第10話王様が現れた!(装備:フリフリドレス)

 「まあ座れ。少し長くなるからな」 


 「はあ……」


 「なんだ、気のない返事だな。…まあいい。昨日のお前の話を手がかりに、城に伝わる文献をさらってみたんだが」


 「はあ……」


 「……おい、オスカー。なんだか気がそぞろだな。どうした?寝不足か?――まあ、そうだろうな。お前からしたら何が何だか分からないだろうし、これからのことを不安に思うのも当たり前だ。だがな、休める時はきちんと休むのも、とても大切なことだぞ」


 「あの、陛下」


 「うん?」


 「ひとつお聞きしても…?」


 「おお、どうした?何でも聞け」


 「何故―――ドレスを?」


 

 どれす。DRESS。ドレス。

 女性用の衣服の一つ。

 フリルがフリフリ、レースもあちこちに。

 薄い桃色で、胸元には大きなリボンがあり、かわいらしさを演出している。

 スカート部分も、ふんわりとしたカーブを描き、宝石か何かが散りばめられているのか、キラキラと輝いている。西洋史の資料集でみた、貴族の女性が来ていたようなドレスだ。…まあ、陛下は貴族どころか王様なのだが。


 「おお、これのことか!」


 陛下はそう言うと、クルリと一回りして見せた。

 エルゼさんくらいの女の子がやればとても可愛いのだが、陛下だと若干、いや、かなり似合わない。

 日常的に運動をしているのか、陛下はいわゆる「細マッチョ」のようで、コルセットが全然機能しておらず、腰周りはぱっつんぱっつん。袖から覗く長い腕はしっかりと筋肉がついている。そして、そもそも肩幅があっていないらしく、ドレスの生地が伸びきっているように見える。いかに陛下がイケメンでも、これはある意味目の毒だ。


 「これは、城中の資料を漁らせていたときに見つけたものだ。どうやら何代か前の王族の所有物らしいが、何らかの家法術の痕跡があってな。今はもう断絶してしまったものの可能性があって、その調査の一環だ」


 「調査」


 「ああ、そうだ」


 「それで、陛下がわざわざ着てらっしゃる……?」


 「危険はないのですか?」


  扉を開けたらドレスアップ細マッチョのインパクトが強すぎて、半ば絶句してしまった俺の隣で、エルゼさんが心配そうに聞いた。たしかに、まだ得体の知れない服をわざわざ一国の王が着るのは不用心なのでは……。というか、誰か止めろよ。


 「ああ、最初は直属の文官が着てみたんだがな、特段何も起こらなかった。先ほども言ったが、ある王族の所有物だったことが分かったので、とりあえず俺が着てみたんだ」


 「とりあえずで着たのですか!?」


 さすがに、思い切りが良すぎるだろ!誰か止めろよ!(2回目)

 陛下は右手でさらり、と前髪を払ってキメ顔をした。

 さすが一国の王様、しかもイケメンだ。首から上は様になっている。

 ただし、その下はマッチョドレス。台無しである。

 彼はそのまま、物凄く良い声で「似合うだろう?」と言った。

 はっきり言って似合わないが。


 「俺が着てみんと、永遠にどういう物かわかりそうになかったからな」


 「いやでも、王様が直々にって…他の」


 「残念だが、王族は俺一人だからな」


 「えっ…」


 俺の言葉を遮って、陛下が言う。

 思わず陛下を見つめると、少し寂しそうに笑って、そして仕切り直しのようにちょっと大きめの声でエルゼさんに話しかけた。


 「それとエルゼ、これは危険なんて代物ではないぞ。むしろ俺を守ってくれる」


 「陛下を、守って?」


 「ああ。――これには守りの術がかけられているみたいでな。このドレスを着た王族を外敵から守ってくれる。具体的に言えば、敵意を持って俺に向かってきたものは、拳でも剣でも、家法術でさえ跳ね返す、無敵の鎧だ。――オスカー、俺を殴ってくれないか」


 「へ?」


 「ぶつのでもいいぞ」


 「い、いや、でも」

 

 「大丈夫だ。ただし、あまり強くするとお前が痛い思いをするから、加減したほうがいいぞ」


 陛下は自信満々だ。あのドレスの効果は本物らしい。それでも、殴るのには少し抵抗があって、隣のエルゼさんに目線で助けを求めてみるが、エルゼさんはため息をついて頷いた。

 

 こ、これは…やるしかないのか?

