第14話忘れられしもの、あるいは

 「おーい。足元気をつけろよ」


 声が反響する。

 俺は、思ったより滑りやすい階段を注意しながら降りて行った。


 地下へ降りる階段は、人が一人通るのがやっとという代物だったため、俺・ジャン・エルゼさんの順に降りることにした。

 ジャンを連れて行くのは迷ったが、本人が譲らなかったのと、俺たち二人に土地勘が無かったため、危険だと感じたら引き返すことを決めて同行させることにした。


 カツン、カツンと、足音が響く。


 明り取りなどまるでないのか、先は真っ暗闇だ。

 ジャンが遺跡に隠していたランプが無ければ、動くこともままならなかっただろう。

 それでもちょっと怖いから、壁に手を当て、慎重に降りていく。


 「ねえ、ジャン君」


 エルゼさんが問う。


 「この先には何があるの?」


 「小さい部屋があるんだ」


 ジャンの、声変わり前の声があたりに響く。


 「真っ直ぐ行くと石の扉があって、古いけどちゃんと開けられるんだ。その中は俺様の家の飯を食うとこ位の大きさで、そこだけなんか明るいんだ」


 「明るい? 天窓でもあんのか?」


 「そんなの無かったぞ! だけど……」


 「だけど?」


 エルゼさんが優しい声で聞く。

 ジャンは勿体ぶるかのように、「それは内緒だ!」と言った。


 「内緒って、まあ行けば分かるけどさ……っと」


 とうとう「底」に着いたようだ。

 階段が終わり、石の道が左に軽く曲がりながら奥に続いている。

 そこは今までの道よりも少し横幅があり、大人が二人並んで歩いても大丈夫なようだ。


 するりと俺の横をジャンがすり抜けて、手に持つランプを奪われる。


 「あ! おい」


 「お前歩くの遅いぞ! こっちこっち!」


 ジャンはケラケラ笑って、慣れた様子で歩いて行く。

 俺がため息を吐くと、エルゼさんが俺の腕を引っ張って、「行きましょう」と促した。

 それに従って、足を進める。


 古い石の回廊は、所々に壁画が描かれていた。

 ジャンが先に進むにつれて、手に持つランプの灯に照らされて薄く浮き上がり、そして消えていく。

 エルゼさんが立ち止まって見ることを提案したが、ジャンは聞く耳を持たなかった。


 「帰りに見ればいいだろ! 全然面白くない、ただの絵だったし。それより――」


 ジャンは俺たちを振り返り、前方を指さした。

 俺とエルゼさんは顔を見合わせ、少し小走りになってジャンに近づく。


 「あれがこのジャン様の秘密基地だ!」


 彼の指の先には、まるで来るものすべてを拒むような、重く冷たい石壁があった。

 ……壁?


 「行き止まり……だよな」


 俺は「壁」に近づいて、上から下まで注意深く見た。

 ランプ一つの頼りない光源だが、気になる点は見つからない。

 本当にただの「壁」だ。

 

 困惑しながら二人を振り返る。


 エルゼさんは俺と同じような表情なのに対し、ジャンはどこかニヤついて俺を見ている。

 俺は肩を落とし、「降参だ」とジャンに呟いた。


 「なあ、これどうしたら中に入れるんだ? 教えてくれよ」

 

