ったように静かになって。
――――よし、成功だ……!
お前らは確かに自由なんだろう。確かに幸せなんだろう。
だが、その快楽と多幸感は決して長くは続かない。限りなく溺れていられるものではない。だからそう――――今すぐにその効力が切れても、なにもおかしくはない。
ある程度筋を通したその理屈は、イドルムの力を補完するためのものだった。
常時発動しているらしい俺のイドルムは、なにも意識しなければ触れた夢を壊す程度のことしかできない。
だから、声に乗せた。さらに、理屈を上乗せした。より遠くに、より強く、俺のイドルムが届くように。
奴らに働く薬を、根こそぎ無効化するために。
結果として俺の判断は間違っていなかった。だが――――まだ足りない。
相手は理性を自分から消し飛ばした異常者連中だ。徹底的に追い詰めなければ、妙な妄想を発展させて復活しかねない。そう考えた俺は、さらに言葉を重ねていく。
「その手の薬は切れた後がエグいんだってな。
体に力が入らなくなって、気力もなくなる。呂律も回らねえし不思議と体が冷えてきて震えが止まらなくなる。
副作用ってやつだよ。いつまでも幸せにトリップなんて出来ねえってことだ!」
次いで、がくん、と。中毒者たちの肩が下がる。地に膝を突く人間もいた。
浅く速い息が聞こえる。声にならないうめき声まで響き始めた。
……効いている。間違いない。だかまだだ、決定打には程遠い。
「それにな」と、さらに口を動かして畳みかける。「一番怖いのは幻覚だ。大量の虫が体に這い回る。誰かから絶えず監視され命を狙われる。知らない人間が幽霊みたく急に表れて自分を襲ってくる……とかな。そんなことあり得ないと分かってても、目の前に現れるから信じ込んじまう。一等厄介な副作用だ」
俺がそう告げた瞬間、強烈な銃声が響き――――憤怒の表情を浮かべた老人の額に、風穴があいた。……突然の出来事に一瞬戸惑うも、すぐに原因に気が付く。
――――……なるほど、副作用の幻覚はそう働くのか。
工場建屋の窓の隙間から、大量の蛆やゴキブリ、百足が一斉に這い出て来る。
血塗れの幽霊が突如現れ、中年の女にまとわりつく。
名状しがたい蛸型の化け物が、鉄塔に絡みついて瘴気を吐き出している。
「あ、ああ、あああああああ!? なんだよあれ、来るな、来るんじゃねえ! あ、ああ!? うあああアァァあ!」「やめ、やめて、やめてやめてやめて! いやあああああ!!!」「おご、ぉごあぉ!? ああ、はいって、こないでえ! ごば、ぐぼぁぁぁ……あぁぁあああ!?」
禁断症状が生み出したネガティブな妄想は夢となって具象化し、異常者たちを次々に襲っていく。その光景はやはり、現実離れしていて。
ふと、視界の端にやせっぱちの女が見えた。己の生み出した恐怖の妄想にがくがくと体を震わせながらも、その女はスカートのポケットを慌ただしく漁って。
落としそうになりながらも女が取り出したのは……虹色の液体に満たされた、細い注射器。またトぶ気か。そうはさせない――――――!
「そうだ、言い忘れてたけどな――――」
再度、大きく声を張ろうとするも……やせっぱちの女はその間に、己の腕に深々と注射針を刺していた。ピストンに押され、血管へと注入される虹色の液体。
女の顔が恍惚に染まっていく。這っていた虫たちも消えていく。
――――ちっ、遅れたか。でも……まだ間に合う。
急ぎつつ、焦りはしない。重要なのは、いかにして説得力を持たせるかにある。
俺の言葉を信じさせる必要があるのだ。そうすることで相手の認識を変化させれば、俺のイドルムはさらに通りやすくなる。
切羽詰まった中毒者の耳にもしっかりと届くように俺は、はっきりと、大きな声で言葉を紡いで。
「お前ら、常習も常習だろ。だったらもう体の中に糞ほど強い抗体ができてるに決まってる。
だから――――お前らにはもう、薬の効果は現れない」
言い切ったその瞬間、やせっぱちの女の顔が蒼白に変わる。おそらく、来ないのだろう。期待していた興奮と高揚が。
そして、消えかかっていた蛆や虫たちが再び像を明確にしていき……ぞわぞわかさかさと、やせっぱちの女の体を這い回っていき。
「ああ、いやいやいやいやいやいやいやああ!! ごぼっ、おえぇぇ……! っ、かはっ、あああ、ああああああああアァァアぁぁああああぁぁあ!!!!!」
絶叫とともに虫に覆われていく異常者の女、その末路をきちんと見送ってから俺は、柳とリリアンの方へと振り返る。
障害は取り除いた。これ以上もたもたはしていられない。そんな意味を込めて言葉を掛ける。
「よし。先を急ぐ、ぞ……?」
と、なにやら二人の様子がおかしかった。柳は奥歯をかたかたと鳴らしながら震えており、リリアンは露骨に眉間にしわを寄せている。
「どうしたんだ?」
と小首をかしげて問えば、柳が「え、いや、その……」と口ごもり。
リリアンは、道端に落ちている虫の死骸を見るような目で俺を見て一言。
「案外悪趣味だな、貴様は」
「悪趣味……!? いや、確かに結果から見ればそうだけどあの夢は俺が直接やったわけじゃないからな?」
「しかし、結果悪趣味なことには変わりない。貴様、あまりこちらに近付くな。
――――柳局長、先を急ぎましょう」
こくこくと激しく頷いた柳は、脇目も降らず駆け出すリリアンに付いていく。律儀に身体強化の夢は掛けたままにしてくれているが。
「流石に置き去りは酷くないか……!?」
腑に落ちない気持ちを抱きながら、二人を追って俺も走り出す。
その精神衛生面はさておき。――――目的のビルまでは、あとわずか。
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