2-7 閉塞=とりかご
ある意味予想通り、と言うべきか。
そいつは何の脈絡も無く、突然現れた。
ベレーの乗った紫髪をたなびかせ、八重歯を見せてにやっと嗤う少女、フェノ。
オーバーオールのポケットに手を突っ込んで、宙をくるくると飛び回り、なにがおかしいのかくすくすと笑い続けるそいつに、思わず舌を打つ。
「……何の用だよ」
「あれあれ? あれあれあれあれ~? ヨータローってばなんだかご機嫌斜めちゃん? つーか寝起きちゃん? 似非ナイチンになんかされちゃった? ボク基本的にあの子の傍には近づかないからなにが起きたのか知らないけど元気出しなよ、ボクがいろいろ聞いてあげるからさ♪」
「なら今すぐ出て行け」
「ややぁん、つれないお言葉っ! でもそれは聞けないお願いなんだよねえ。なぜかってボクには説明の義務があるから♪ ここに来てまた謎な事とか増えちゃったっしょ? つーわけでチュートリアルの続きと行こうじゃないかヨータロー!」
「……お前、確か『市街』で「チュートリアルのクライマックス」がどうとか言ってなかったか」
「それはそれ、これはこれっ♪ つーかゲームとかでもよくあるやつだよ、ほら、ストーリーの進行で新しいシステムとか解放されたときとかその都度説明入るじゃん? あんな感じあんな感じ!」
と、調子のいい言葉をきゃっきゃと並べるフェノ。
……こいつ、都合の悪いことは全部適当にスルーする心づもりらしい。
となれば、こっちからなにを言っても無駄だろう。
わざわざ反論でもしようものなら、よりこちらにイライラが募るだけだ。
フェノは単に喋りたいだけ。なら、好きにさせておけばいいか。
と、反論するのを早々に諦め「……勝手にしろ」と呟けば、フェノはまたにやり、と口角を上げて。
「じゃあじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかなぁ? つーわけでさっそくだけど、あの主従はどうだったヨータロー?
看守長、
なかなかにイカレた連中だったでしょ? ボクはチュートリアル幽霊さんとしていろんな人間を見てきたわけなんだけど、あの二人みたいな強烈なブッ飛び方してるのって結構レアケースなんだよねえ」
言われ、思い出す。……例の光景は極力、思考の外に追いやって。
あのクラシカル・ゴシックの女と、赤毛のメイド。
片や囚人を屑と評し、人としての扱いをしないと笑顔で言い切り。
片や一切ためらわず冷酷に武器を振るって、かと思えば突然激高して凶行に走り。
……方向性は違うものの、どちらもまともな神経をしているとは思えなかった。
「なにが凄いってさ、さっきの『定期懲罰内覧』あるじゃん? あれ全部サエっちの独断で始めたことなんだよ。『法典』にそう書いてあるわけでも、ハルシオンがなにか命令したわけでもない。あの子が、勝手に、囚人たちをブッ殺すイベントを開いちゃったんだよ。なかなかクレイジーだよねえ? どっちがサイコパスなんだよって感じ?」
「……なんで、あんなことを」
「なんでって、本人言ってなかった? 犬猫以下の馬鹿どもにもわかるようにうんたらかんたら~ってさ? 要はあれだよ、一罰百戒ってやつ。素行の悪い奴をひっ捕らえて、囚人たちの前で無残にブッ殺しまくる。そうすれば、どんな馬鹿だって怖がるし、滅多なことしようと思わなくなるじゃん?
ただでさえここでは囚人は夢を使えないんだ。抗う方法がなにもない状態であんなことされたら、そりゃあたまったもんじゃないよねえ?」
――――瞬間、血の色が脳裏をよぎり。
頭を振って、その光景を強引に脳から引きはがす。
そんな俺の様子を見て、フェノはくすりと笑いをこぼして。
――――わかってやってやがるのか。……性質の悪い奴だ。
再び舌打ちをするも、フェノはそんなことなど気にもせずに話を続ける。
「実際、サエっちが『第二監獄』に来てから獄中の治安はめっちゃ良くなった。なんてーの、恐怖政治ってのはやっぱ効果テキメンなんだねえ? 今や『第二監獄』は女王様の独裁体制だよ。変にイキってる新参以外は誰も、彼女に逆らおうなんて思っちゃいない。それどころか、積極的に取り入ろうとする奴も少なくはないんだ。
……例えば、あのメイドたち。全員が全員正規の看守ってわけじゃあないんだよ? 内覧の時にホールの下に居たメイドたち、覚えてる?」
「ああ……あの、エプロンとヘッドドレスも真っ黒の」
「そうそう、あの黒塗りの子たち。実はあれね、元囚人なんだよ。現実世界で言うところの模範囚ってやつ? 普段の素行が優秀かつ、サエっちにゴマ擦って取り入って認められた、囚われの子犬ちゃんたち。いやあ、けなげだよねえ? あるいは卑屈とも言えるかな?」
その言葉に、ふと違和感。
あの時階下に居た黒メイドたちは、覚えている限り十人前後は居たはずだが……。
全員が女性だったのは、なぜなのだろうか。
「…………模範囚は女ばかり、なのか」
問えば、フェノの口角がさらに上がり、ちらりと八重歯が覗いて。
「にひっ、相変わらず勘が良いねえヨータロー? イイ質問だ。
――――答えはNOだよ。いや、結果だけ見ればYESなんだけどね?
