第31話『神の愛し子』
「ええと、これ……じゃないな。これも違う。これも……。あっ」
「あった!」と大声を出した瞬間、すぐそばに瓦礫が落ちてきた。
俺は体をビクつかせると、目当てのものを手に取ってそろりと小屋から抜け出した。
やれやれ。危ない、危ない。
シュルトを倒したは良いものの、身を寄せていた小屋はもはや廃墟と化し、一夜を過ごすどころではなくなってしまった。野宿も厳しいし、シュルトは一体とは限らないので、近くの村まで歩くことにしたのだ。
幸いにも地図は小屋に有った。――ただし、中はぐっちゃぐちゃ。建物自体も倒壊の危険性があったので俺一人で探したのだ。
フェリクスは最後まで自分も探すと言ってきかなかったが、絶対に怪我するからと止めた。なんせ、何もないところで足を引っかけていたし。
俺は小屋の外で待っている二人に地図を掲げると、彼らはホッとしたような笑顔を見せた。
「えーと、ここ何処だっけ?」
二人に近寄り、バサリ、と地図を広げる。月明りに照らされたそれは、何とか読めるようだ。隣から覗き込んだフェリクスが、地図を指さした。
「ここ。一番近くの街は――」
「エクラ=リラですね」
サラさんが明るい声で言う。
「私の故郷もこっちの方向なんです! ねえ、オスカーさん。遠慮なさらずに」
「いやいや、俺は帰らなきゃですから。なあ、フェリクス?」
彼女の勢いに押され気味な俺は、フェリクスに助けを求めた。
フェリクスは頷くと、サラさんを諭した。
「せっかくですが、僕達は早く帰らなくてはいけません。申し訳ありませんが」
「あら、でしたら途中までご一緒しましょう? 一人では心細いですし、気が変わるかもしれませんわ!」
サラさんは、気を悪くせずにニコニコと言った。
その姿にホッとする。これ以上粘られたらどうしようかと思ったからだ。
まあ、諦めたようではなさそうだけど。
「そのエクラ=リラとかいう街って、どのくらいで行けるんだ?」
「ええと、地図を見る限りは……」
「約、2時間くらいでしょうか」
フェリクスが頭を悩ます横で、サラさんが言った。
思わず彼女を見ると、彼女は頼もし気にウインクした。
「地図さえあれば、ご案内できますよ! これでも旅の商人ですもの」
「本当に? 心強いなあ!」
俺はホッとしながら言った。
なんせ、こっちは旅慣れていない2人だ。月が出ているとはいえ、夜に移動してうまく目的地に着けるか、正直怪しかった。
俺たちはサラさんに地図を託すと、エクラ=リラへと歩き始めた。
「あの、サラさん?」
「サラで結構ですよ。敬語もいりません」
「じゃあ、サラ? サラの故郷ってどんなとこなんだ?」
月光の元、俺たちは街道に沿ってエクラ=リラへと向かっていた。
最初の30分で丘陵を越え、歩きやすい街道に出ると、お喋りをする余裕も出てきた。
俺は世間話のつもりで、サラに話しかけてみたのだ。
地図を持って先頭を歩くサラは、俺の言葉に喜んだように振り向き、「興味ありますか?」と目を輝かせてた。
「まあ、興味というか。俺、あんまりこの辺の事知らないし、どんなとこかなあって」
「私の故郷はですねえ……」
サラは再び歩き始めながら言った。
「エクラ=リラから北へ進んで、大きな川があるんですが、そこを越えて。更に北へ進んだ山裾にあるんです」
「へえ、結構遠いな」
「歩くと4日はかかっちゃいます。とっても辺鄙な所で、何にもないんですよ。小さな教会と、家が数軒。人間よりヤギの方が多いくらいですもの」
「では、サラさんのご家族もヤギ飼いを?」
フェリクスが尋ねると、彼女は「サラで良いですよ」と笑った。
「ええ、私の母も代々ヤギ飼いの家に生まれたらしいんです。――母は私が物心つく前に出稼ぎに出て、それっきりですからよく知らなくて」
「……それは、すみません」
「いいえ、もう吹っ切ってますから」
それでも少し寂しそうなサラに、フェリクスはバツが悪そうだ。
俺は雰囲気を変えたくて、努めて明るい声で言った。
「その教会ってのが、サラの言ってた、『神の』」
「『愛し子』ですね! ええ、関係ありますよ!」
よっぽど信じているのか、サラのテンションが右肩上がりだ。
その影で、フェリクスが胸を撫で下ろしている。
「『神の愛し子』とは、先程も言った通り、アルトロディアの神々のお力を借り、世界を導く存在の事です」
「世界を、導く……?」
「ええ、そうです。例えば、隣国のグランツィア王国は、運命の神ファートゥスの『愛し子』バルタザールが建国したと言われています」
「ファートゥス……」
