第20話活気ある街、小さな出会い

 城門を抜け、貴族街から庶民街へ。


 エルゼさんに付いて歩き、路地に入ったり出たりしていると、賑やかな声がする。


 そこはかなりの大通りだった。

 あちこちから人の騒めきが聞こえ、俺たちみたいな恰好をした人びとが行きかっている。かなりの活気だ。

 そんな彼らを囲むように立つ家々は、二等辺三角形のような急な屋根が印象的で、3階くらいはありそうだ。

 大通りに面して造られている窓には、小さなプランターに花が植えられて、とても美しく華やかだった。

 俺が思わず感嘆の息を漏らすと、エルゼさんが教えてくれた。


 「ここは、庶民街の中でも特に賑わっている商店街なんですよ。ほら、あちこちに看板が見えるでしょう?」


 確かに、店の名前を書いているらしい――全く読めないが――ものや、レストランなのか黒板に手書きでメニューらしきものを書いているもの、文字ではなく、図で店を説明しているものもある。

 辺りを通る人を見ても、どこかの主婦らしき中年女性が、右手にバスケットを持って店に入っていく。どうやらパン屋のようで、丁度焼き立てなんだろう、食欲をそそるいい香りが広がっていた。


 「王都マッセルには他にも商店街がありますし、行商人も店を構えていますが、このカメーリエ通りはここで手に入らないものはないと言われているほど、多種多様なお店があるんです」


 そう言うと、エルゼさんは向かって右側の店を指さした。

 俺も、そっちを見る。


 「たとえば、あれは――」


 「強盗だあ! 憲兵を呼んでくれえ!」


 ざわり、と雰囲気が一変する。

 

 通りの左手にある路地からから男が飛び出てきた。

 どうやら殴られたようで、鼻血を出して、足を引きずりながら叫んでいる。

 顔見知りなのか、若い女性が彼に駆け寄り、フラフラと歩く彼を抱き留めた。

 髭を生やしたおじさんは、持っていた荷物を連れに預けると、「今呼んでくる!」と一目散に駆け出した。

 他の人たちも、ざわざわと遠巻きに見たり、用事があるのか足早に立ち去る人もいる。

 俺が呆気に取られて立ちすくんでいると、エルゼさんが「オスカーさん」と話しかけてきた。


 「申し訳ないのですが、ここで待っていてくれますか。私も、憲兵の所へ行ってきます」


 「え、でもあのおじさんが」


 「ええ。ですが、門前払いをされる可能性があるので」


 「門前払い……?」


 俺が鸚鵡返しのように呟くと、彼女は憤りを感じさせる口調で言った。


 「嘆かわしいことですが、憲兵の中には庶民街の警備を疎かにする者がいるのです。もちろん、しっかり役目を全うする者が大多数ですが……。とにかく、見過ごす訳にはいきませんから」