模範囚が偶然みんな女の子なんてありえない。それに、あえて女ばかりひいきして模範囚に選ぶほど、サエっちも性格腐っちゃいない。あの子、プライドは人一倍だからねえ?」
「だったら、なんで……」
「なんで? らしくない愚問だねえヨータロー? というかあれだよ、さっきの質問が口を突いて出るってことは薄々勘付いてるんじゃない?」
くすくすと含み笑うフェノの様子に、嫌な予感がして。
――――まさか、そんなことが。
……そう思ってしまうようなことに限って、決まって実際に現れる。
「――――サエっちが変えてるんだよ、強引に。
性別も体形も声も思想も所作もなにもかも、全部まるごとひっくるめて自分好みのメイドになるように、夢を使って弄ってるのさ。整形、洗脳、肉体改造、なんでもいいけどつまりはそういうこと。
ちなみに、メイドになった模範囚たちはある程度夢が使えるようになってる。ま、当然だよねえ? なんせ別人になっちゃってるわけだから♪
……どう? あの子、なかなかブッ飛んでるっしょ?」
湧いてきた怖気と気味の悪さに、言葉が詰まる。
頭がおかしい、イカレてる。……あの時思ったことは間違いじゃなかった。
「逆に言やあ、そういうバリバリ怪しいマインド&ボディコントロールを受けてもいいって思うアホが出てくるくらいには、サエっちの暴君っぷりがとんでもないってことだよ。あーこわいこわい♪
ところでヨータロー、話は変わるんだけどさあ?」
ふと目を細めて、フェノは真剣な顔を作り。
「――――本気でここから出られると思ってる?」
かと思えば次の瞬間には、再びいやらしい笑みを浮かべていて。
「こそこそ嗅ぎまわってる時にちらっと聞いたけどさ、キミやっぱカナメのお兄ちゃんだったんだよねえ? で、あの子を『助ける』ためにここからさっさと出たいって言ってたみたいだけど?」
「ああ、言った。……というかお前、カナメのこと知ってるのか」
「モチのロン、リーチ一発メンタンピンドラドラの親っパネだよお兄ちゃん♪ ハルシオン行政府主席、つまりは『市街』の頂点! 『法典』のカナメといやあ夢の世界にいる人間ならだれでも知ってるレベルの有名人だよん?
そんな
喋りながらもフェノは、狭い独房の中をぐるぐるとせわしなく飛び回り。
「基本ね、ここは入ったっきりなんだよ。刑期なんてあってないようなものさ。大抵は、サエっちが難癖付けて刑期引き延ばしちゃうからねえ?
無事出所できた人間なんてほとんどいないし、脱獄に至っては今まで計画があった気配すら無かった。ほとんどどん詰まりの袋小路ってわけ。それでもここから出られる気でいる?」
問われて考える……までもなく。
「ああ。当たり前だろ」
一も二も無く即答する。
確かにここは袋小路なのかもしれない。
容易には抜け出せない牢獄なのかもしれない。
――――だけど、だからどうしたと。これはそういう話だ。
希望が潰えたわけではないのだから、別に諦める必要もない。
むしろ仮に「希望が潰えた」とフェノが言ったとしても、なにも変わらない。
それはお前が思い込んでるだけで、俺が諦める理由にはならない。
平然と、なにごとも無かったかのように、俺は言葉を続ける。
「なんでもそうだけど、死ぬ気になれば大抵やれる。
なにをしようが、何年かかろうが、俺はあいつを助ける」
抑揚もなく淡々と言葉を吐けば、それにフェノは嬉々として笑う。
「あっははは、キミもなかなかだねえヨータロー? 妹のために飲まず食わず続けて死にかけた系男子は言うことが違うなあ、憧れちゃうなあ、尊敬しちゃうなあ? 流石、自分のことを正気じゃないってわかってるだけのことはあるねえ、うんうん♪」
「馬鹿にするのも迂遠なんだな、お前」
「いやいやそんなそんな馬鹿にするなんてとてもとても! ただボクは喜んでいるだけだよ、ボクらの同類が増えてよかったよかった、ってね♪ でだ、ヨータロー、そんな同類のキミにこそ伝えたい朗報があるんだけれども」
その瞬間、かちゃり、と鍵の開く音がして。
独房の扉がぎぎ、とゆっくり開いていく。
扉を開けたのは看守ではなく……黒い囚人服を着た見慣れない男で。
フェノは嗤う。にやにやと、楽しそうに。そして言うのだ。
「――――脱獄してみる気、あるかい?」
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