 「ふふーん。いいぞ」


 ジャンは進み出ると、手を伸ばして壁の石を一つ押した。


 「上から十二番目。そんで、その三つずつ右、左、下、上」


 順繰り押していくと、押された石が緑に輝く。

 俺は息を呑んでその光景を見守った。


 最後の石が押されると、さらに石が強く輝き、光が繋がって緑の線が出来た。

 暫くしてそれが収まると、最初の石から小さな彫像が姿を現した。


 「――すっげえ」


 ありきたりだが、それしか言えなかった。


 俺は呆然と立っていたが、エルゼさんは警戒しながら彫像を調べる。

 恐る恐る、といった風に手で触れると、「これは……」と驚愕したような声を上げた。


 「ど、どうしたんです?」


 俺も近づいてよく見てみる。

 エルゼさんはチラリと俺を見たが、よほど彫像が気になるのか、直ぐに目線を戻した。


 それは、30cmくらいの、これまた緑の石でできた翼を持つ「何か」の像だった。

 王城で見たマークと似ているが、ちょっと違うように見える。

 長い胴体を丸め、その反対に翼を大きく広げたは、何かを守るように前足で掴んでいる。


 どこか龍にも似ている姿だからか、既視感を覚えた。

 何かのゲームをやった時に見たのだろうか。

 それとも小説? 漫画かな。

 全く思い出せなくて、ううん、と唸る。


 「……所々異なる箇所はありますが、これはまるで王家の紋ですね。ここは、王家に連なる遺跡なのでしょうか」


 エルゼさんは首を捻りながら言う。

 でも、それなら陛下が教えてくれるのではないだろうか。

 それとも、所有者だった王家にも忘れられた場所だったのだろうか。

 もしそうなら――寂しいことだ。


 「もういいか? 扉を開けるぞ!」


 像を調べる俺たちを眺めていたジャンが、焦れたように言った。

 俺たちが像から離れると、ジャンが手を伸ばした。

 彫像。いや、正確には――それが持つ、何かに。


 揺れる。

 いや、

 ジャンが何かに手をかけた瞬間、音を立てながら床が回った。

 そのまま、忍者屋敷の「どんでん返し」のように壁の向こう側へと入っていった。

 


 ガコン、と何かが嵌まるような音がして、回転が止まった。

 衝撃でよろけた俺を、エルゼさんが支える。

 

 「これは……!」


 その部屋を見た瞬間、思わず息をのんだ。

 視線の端でジャンがランプの明かりを消したが、それさえも気にならないくらい。


 部屋の中央には、白い石造りの泉があった。

 その中心には先ほどのものと同じ彫像が、大きさを変えて――およそ3倍ほど大きくなっている――鎮座している。

 泉を満たす水は、何処かからの湧き水だろうか。触れてみるとかなり冷たく、澄んでいる。


 そして特筆すべきは、天井だった。

 それを造る石、その一つ一つが輝き、もはや明かりなど要らないくらい部屋を照らしている。

 石によって光の程度が違うのが、まるで星空のようだった。


 「すっげえ、何だここ……」


 「これは、家法術? こんなの、聞いたことが……」


 エルゼさんも驚いたのか、フラフラと部屋の中を見て回っている。

 ジャンは得意げに腕を組んだ。


 「すげーだろ? 俺様が見つけたんだ」


 「お前、どうやって?」


 全く手掛かりなしに見つけたなら、とんでもなく運が良いのではないか。

 

 「えっと、それは――」


 「オスカーさん!」


 ジャンが口を開きかけた時、エルゼさんの鋭い声が響いた。

 彼女を見ると、何かを指さしている。

 何だろう。


 「これを」


 「あ! これって」


 そこにあったのは、壁に描かれた日本語だった。

 やっぱり、昔俺みたいに転移した日本人がいたんだ。


 読もうとするが、すべて平仮名な上に、酷い悪筆で読みにくい。

 幼稚園児だってもうちょっとうまく書くだろうに。

 

 「それ、全然読めないんだ。アルトロディア語じゃないし、こんな文字見たことないし」


 ジャンが眉尻を下げながら言う。

 

 「待ってて、このお兄さんが読めるかもしれないから」


 エルゼさんがジャンに言う。

 ジャンが、期待を込めた眼差しを俺に向けた。

 謎のプレッシャーを感じるぞ。


 「ええと、もし、もしも……。くそ、きったねえ字だな!」


 もしかしたら手掛かりかもしれない。

 逸る気持ちを抑えながら、読み進めた。


 「もしもとびらをくぐったら きみはここにおりたつだろう もしもきみがのぞんだら きみはともをえるだろう」


 ――もしも扉をくぐったら、君はここに降り立つだろう。もしも君が望んだら、君は友を得るだろう。


 なんだこりゃ。

 首を傾げ、二人を振り向く。

 

