黄金の村と忘れられた遺跡
第11話手掛かりを追って
「それではまず、着替えですな。エルゼお嬢様はこちらへ。オスカー様はこちらの部屋へどうぞ」
そう言ったトビアスさんは、城の一室にエルゼさん、隣の部屋に俺を案内し、「着替え終わりましたらお声かけ下さい」と言って部屋の前で立ち止まった。
どうやら、ここで待っててくれるようだ。
俺は言われたと通りに部屋に入ると、机の上に服が折りたたんで置いてあるのに気付いた。
手に取ると、それは簡素だが厚手の白いシャツに、深緑のベスト、黒いズボン、丈夫そうなショートブーツといった、まるで冒険者というような服だった。
着てみると、サイズはピッタリ。
まるで測ったかのようなサイズ感。なんか怖い。
準備が終わったので部屋から出ると、なんとトビアスさんまで着替えていた。
ついさっきまで執事服だったのに、彼も冒険者へと変貌している。
――モノクルは、そのままだが。
「トビアスさん、何時の間に……?」
「ふふふ、執事たるもの準備は手早く、ですな」
茶色のジャケットに紺のズボン。軽装だが生地がしっかりしているようで、どことなく高そうだ。腰には、レイピアの様なものを差している。
彼は茶目っ気たっぷりに微笑むと、「オスカー様、これを」と俺に何かを手渡した。
「これって……。本物、ですか?」
それは鞘に入った短剣だった。
取り出してみると、40㎝ほど大きさで、両刃の造り。所謂ダガーというやつだろうか。
思ったよりも軽く、俺でも扱えそうだが……。
これを、俺に?
目で問いただすと、彼は「ええ」と答えた。
「これから行く場所は情報も古く、危険な状態であることが予想されます。護衛として、力を尽くして警護させていただきますが、万が一、ということもありますので」
「その通りでございます」
「護身用、ってことですか」
彼がそう言ったところで、ガチャリ、と扉が開いた。
エルゼさんが準備を終えて出てきたようだ。
「お待たせしました! あら、オスカーさん、それは……?」
彼女も軍服から着替えていた。
藍色と白を基調としたワンピースにジャケットを羽織り、胸元には白いリボンが付いている。細く伸びやかな足は黒いタイツで覆われ、軽めのショートブーツを履いている。
腰にはベルトがしてあり、細身の剣が差してあった。
俺が手にするダガーを見て、不思議そうに言う。
彼女がよく見えるように、ダガーを少し持ち上げた。
「トビアスさんがくれたんです。護身用にね。……まあ、使ったことないんですけど」
彼女は少しムッとして、「そんなもの、使わないですから大丈夫ですよ」と言った。
「オスカーさんの事は私が守りますから。――トビアス、何のつもり?」
「万全を期しただけですよ。オスカー様がそれを使うのは、最終手段ですから」
トビアスさんが宥めるように言った。
エルゼさんはまだ何か言いかけたものの、トビアスさんが「さあ、それでは参りましょう」という声に遮られ、沈黙した。
「おっと、オスカー様。「それ」はここにこうして……。これで良し」
トビアスさんはダガーを持ったままの俺に気づくと、腰のところに差した。
お礼を言った俺に微笑むと、俺たちを先導して城を出た。
トビアスさんによれば、目的地へのクローデン村へは、途中まで乗合馬車を使うらしい。
貴族街と庶民街の境にある城壁まで馬車を使って移動した俺たちは、そこから徒歩で庶民街を抜けることになった。
「貴族の馬車から冒険者が出てきたら、とても目立ってしまうでしょう?」とは、トビアスさんの弁。
貴族に雇われてあちこちの情報を探る冒険者自体は珍しくないが、ほぼ全てが徒歩で報告に来ているらしい。
疲れてるだろうし、外の城壁まで馬車で迎えに来てやればいいのに、と思うが、相手は貴族だしそういうもんなんだろう。
「オスカーさん、私たちの番ですよ」
エルゼさんが俺の手を引いて言う。
見ると、城壁の兵士にトビアスさんが何か言っている。
兵士はトビアスさんが名乗ると恐縮したように一礼し、俺たちの方をチラリと見た。
思わず、俺も会釈する。
貴族街から庶民街へ抜けるには、簡単な手続きだけで良いらしい。
あの兵士の反応を見るに、特に問題なく通過できそうだ。
それにしても、庶民街って初めてだよな。
最初にエルゼさんの屋敷に連れてこられた時は通ったけど、気絶してたしノーカンだろう。
手続きが済んだトビアスさんが呼ぶ声に頷き、城壁を通過しながら、俺は内心ワクワクしていた。
だって異世界に来るなんて、一生に有るか無いかだろう。
この世界に来るまで、空想の産物だと思っていたのだ。
帰る方法の手掛かりを掴んだからか、俺の心は楽観的になっていく。
せっかくだから、異世界も楽しもう。そう、人生楽しんだもの勝ちだ、と。
乗合馬車は、外側の城壁――つまり、王都の端――に乗り場があった。
そこには、目的地への馬車を待つ、俺たちみたいな恰好をした冒険者や旅人、駆け出しの商人の姿もあった。
話によると、馬車の定員は大体十人くらい。屋上席もあるらしい。
当初は普通に馬車の中の席になる予定だったが、ちょっと我儘を言って屋上席にしてもらった。
