3-6 幻覚=エネルギー弾




 ――――上空から降り注ぐのは、光の弾。


 ソフトボール大の球状の光が、赤や黄色や緑など様々に輝きながら落ちてくる。

 地面に打ち込まれた光弾は、ばん、と炸裂するとともにコンクリートを抉って。

 雨あられと降り注ぐ光の塊から逃れるように、三人でひたすらに走る。


「ちっ、しつこい―――――っ」


 リリアンは目にも止まらない速さで動き回る。両手に持ったマチェットが黒い旋風のように轟音を上げ、迫り来る光弾を弾き、斬り、吹き飛ばして。


「っつぅ――――――なんて威力っ……!」


 柳は俺の傍を供に走り、こちらに降ってきそうな光弾へ向けて掌をかざしている。

 すると光の弾は、見えない壁に衝突して勝手に炸裂するのだ。恐らくは、夢を使った防壁かなにかを展開しているのだろう。

 その他にも柳は、俺に対して身体能力を強化する夢をかけ続けている。……俺の中には『夢を無効化する』イドルムの能力が宿っているが、『夢を受け入れたい』と強く意識すれば、ある程度夢の恩恵は受けられるようだった。


 そのおかげもあり、夢を駆使するリリアンと柳の激走に付いていけているのだが。


「ったく、なんだってんだよっ……!」


 不条理さに堪え切れず、やけっぱちに叫ぶ。この状況の意味の分からなさ、理不尽さは相当なものだった。

 なにせ、げらげらと笑う女が、鬼の形相の老人が、無表情の男が、夜空をバックに宙を飛び、各々の掌から様々な色の光弾を乱射してくるのだから。


 ――――意味がわからない、理解できない……! なんなんだこの光景は、なんなんだこの状況はっ!


「そもそもなんなんだ、この光の弾は!?」

 

「たぶん、エネルギー弾? みたいなものじゃないかと……!」と柳。


「え、エネルギー弾……!? 何エネルギーがどう作用すればあんな威力の弾になるんだよ!?」


「理屈などあるものか。ここの人間が見る夢の特徴だ。よく聞くだろう? はああいう幻覚を見やすい」


 淡々と言ったリリアンはふわりと宙に飛び上がり、独楽こまのように高速回転しながら山刀を振り回して、飛んできた光弾全てを弾き飛ばした。

 音もなく俺の隣に着地した赤毛のメイド。彼女が持っているマチェットをふと見れば、その黒い刃はぼろぼろに痛んでいて。


「おい、その山刀――――」


 声を掛けようとした瞬間、リリアンは背後へ向けて思い切り二本のマチェットを放り投げた。くるくると回転しながら高速で空を飛翔する黒い刃は、その内の一本が無表情の男の腹へ深々と突き刺さって。


 どさり、と男が頭からコンクリートに落下する様に気を取られかけ、そんな場合ではないと思い直して前へと向き直る。今はなによりもまず、目的の場所まで走り抜けなければならなかった。


「あのゴミ共は理性のタガが外れている分、願いの強度が高い。生半可な夢は押し潰される。……柳局長、ご無事ですか?」と、新たなマチェットを手元に出現させたリリアンは、背後を窺いつつ走る。


「な、なんとか……! 確かに強力な夢ですけど、防ぎ切れますっ!」


 柳の声は焦りを滲ませながらも自信に満ちている。この調子で行けるなら、例のビルまでは到達することも可能だろう。ただ――――


「――――――――ちっ、増えるか……!」


 リリアンの悪態。そう、まさかこの調子でずっと行けるはずもない。

 ここにたむろしているのは常に頭がトンでいる不安定な人間ばかり。となれば、一度誰かが感情を破裂させた時、それが伝播してが起きるのは必然だろう。


 なにが悲しいのかとんでもない声量で嗚咽する、中年の男。

 ぷるるるるるるるる――――とひたすら唇を震わせて走る女子高生。

 鉄塔の影から現れたのは二人。これで計四人。光弾の雨は激しさを増す。

 ピンク、紫、青、オレンジ――――カラフル具合まで三割増しに、光の弾は続々と降り注ぎ、次々に破裂して。


「ど、どうしましょう……!? まだ耐えきれますけど、このまま増え続けるとなれば――――きゃっ!?」


 あまりの弾幕の厚さに柳は一発を防ぎ損ね、それが彼女の足元で炸裂した。

 不意を突かれ足をすくわれた柳は、そのまま地面へ転倒してしまう。


「くっそ……!」


 咄嗟とっさに急ブレーキ。反射的に踵を返した俺は、倒れ込んでいる柳の元へ駆け寄る。容赦なく彼女へ襲い掛かろうとする光弾。その射線へと強引に割り込むように腕を伸ばし――――


「間に合え――――――――!」


 中指の先が、光弾をかすめた。その瞬間、光の弾は音もなくして。

 これ、は――――そうか、イドルムか。瞬間に察し、理解する。

 柳はまだ起き上がれない。その間もなお迫り来る光弾の雨を、きっと睨みつけて。


「効くかよ」


 無数の光弾が一斉に俺へと着弾するも――――無傷。俺の体へ触れた先から光弾は、跡形もなく掻き消えて。

 ――――夢の無効化のイドルム。……本当に、俺の力なんだな。

 目の前に表れたその効果に、改めて実感を抱く。この力はやはり俺のものなのだと。

 すると、追ってきた異常者たちの行動が変化する。俺に半端な夢は効かないとわかったのか、光弾は全て俺を迂回して避けるような軌道を取り始め――――背後の柳へと狙いが変わる。同時に、光弾そのものの数も増やしてきて。


 歪曲軌道をもってしての全方位集中砲火。いちいち体に当てて無効化していては柳を守り切ることができない。

 だったら―――俺の力をまで。例のチュートリアルバトル応用編だ。肝要なのは声の大きさと断言の仕方。つまり――――


「――――こんなマンガみたいなエネルギー弾、あり得るわけないだろうが!」


 言葉による否定。すなわち、現実的な理屈による夢の拒絶。

 それは果たして――――現れていた光弾全てを根こそぎ消失させた。

 まるで初めからそこにはなにもなかったかのように。不自然な空隙と静寂が闇夜の工場に漂って。


 その隙に柳の手を引く。「あ、ありがとうございますっ」と起き上がった柳に礼を言われ、「どういたしまして」と短く返し、並んで走り出す。

 駆けながら、彼女の白いシャツワンピースに付いた砂埃を軽くはたいてやって。


「流石に、守られてばかりでもいられない」とこぼせば。


「当然だ」と冷徹な声。同時に黒のつむじ風。リリアンが俺たちの横を駆け抜けて、隙を見せていた四人のうち、ひとりの首を刈り取った。

 煌々と輝く人工的なライトに、鮮血の尾を引いて飛ぶ生首が照らされる。


 マチェットを勢いよく振って血を飛ばした赤毛のメイドの姿を見て俺は、虚を突かれる思いを抱いた。てっきり、先に行ってしまったのだと思っていたが。


「戻ってくるとは思ってなかったよ」と正直に言えば。


「冴様のめいだ。捨て置きはしない。……もっとも、それ以外の理由もあるが」


 と、冷徹で直接的な言動の目立つリリアンにしては、あまりはっきりとしない言葉が返ってくる。

 ……その言い回しに嫌な予感を覚えた俺の勘は、恨めしいほどに正しかった。




「――――退路を塞がれた。包囲されている」








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