第13話『黄金の村』

 小鳥が歌う、爽やかな朝。

 朝食を済ませた俺たちは、宿を出発した。


 今日は一路、クローデンへ。

 トビアスさんを先頭に、俺たちは歩き始めた。


 今日も天気が良い。

 俺はつい伸びをしながら欠伸を噛み殺した。


 「昨日はゆっくり眠れましたかな?」


 そんな俺の気配を感じたのか、トビアスさんが聞いてきた。

 俺は、右手で頬を掻きながら答えた。


 「ええ、まあ……」


 寝た。確かに寝たが、結局また元の世界の俺の部屋にいた。

 睡魔にはかなわず二度寝したが、眠りに落ちた瞬間こっちが朝だったので、全然寝た気がしない。


 「おや、気の無い返事ですな。これからクローデンまで少々距離があります。疲れたら、遠慮せずにお申し出ください」


 「ありがとうございます」


 チラリ、とエルゼさんを覗き見る。

 昨夜は様子がおかしかったけど、今日は普通みたいだ。

 いったい何があったんだろうか。


 考えていると、トビアスさんが「今日はシュルトが出なければいいのですが」と呟いた。


 「ああ、それそれ! シュルトって、あちこち出るもんなんですか? 俺、影みたいな化け物ってことしか知らないんです」


 「何と、まだ説明を受けてなかったのですか」


 トビアスさんは驚いたような声を出すと、俺を振り向いた。

 肯定の意味を込めて頷くと、説明してくれた。


 「シュルトとは、300年ほど前から突如出現した影の怪物の総称です。その形態は一体づつ異なりますが、総じて黒い影のような姿に赤い口を持っています」


 「300年前! 結構昔からいるんですね」


 年季物の怪物のようだ。

 それにしても、「突如」とは。


 「ええ。記録によると、とある場所から出現したシュルトは、瞬く間に数を増やし、我々を脅かすようになりました。奴らを倒すには、通常の剣や弓矢では至難の業です。ただし、例外がある」


 「――家法術」


 「エルゼさん?」


 エルゼさんが口を開いた。

 

 「家法術を使えば、シュルトを倒すのは難しくありません。剣で何度切り付けても絶命しないシュルトが、家法術の一撃で沈黙することも多々あります。――最近は、家法術の力を付与した武器が出回っているようですが、純粋な家法術よりも効果は劣ります」


 続けて、トビアスさんが言う。


 「ですので、この国ではシュルトの生息地に定期的に家法術師を派遣して、駆除を行っています」


 「じゃあ、あの森にエルゼさんがいたのって」


 「森の巡回中だったんです。――あの森は、特にシュルトが多いですから」


 なるほど、そういうことだったのか。

 俺は一人納得して、頷いた。


 「この道にはシュルトの出現情報はありませんが、昨日の事もあります。警戒を怠らずに進みましょう」


 トビアスさんはそう言い、口を噤んだ。









 端的に言えば、その心配は杞憂で終わった。

 俺たちはシュルトに会うことなく、クローデンへの旅路を終えようとしていた。


 「さあ、あの丘を越えたところがクローデンです。――大丈夫ですか? オスカー様」


 「オ、オスカーさん?」


 二人が心配そうに俺の顔を覗きこむ。

 

 「だ、だい、だいじょうぶ……。ぜえ、大丈夫です……」


 俺はすっかり体力が尽きて、地面に座り込んでいた。

 肩で息をして、なるべく酸素を肺に取り込む。

 何とか呼吸を整えると、棒のような足に鞭打って立ち上がった。


 「歩けないようでしたら、私が――」


 「いいえ、大丈夫です! 歩けますから!」


 絶対嫌だ。

 自分より年下の女の子――エルゼさんは16歳だった――に抱えられて入村するなんて、無理だ。

 情けなさすぎる。

 トビアスさんも申し出てくれたが、そちらも謹んでお断りした。

 

 「さあ、早く行きましょう。俺は元気ですよ!」


 俺がフラフラと歩くのを見て、エルゼさんが俺の手を取った。


 「じゃあ、手を繋いで歩きましょう。――これなら、良いですよね?」


 「へっ! は、はい……」


 俺と手を繋いだ彼女は、ゆっくりとした足取りで丘を登り始めた。後ろから、トビアスさんも続く。

 

 剣を扱うからか、結構硬い。

 手を引いて先を行く彼女の顔は、全く見えない。

 いったい、どんな顔をしてるんだろう?

 何故か少し気になった。


 『黄金の村』クローデン。

 御伽噺に語られるような、古い村。

 その名の由来は、丘を登り切った時に判明した。


 「うわあ……! これ、全部?」


 「はい。麦畑です」


 トビアスさんが言う。


 村の周囲には、広大な麦畑が広がっていた。

 もうすぐ収穫なのか、黄金に輝き風にたなびく麦たち。

 一面がそんな感じだから、村が黄金の上に浮かび上がっているようにも見える。

 

 まさしく、『黄金の村』。

 思わず、疲れも忘れて見入ってしまう。

 

 「さあ、宿を取って聞き込みをしましょう。大体の場所は分かっていますが、今遺跡がどんな状態なのか、知っている者がいるかもしれません」


 そう言うトビアスさんに同意して、俺たちは村へ入っていった。


 


 そこは、長閑でゆったりとした雰囲気の村だった。

 俺たちは村に一軒しかないという宿を取り、聞き込みを開始した。

 ターゲットは、お年寄りである。


 例の遺跡が見つかったのは100年前。

 その当時に生きていた人はいないだろうが、親や祖父母がら話を聞いた人がいるかもしれない。

 そう、考えたのだが……。


 「いねーなあ、知ってる人……」


 俺は広場の草むらに座って呟いだ。

 手当たり次第にお年寄りに声をかけてみたが、どれも不発。

 トビアスさんはここの村長に会いに行って不在。

 エルゼさんは疲れ切った俺のために飲み物を汲んでくると言って井戸へ向かった。


 こうなれば、記録を頼りに行ってみるしかないのか。

 そう思った時、視線を感じた。

 