――だって、屋上の方が安いらしいのだ。陛下からの調査依頼もあるとはいえ、高い席は申し訳ない。
俺だけでいいですよと言ったが、二人も一緒に屋上席に座ることになった。
馬の嘶きと共に、馬車が動きだす。
本日の運行は満員御礼――ただし、室内席に限っては。屋上席には俺たちしかいなかった。
俺とエルゼさんは隣り合って、トビアスさんは俺たちの向かい側に座った。
風が気持ちいい。
今日は良い天気で、日差しが背中を暖め、ついつい眠くなってしまう。
あふ、と欠伸をすると、隣のエルゼさんがクスクス笑ってくる。何となく恥ずかしい。
俺は眠気を振り払おうと、これから行く場所について聞いた。
「あの、クローデンってどんな場所なんですか? 一日くらいで行けるって言ってましたけど」
「それは徒歩で行った場合ですな。今回は途中まで馬車を使うので、もう少し早く到着します。クローデンは……」
「一言でいえば、『黄金の村』ですよ」
続けて、エルゼさんが言う。
彼女はポニーテールの毛先を指で撫でながら、「昔、本で読んだことがあるんです」と言った。
「古い御伽噺ですが、とある好奇心旺盛な少年が世界中を旅して回った時に立ち寄ったんです。そこで起きていた盗賊騒ぎを解決した少年が、その村の宝を見て言ったんです」
エルゼさんが芝居がかった口調で言う。
「おお、これこそがこの村の宝。失われることのない『黄金』である!」
「『知りたがりのカスパル』ですな」
トビアスさんが懐かしそうに言う。
何だか面白そうな話だ。
俺は身を乗り出して、彼に尋ねた。
「それ、有名な話なんですか?」
「ええ、私が子供の頃から――それどころか、祖父が子供の頃にもあったそうです。おそらく、グランツィア王国の人間なら誰でも知っている話ですよ」
「ふうん。俺の世界の桃太郎や浦島太郎みたいなもんか。――それで、黄金って?」
「おや」
トビアスさんが揶揄うように言う。
「オスカー様もご興味がおありのようですな」
「だって、冒険とか秘宝とか、世界共通のロマンでしょう? 誰だって憧れますよ!」
俺はトビアスさんに熱く語ると、興奮気味に立ち上がった。
その瞬間、馬車が石でも踏んだのか、車体が揺れる。
「うわ」と声を上げながらバランスを崩し、うっかり馬車から落ちかけ――。
「オスカーさん。おとなしくして下さい」
「は、はい。スミマセン……」
間一髪、エルゼさんに引っ張ってもらった俺は、ジト目の彼女の視線から逃れるように明後日の方に顔を逸らすと、早口で謝った。
そんな俺たちを見て、トビアスさんが耐えられない、とでもいうように笑いだした。
「いやあ、中々良いコンビですな」
「笑わないでくださいよ……。そういえば」
物語の話になって思ったが、俺はこの世界の事を何も知らない。
今まで俺の境遇を信じてもらえるかとか、帰るための手掛かりを探すのに夢中になって全く聞かなかった。精々、この世界がアルトロディアと言って、シュルトとかいう怪物がうろついていることくらいだ。
「俺、この世界の事何にも知らないんです。教えて貰っていいですか?」
二人に問いかけると、「かしこまりました」とトビアスさんが答えた。
「
「ラヴァル帝国……?」
何だか強そうな名前だ。
「この国から北西へ進んだ先にある巨大帝国です。寒冷な土地で、資源は豊富ですが農業には適さず、他国から食料を輸入してしのいでいるようです」
「私たちの国とは正反対ですね」
エルゼさんが補足する。
「この国はアルトロディアの東側に位置し、国土はそれほど広くないですが、温暖な気候から農業が盛んです」
「ほかにもミルシャ公国やレティス王国などもありますが、詳しくは追々」
トビアスさんの言葉に、「ふうん」と相槌を入れると、口を開いた。
「あの、エルゼさんが使ってた――」
ガシャリ、と馬車が止まった。
目的地に着いたのか、と思ったが、周りには何もない、草原の真っただ中だ。
エルゼさんやトビアスさんも辺りを見回している。
俺たちの足の下――馬車内の人々も困惑しているようで、御者び怒鳴り散らしている人もいる。
「ちっ、おいどうした? 動け、何してんだ!」
御者が馬に鞭を入れるが、びくともしない。
屋上から身を乗り出して馬の様子を見る。
怪我した感じでもないし、障害物があるわけでもない。だが――。
「何かに、怯えてる……?」
瞬間。
地響き。
まるで、凄まじく重たいものが落ちてきたような、鈍い音。
それが、どんどん近づいてくる。
進行方向より右に逸れた先にある森から、一斉に鳥が飛び立った。
まるで、そこにいる「何か」に恐れをなして逃げ出したように。
まさか。
あの光景がフラッシュバックする。
「オスカーさん。私の後ろへ」
エルゼさんが俺の前に来て、落ち着いた声で言う。
その手は、すでに腰の剣にかかっている。
トビアスさんも俺たちに近寄り、警戒するように森を見つめている。
馬が悲鳴じみた声を上げた。
「シュ、シュルトだー!」
誰かの震えた叫び声が聞こえる。
森から姿を現した巨大な‘影’。
それはまさしく、人々を震え上がらせる「恐怖」そのものだった。
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