 「何でしょう、こ……れ」



 「オスカーさん?」


 言葉を続けることが出来なかった。

 なぜなら、泉の彫像の目が光り、水が抜けていったから。


 

 三人で水が抜けた泉を覗く。

 何で水が無くなったんだろう。さっきの文字が鍵なんだろうか。

 詳しく見るため、中に入ってみる。

 ……特に、穴とかは見当たらないが。


 不審に思っていると、何かがずれる音がした。


 「へっ?」


 「オスカーさん、底が!」


 「なんだあ!?」


 エルゼさんの慌てた声、ジャンの驚いたような声。

 それらを聞きながら、俺の目は底に釘付けになっていた。

 どんどん、沈んでいく。

 最初はゆっくり、徐々にスピードを上げて。

 

 「ジャン君はここに!」


 「あ、お姉さん!」


 トン、とエルゼさんも飛び降りてきた。

 彼女は俺の隣に跪くと、剣に手をかけ、周りを警戒している。

 ジャンの心配する声が遠くなる。

 底はまるでエレベータのように沈んでいき、やがてスピードが緩まると、動きを止めた。


 「止まった? ここはいったい……」

 

 「扉があります」


 扉? と振り向く。

 確かに、朽ち果てた木製の扉があった。


 蝶番は錆びついて、その機能を失っている。

 ドアノブは取れてしまっているようだが、扉自体に大穴が開いているため、存在理由もない。

 俺たちは顔を見合わせると、その中に入っていった。

 ――不本意だが、エルゼさんを先頭にして。


 



 内部は、先ほどの部屋とは打って変わって広々としていた。

 部屋の四隅に何かの彫像――その内一体は上にもあっただ――。

 天井には上の部屋と同じ明かりがあり、地中深くにあるはずの部屋を照らしていた。


 そして一つの壁には、長々と日本語が書かれていた。


 「やった、さっきより長い!」


 「もしかして、手掛かりでしょうか?」


 俺たちは手を取って喜び合うと、壁に駆け寄った。


 「うわ、これも下手くそだな。誰だよ、これ書いたやつ。ええと――きみはわすれてはいけない きみにともがいることを ともはわすれてはいけない ううん、掠れて読めないな……」


 風化が進んでいるのか、一部読めない箇所がある。

 じれったく思いながら、読み進める。


 「わすれられしもの ちのそこよりきみをみつめる わすれられぬもの おいしいかれーのつくりかた ……はあ!?」


 「かれー? 何ですか、それ」


 エルゼさんが目を瞬かせながら聞いてくる。

 答えてあげたいが、それどころではない。

 先を黙読するが、完全にカレーのレシピの説明に入っている。

 そのまま最後まで読み切り、「美味しいカレーの作り方」で文章が終わったのを確認し、俺は頭を抱えた。


 「何でカレー!? 何か意味深なことずっと書いてただろ! あれか? 壁一面書くつもりが文章足りなかったのか? 一昔前の学生が使うレポート水増し法みたいなことしてんじゃねーよ!」


 「オ、オスカーさん落ち着いて」


 エルゼさんがオロオロとしながら俺を宥めてくる。

 俺は他の壁も見たが、日本語が書かれているのはここしかなかった。

 はあ、と力が抜け、座り込んで俯く。


 散々期待させて、これは無いだろ。 

 この遺跡に来て、上の部屋を見つけた時、ここで帰る方法が見つかるのでは、と思ったのだ。

 しかもこんな隠し部屋まであって。期待するなというほうが無理な話だ。


 落ち込む俺に、エルゼさんが優しく背中を撫でた。

 

 「大丈夫です。今回は運が悪かっただけで、きっと方法は見つかりますから。私も、できる限りお手伝いしますので」


 「……すみません。ありがとうござ――!?」

 

 顔を上げた俺が見たものは、宙に浮く巨大な魚だった。

 


 

 

 

  

 

 

 

  

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