俺はあの絵画を思い出しかけて、やめた。
また気分が悪くなったら困る。
「バルタザールは、当時悪政が続いていた東の『トロイエ王国』を打倒し、圧政に苦しむ民草を助けたと言います。更に彼に賛同する小国を統合し、世界地図を塗り替えたとか」
「バルタザール王は、アルトロディアでも屈指の名君と呼ばれているよ」
サラに続いて、フェリクスも補足する。
自国の王様の事だからか、彼も少し誇らしげだ。
それにしても、トロイエか。何処かで聞いたことがあるような、無いような。
……まあ、気のせいだろう。アルトロディアで昔滅んだ国を知っているわけないし。
俺は他に『愛し子』とやらがいるのか気になって、サラに尋ねた。
「ふうん、他には?」
「そうですね、御伽噺で有名なカスパル! 彼も『愛し子』であったのではないかと言われています」
「へえ、カスパルも」
「確かに、物語のラストで神の元に召されてるしね」
フェリクスがうんうんと頷く。
どうやら、『神の愛し子』とやらに興味津々のようだ。
「カスパルも、ファートゥスとかいう神の加護を?」
「いいえ、カスパルは違いますよ!」
サラが首を横に振った。
「カスパルは、ジャクロットの古い神様の加護を得たと語り継がれています。少なくとも、私の故郷では」
「古い神って、名前は?」
フェリクスが尋ねると、サラは「分からないんです」と心底残念そうに言った。
「なんせ、アルトロディアが誕生した時から存在するとも言われる、古い神ですから。今はもう祀る教会もほぼ無く、名前も失われて久しいんです。ただ、北の神、としか」
「アルトロディアの、古い神……」
俺は内心の興奮を抑えるように呟いた。
陛下は言っていた。アルトロディアの古い神話の神々は、俺と
俺のように、異世界から来た存在かもしれないと。
あまりにも古すぎて、名前も忘れられた神。その北の神こそが――その1柱なのでは?
ゴクリ、と唾を飲み込む。
「あの、サラ?」
「何ですか?」
「その、北の神っていうのの教会って、ほんとに何にも残ってないのか?」
「そうですね……」
サラは顎に手を当てて考え込んだ。
そのまましばらくすると、「そう言えば!」と思い出したように言った。
「私の故郷――シュエットって言うんですけど――へ行く道すがらに、モワノ―という小さな村があるんです。そこで昔聞いたんですけど」
「聞いた?」
「はい。山奥に、古い遺跡があるという噂です。そこには、氷でできた神殿があって、奇妙な生き物が祀られているとか。ただ……」
「ただ?」
俺は少し食い気味に聞いた。
古い遺跡に奇妙な生き物。俺の脳裏に、クローデンの遺跡が浮かぶ。
「噂を聞いて探索に出た者が言うには、『そんなもの、何処にも無かった』と。でも、それ以降も目撃談は後を絶たなかったので、もう一度。今度は隅々まで探したと言いますが、遺跡の『い』の字も出なかったと言います」
「そう、ですか」
俺は肩を落として言った。
俺が帰るための手掛かりになりそうだったのに、まるで雲を掴むような話だ。
落ち込んでいると、話を聞いていたフェリクスが「もしかしたら」と言った。
「それって、何かの家法術が掛かってるのかも。条件に満たない人間には認知されない、とか」
「そんなのあるのか!?」
「うん、本で読んだことがある。ジャクロットの貴族ゴンドランは、物を隠す家法術を使うらしい。具体的な話は載ってなかったけど、もしかしたら」
「ゴンドランの家法術に隠されている?」
「あくまでも可能性だけどね」
その言葉を聞いて、俺は心に光明が差すような気分だった。
さっきまで届かないと思っていたものが、手の届く距離に来たような。はたまた、うっかり家に財布を忘れて昼飯抜きが確定しかけ、見かねた友人が学食を奢ってくれた時のような、そんな気分。
「サラ! その、モワノーまではどのくらいかかる?」
「えっと、エクラ=リラから歩いて2日くらいです。辻馬車も通ってるので、上手く使えばもっと早く着きますよ」
「ち、ちょっと、オスカー?」
俺の様子を見たフェリクスが、困惑したように呼び掛ける。
それでも、俺は止まらなかった。
だって、この機会を逃すわけにはいかないだろ?
ジャクロットとグランツィアは戦争しているんだ。もしかしたら、2度とこれ無いかもしれない!
俺はサラの目の前に移動すると、物凄い勢いで頭を下げた。
「お願いだサラ! 俺をモワノーまで連れて行ってくれ!」
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