 もう仕方がない。腹を括ってちょっとだけ……ぺちっとだけ……。


 「あ、あとで怒ったりしないでくださいよ」


 「ああ。約束しよう」


 「じ、じゃあ……。えいっ」


 ぺちり。そんな効果音が似合うくらい、できるだけ弱く叩いてみた。

 ぺちり。……ぺちり?


 「うん?おかしいな。オスカー、もう少し強く」


 「いや、いやいやいや、っちょ、えっ?」


 叩けてしまった。

 一国の王様を、いくら弱くといっても。

 陛下も目を丸くして、少し驚いているみたいだ。


 「お前の勢いが弱すぎて、敵意と認識できなかった可能性がある。もう少し強く」


 「ま、まだやるんですか?」


 「もちろんだ。こんなことは先程までの実験じゃなかった。早くやれ、オスカー」


 「うう……」


 仕方なく、もう少し強く叩く。

 べちっ!と、さっきよりも痛そうな音が響く。

 やはり、叩けてしまった…。


 「ううん、もしやオスカーだからか?オスカーはこの世界にはいない人物だった……。いや、だが……」


 陛下が顎に手を当てながら考えこんでしまった。ブツブツと、何かを呟いている。

 エルゼさんが「陛下」と声をかけた。


 「もうよろしいでしょう。それより、オスカーさん」


 エルゼさんに促され、陛下に日記を手渡す。

 陛下は受け取った日記をパラパラと捲り、「これは……。初代シュトラール伯爵のものか?」と言った。

 

 「はい。屋敷の書庫から見つけました」


 彼女が頷く。

 陛下は何ページか読み進めると、小さく唸った。


 「ううん、生まれたばかりの娘が可愛いとか、今日の食事が美味かったとか、家族の自慢話しか書いていないが……。何処を見ればいいんだ?」


 「えっとですね……。あ、ここです!」


 俺は陛下の隣に行き、日記を数ページ捲ると、あの「ももたろう」を指さした。


 「陛下、この文字の事、ご存知ですか?」


 「これは……」


 陛下が目を見開く。

 

 「失われた、文字だ」


 よほど驚愕したのか、声が震えている。

 陛下は日本語が書いてあるページを一文字も逃さないように見ると「オスカー」と俺に呼びかけた。


 「はい」

 

 答えた俺に、日記を差し出す。


 「君は、読めるのか?この文字が」


 「俺の世界の文字ですから。バッチリと」

 

 「たとえば、」と日記を受け取り、読み上げる。


 「昔々、おじいさんとおばあさんが仲良く暮らしていました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯しに――」


 「何だって? 洗濯? オスカー、これは」


 何が重要なことが書いてあると思っていた陛下が、困惑したように俺を見た。

 

 「これ、俺の世界の昔話なんです。俺がいた国なら、誰でも知っているような。それが異世界で見つかるなんて」


 「その文字の最後を見ると」

 

 エルゼさんが補足する。


 「どこかの神殿にあった書物から引用されたようです。私の先祖がそれを見つけ、保存する目的で書いたようで」

 

 そんなことが書いてあったのか。

 というか、エルゼさんいつの間に……。

 

 「神殿、か。場所は分からないのか?」


 「残念ながら、そこまでは」


 エルゼさんが目を伏せて答える。

 場所さえ分かれば、手掛かりが掴めただろうに。

 残念に思っていると、「オスカー」と呼びかけられた。

 「はい」と返事をすると、息をのんだ。


 陛下の雰囲気が一変している。

 彼は口を重々しく開くと「城の書庫に眠っていた情報だが」と言った。


 「王都より南に1日ほど歩いたところに、クローデンという村がある。何の変哲もない農村だが、そこには何時、誰が建てたか分からない遺跡が残されているという」


 「遺跡、ですか」


 「ああ。――書物によると、今は失われた文字が刻まれた石板があるらしいのだが、どうしても動かせずに放置されているらしい」


 「じゃあ、それが」


 日本語なのだろうか。

 こんなにすぐ手掛かりに出会えるなんて!