 そう言うと、彼女は俺の答えも聞かずに走り出した。

 慌てて彼女に呼びかけるが、その声は届かず、置いて行かれえてしまった。


 初めての街。土地勘なんてまるでないし、地図があっても読めない。周りには、見知らぬ人々。

 ――の中に、取り残された俺。

 手で頬を掻く。


 おいおい、マジかよ。






 強盗に遭った男は、どうやら怪我の手当をするらしく、何人かに担がれて何処かに――多分病院に――連れて行かれた。彼を抱き留めた女性も、その後に続く。

 男がいなくなったことで、辺りは一応の穏やかさを取り戻したようで、足を留めていた人もそれぞれの目的地へと歩を進めた。

 その中で、俺は一人でエルゼさんを待っていた。

 さっきの場所がすぐ見える場所に泉の広場があったので、そこで待つことにしたのだ。

 今日は良い天気だから、ずっと棒立ちも疲れるし、往来の邪魔にもなると思ったからだ。


 泉の縁に座り込み、空を見上げる。

 緩やかな風が俺の頬を撫で、髪を梳きながら天空へと帰っていく。

 背後では、水の流れる爽やかな音がする。

 遠くで、子供の笑い声が聞こえる。友達と遊んでいるんだろうか、嬉しそうな声だ。

 窓を開く音に視線を向けると、若い女性が窓辺の花に水をやっていた。俺に気づいたのか、手を振ってくれたので、振り返す。

 そうして、大きく深呼吸をした。


 ここは良いな。

 賑やかで、活気があって。何だか、生きてるって感じがする。

 ――生きてる。

 何で、そんな事思ったんだろう。


 俺がぼうっと考え事をしていると、怒鳴り声の様なものが聞こえた。

 そちらの方向を向くと、小さな路地がある。どうやら、この奥で何かがあったようだ。

 どうすれば良いか逡巡していると、子供の悲鳴が上がり――。


 気づいた時には駆け出していた。





 細く、薄暗い路地の奥、ここにも、小さな泉があった。

 そこには、ここを遊び場にしているであろう子供たちと、ガタイの良い男が3人。

 子供たちはみな怯えて、涙目で友人にしがみ付いている子もいる。

 近くに家があるが、留守なのか俺以外は誰も出てこなかった。

 走ってきた俺に気づいたのか、男たちが振り向いた。

 その顔を見て、頬が引き攣った。


 彼らは、見るからにヤンキーといった風貌で、一人は額に大きな傷があり、一人は猫背気味で出っ歯。もう一人は耳にピアスを着けまくり、物凄い三白眼だった。

 全員、見るからに俺より強そうだ。

 思わず、両手を上げてしまった。


 「あ、あのー。いったい何をして」


 「ああん!? 手前、何の用だ」

 

 デコ傷が吠えた。

 俺は縮こまる。だって、生まれてこの方喧嘩なんてしたことないし、こんな場面に遭遇したことだってない。

 それでも俺は、震える声で言った。


 「い、いやあ。子供が怖がってるじゃないですか。何があったか知りませんけど、穏便に――」


 「わかんねえならよお!」

 

 出っ歯が俺に近づき、胸元を掴んだ。

 ひ、と息が漏れる。


 「黙ってみてろってんだ!」


 そしてそのまま俺を持ち上げ、投げ飛ばした。

 吹っ飛ばされた俺は、情けない悲鳴を上げながら泉に激突した。

 石造りの縁に背中を思い切りぶつけてしまい、痛みで息が詰まる。

 子供たちはこの光景に耐えかねたのか、悲鳴を上げながら散り散りに逃げ出した。「ちっ」と、誰かが舌打ちする。

 倒れたまま咳き込んでいると、さらに腹も蹴られた。

 

 「がっ――」

 

 「おいおい、出てきた時の威勢はどうした? ええ!?」

 

 「兄貴、こいつどうしやす?」


 ピアス野郎がデコ傷に聞いた。

 その間も、出っ歯は俺を蹴りつけている。

 

 「そうだな……。こいつのせいで、『商品』には逃げられちまったし」


 デコ傷は言葉を切り俺に近づくと、髪を掴んで顔を上げさせた。

 ブチブチ、と嫌な音がする。くそ、将来ハゲになったらこいつらのせいだ。

 それに、商品ってなんだよ。まさか、こんな白昼堂々人身売買か?犯罪者なのか?まあ、傷害の現行犯だけどな。

 俺はだんだんムカムカしてきて、目の前のデコ傷を睨みつけた。


 だって、俺はそれなりに楽しみにしていたのだ。


 昨日は良いことも悪いこともあって、気分が落ち込んだりもした。だけど、何とか前向きになれたのに。異世界転移こんな機会なんて滅多にないだろうし、もしかした戻ってくることもないかもしれない。折角フェリクスにもおすすめの場所を教えてもらったのに。


 なのに、こいつらのせいで。


 俺は奥歯を噛みしめ、この憤りを余すことなく目に乗せて3人を睨みつけた。ガンを飛ばすなんてやったことないが、この時は夢中だった。

 俺の気持ちが少しは伝わったのか、あいつらは少し怯んだ様子だった。

 

 雲が横切ったのか太陽が陰り、先ほどよりも少しだけ暗くなる。

子供たちの圧し殺した泣き声だけが聞こえる。

 その中で、俺たちは時が止まったかのようだった。

 俺の髪を掴む手が僅かに震えた。反撃のチャンスだ。そう思って手を握りしめた瞬間――。


 「貴様ら、何をしている!」


 あいつらが一斉に振り返った。

 焦りながら「憲兵だ」「まずい、ずらかるぞ」と口々に言って俺を解放し、そのまま走り去っていた。

 俺は、痛む体に鞭打って起き上がった。


 あいつらは憲兵、と言っていた。まさか、エルゼさんが気づいてくれたのか?