 振り向くと、小さな茶髪の子供が立っていた。

 彼はむくれた顔で俺に近づくと、耳の近くで怒鳴り散らした。


 「やいっ、お前か! 俺様の秘密基地をコソコソ嗅ぎまわってんのは!」


 「うわあ、声デカッ! て、え? 秘密基地?」


 「そうでい!」と少年は言う。

 小さな体で腕を組み、精一杯偉そうにしてふんぞり返っている。


 「それって、この辺の森にある、石でできた建物のことか?」


 「ふん、そこまで知ってんのか。なら仕方ねえ!」


 彼はそう言うと、俺の腕を引っ張った。

 

 「ちょ、いてててて! 痛いって!」


 「今日からお前は、俺様の子分だ! いいなっ」


 「何も良くねえって! うわ、ちょっと……!」


 「オスカーさん?」


 「何してるんですか?」と両手にコップを持ったエルゼさんが、目をパチクリさせていた。


 



 「ええと、君、名前は?」


 あの後、エルゼさんが少年を宥めてくれて、俺は腕の痛みから解放された。

 痛めた腕をさすりながら、名前を聞く。


 「……ジャン。あんたは」


 「俺は……オスカー。こっちはエルゼさん」


 呼ばれるのは慣れてきたとはいえ、自分で名乗るのは少し照れる。

 

 「こんにちは、ジャン君。さっきはどうしてオスカーさんを連れて行こうとしたの?」


 エルゼさんは、しゃがんでジャンと目線を合わせながら尋ねた。

 ジャンはぶすっとしながら、それでも質問に答えた。

 ――さっきとはえらい違いだな。


 「こいつが、俺様の秘密基地を探りやがったんだ。俺だけの場所なのに……」


 着ているシャツの端っこを握りしめて、グスン、と鼻を鳴らす。

 おいおい、やめろよ。子供に泣かれるのは弱いんだ。


 「そう、君だけの場所だったのね。――でもね、聞いてほしいの」


 エルゼさんが、ジャンの頭を撫でながら言う。


 「このお兄さん、お家に帰りたいけど帰れなくなっちゃったの。それでとっても困ってる。でも、もしかしたらジャン君の秘密基地で手掛かりが見つかるかもしれないの」


 「え、お前迷子なのか?」


 涙目のジャンが言う。

 釈然としないが、「そうだよ」と同意する。


 「そっか、そんなにでかいのに。大変だな……」


 ジャンは腕で涙を拭うと、腕を組んでふんぞり返った。


 「そういうことなら、お前と――お姉さんは特別だ! 案内してやる」


 そう言うと、ジャンは村の外に向かって駆け出した。

 どうすれば良いか悩む俺に、エルゼさんが「行きましょう」と言った。


 「でも、トビアスさんは? 先に行ってるって伝えないと」


 「今から村長の屋敷に行っていたら見失います。よしんば待っていてくれたとしても、気持ちが変わるかもしれない」


 そう言うと、俺を見てふ、と笑った。


 「大丈夫です。貴方の事は、私が必ず守りますから」


 そこまで言われては、行くしかないだろう。

 俺はトビアスさんに申し訳ないと思いながら、エルゼさんとジャンの後を追った。



 

 

 その遺跡は、村から20分くらい歩いたところにあった。

 思っていたより、小さい。

 いや、小さいというのは語弊があるだろう。というべきか。

 俺はてっきり、インカ時代のピラミッドとか、カンボジアのアンコールワットとか、あんな感じの遺跡だと思い込んでいた。

 俺の中で、森の中の遺跡と言えば、それらだったから。


 だが、この遺跡は

 ――地底遺跡。それが、このクローデン遺跡の正体だった。


 

 その入り口は、ちょうど井戸くらいの広さで、風化してきているがまだしっかりしている石の階段で地下に降りるようだ。

 何というか、台所の床下収納のようにいきなり地面に穴が開いているので――しかも、外周の石は緑色でそれ程高くなく、辺りの雑草で気づきにくくなっている――うっかり落ちてしまいそうだ。


 エルゼさんはそれの様子を確認すると、俺に頷いた。

 どうやら降りれるようだ。


 「ここだ! 村の人間だって、誰も知らねえんだ!」


 ジャンが遺跡を指さして言う。

 

 「お前、よく見つけたなあ」


 俺が感嘆の声を上げると、ジャンは得意気に頷いた。


 「うん。このジャン様に分からねえものはない!」


 「あら、カスパルの真似?」


 エルゼさんが口に手を当ててクスクスと笑う。

カスパルっていうと、お伽噺の主人公だっけか。


 「真似じゃねえ!」とジャンはムッとした顔で否定すると、一転、キラキラと希望に満ち溢れた顔で言った。


 「俺様はいつか、世界中を旅するんだ。それで、何でも知ってる世界一の賢者になるんだ!」

 

 世界一か、大きく出たな。

 だけど。


 「――いい夢だな。応援するぜ」


 何だか羨ましい気分だ。

 こんなにも純粋に、将来を夢見ていられるなんて。

 目を細めて彼を見る。


 ジャンは「お礼を言っとくぜ!」と元気よく返事したものの、俺に向かって指さした。

 

 「でも、一つ間違ってるぞ!」


 「間違ってる?」


 首を捻る。


 「そうだ! 『夢』なんかじゃねえ、事実だ!」


 ジャンは自信満々に、輝かしい笑顔で言った。


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