 

 「おそらくな。ただし、問題がある」


 陛下は腕を組んで、唸りながら言った。

 「問題」と聞いて、俺とエルゼさんは顔を見合わせる。


 「発見された時はかなりの騒ぎになったようだが、文字の解読が進まずに調査が打ち切りになると、徐々に忘れ去られていったようだ。今、その遺跡がどうなっているか分からない」


 陛下は机の上に地図を広げると、文字が書かれた一点を指さし――おそらく、ここがマッセルだろう――、下へとずらしていった。

 

 「ちょうど、このあたりにあるはずなんだが。なんせ百年近く放置されていたからな。崩落している可能性も否定できないし、シュルト共の巣になっているかもしれない」


 そう言うと、彼は俺を見て問いただした。


 「それでも、行くか?」


 とても静かで、真っ直ぐな声だった。

 俺は、試されているのかもしれない。帰るためにどこまでできるのかを。

 危険でも、不確実な情報でも。それでも「それ」に縋り、確かめ、帰る方法を探せるかを。

 もしかしたら、怪我をしたり、最悪死ぬかもしれない。

 その、覚悟があるのか。


 俺は目を閉じ、決意を固める。

 そして――。


 「行きます、何処へだって。――俺、帰ってやらなくちゃいけないことがあるんです」


 「ほう、何だ?」


 「大学卒業して、就職して。友達と馬鹿やったり、俺を好きになってくれた子と結婚して、家庭を持ったり。俺の人生は、あの世界でまだまだ続いて行くんです。――だから、絶対に帰りたいんです。そのためには、何だってします」


 陛下は俺の言葉を聞き終えると、小さく笑った。

 そして、「……いいだろう」と言うと、部屋の外に向かって声をかけた。


 「トビアス、入っていいぞ」


 ぎい、と扉が開く。「失礼致します」と、一人の男性が入ってきた。


 長身の、初老の男だった。


 元は黒髪――どこか緑がかって見えるが――なのだろうが、年齢なのか今まで苦労されていたのか、白髪が混ざっていて、それをオールバックにしてきちんと整えてある。執事のような服装で、襟元には深緑のタイがしてあり、顔にはモノクル。上品な顔立ちで、ナイスミドルといった容貌だ。


 彼は俺たちの近くまで来て一礼すると、ニコリと笑って、自己紹介をしてくれた。


 「お初にお目にかかります、オスカー様。私は、トビアス・ヒルデブラント。リヒャルト陛下付きの使用人でございます」


 「俺の護衛だ」


 陛下が続けて言う。

 そのまま、彼を見ながら「トビアス、話した通りだ。頼むぞ」と言って、俺たちに向き直った。


 「道中だが、彼を護衛につけることにした。それと、エルゼにも同行してもらう」

 

 「ええ、勿論です」


 エルゼさんが凛とした声で言った。

 俺が彼女を見ると、「きっと役に立ちますよ」とお茶目に笑った。


 「いいんですか、陛下? 俺、あなたに何も返せません。それなのに、こんなに良くして貰って……」


 「まあ、無償というわけではないからな」


 陛下が悪い顔で笑った。


 「え!? 俺、この世界のお金持ってないですよ」


 「ははは、金じゃない。調査だ。――君は遺跡に行って、帰るための手掛かりを探す。ついでに、そこを調査する。それで私に報告してくれ。わが国にも、有益な情報が眠っている可能性があるからな」


 「それで、良いんですか?」


 パチパチ、と瞬きしながら聞くと、「ああ、貴重な情報だからな」と答えた。

 

 「それでは、善は急げという奴だ。三人とも、これから出発しろ」


 「今からですか!?」


 驚いたのか、エルゼさんが素っ頓狂な声を上げる。

 

 「準備は既に済んでいる。トビアス、二人を案内しろ」


 「かしこりました」


 トビアスさんが、優雅に一礼した。

 そして、俺とエルゼさんを先導し、部屋の外へと出ていく。

 俺たちは大慌てで陛下に挨拶すると、彼に続いて扉をくぐった。

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