そう思ってそう思って辺りを見渡しても、それらしい姿が見えない。

何なんだ? いったい。


 疑問に思っていると、一人の子供がいることに気が付いた。

 まだ小学校低学年くらいの女の子で、サイドだけ長い黒髪ショートカットに綺麗な菫色の瞳。額には赤い石の飾りがついている。着ている服はところどころ赤いリボンがついているふんわりとした白いワンピースだが、この国の服装とは雰囲気が違うので、もしかしたら行商人とやらの娘さんかもしれない。

 逃げ遅れたのだろうか、と思っていると、彼女は勝気そうな顔で話しかけてきた。


 「そなた、よく顔を見せてみよ」


 えらく古めかしい喋り方だな。しかも偉そう。

 呆気に取られていると、無視したと捉えたのか、少女は両手を腰に当てて眉を顰めた。


 「何をしておる。はよう顔を見せぬか」


 そう言って、俺の顔に向けて必死に手を伸ばしてきた。

 「むむ、身長が足らぬわ」と言ってジャンプまでしてくる。

 何だか意地悪をしている気分になって、俺はしゃがみこんだ。


 「はいはい、これでいいか?」


 そう言うと、少女は満足そうに頷き、身を乗り出して至近距離で俺の顔をジロジロ見てきた。

 ちょっと近すぎじゃないか?

 少し居心地が悪くて、目だけ明後日の方角に向けた。

 しばらくすると気が済んだのか彼女は後ろに下がり、ちり紙を差し出した。


 「そなた、鼻血が出ておるぞ」


 唇を舐めると、鉄の味がした。


 



 彼女からちり紙を受け取り、鼻に詰める。そして鼻の上の方を摘まんだ。

 こういう時、上を向いてはいけないらしい。昔、誰かが言っていた。

 俺が鼻血を止めるのに躍起になっていると、少女が俺の隣に座り込んだ。

 それを横目で見て、思う。


 この子、親はどうしたんだろう?迎えに来てもらわないと、またさっきの奴らに会ったら……。


 「なあ、君。お父さんかお母さんは?」


 「おらぬ」

 

 彼女は何でもないことのように答えた。


 「いないって……。じゃあ、ここに一人で住んでるの?」


 行商人の子と思ったが、違ったのだろうか。


 「わらわはこの国の者ではないぞ」


 彼女はそう言って、少し目を伏せた。

 

 「探し物が、あるのじゃ」


 「探し物? ていうか、一人で来たの?」


 彼女は無言で頷いた。


 え、この世界ってこんな小さな子が一人旅していいのか?

 いやいや、危ないだろ。現に人さらいみたいな奴もいたし。

 とりあえず、安全な場所まで送って、保護してもらおう。そう思って立ち上がった。


 「何処へゆくのじゃ?」


 少女が俺を見上げて聞いてきた。

 

 「ここ危ないからさ、憲兵? っていうのに保護してもらおうぜ。――そういえば、さっき来た憲兵は何処に」


 「そんなもの、来てはおらぬぞ」


 少女が言う。


 「夢でも見たのではないか?」


 「ええ? いや、でもさっき確かに……」


 あいつら、「憲兵だ」って言って逃げたはずだ。

 でも来ていない? 確かに、それらしい姿は何処にも無かったが……。

 疑問符を浮かべながら再度周りを見渡すと、首を捻った瞬間背中から首にかけて激痛が走った。

 

 「あで! っつあ――。骨折れてないよな、これ」


 恐る恐る右手で擦る。

 触ると痛いが、骨折はしてなさそうだ。多分。

 すると、少女が左手を軽く引いた。


 「そなたの治療の方が先じゃな。――こちらへ」


 そのまま路地の方へ歩いていくので、慌てて――しかし、動作はゆっくりと――後を追った。

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